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HERITERS  作者: 井本康太
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二〇四四年八月八日(月)十九時三十二分十二秒 埼玉県さいたま市大宮区周辺

「くくく……くはははは……」

(何だ……?)

 突然、万智が暴れるのを止めた。

「下手くそが……まるでなっていない。折角の珠玉もこれでは豚に真珠だな」

「あん?」

 人が変わったかのようにブツブツと独り言つぶやきだした万智を、カイトは怪訝な表情で見つめる。明らかに様子がおかしい。

「くっくっく……」

 万智は磔にされたまま左手をゆっくり持ち上げると、そのまま瓦礫をなぐりつけた。

 巨大な瓦礫が一瞬で粉々に粉砕され、万智は磔の状態から開放される。

「ふぅ」

 そして溜息をつきながら立ち上がった万智は、左肩に刺さったままになっている剣を勢い良く引き抜いた。

 勢いに任せて乱暴に引き抜いた為、結構な量の血が吹き出したが、万智は気にも留めていない。

「ほう? この剣、中々凝った造形をしているな。単なる火力馬鹿だと思っていたが、成程成程、微妙な力のコントロールも出来るのか。これは評価するべきかな?」

 さっきまで泣き叫んでいた女の突如の豹変にカイトは困惑する。

「なんだ、お前。今までは猫かぶってやがったのか。大した演者だな」

「……猫かぶり?  猫かぶりだって?」

 その言葉を聞いた万智が目を丸くする。 

「クックック、ハハハハハハ! そうか、そうか、猫かぶりか! クハハハハハ!」

 そして何とも愉快そうに大笑いしだした。

「血を流しすぎて遂に頭がイカれたか?」

「ハハハハハハ! いやいや、あまりにも的確な言葉に思わず感心しただけだ。なかなかに高評価だぞ、カイト君」

(なんだ、こいつ?)

 カイトは困惑しながらも無言で頭上に極大の火球を作り出した。

 もうこの馬鹿には付き合いきれないと思ったのは勿論だが、同時に何故かこいつをこのままにしておくのは危険だと感じたからだ。解剖は死体でも出来る。

「もう、消えろ」

 今までで一番巨大な火球が姿を表し、万智に向かって放たれた。

 これが直撃すれば先の言葉通り、間違いなくこの世から消え去ることになるだろう。重症を負っている万智にとっては絶体絶命の状況だ。

 だが、その当人はニヤニヤと場違いな笑みを浮かべて棒立ちしている。

(なんだ? 何を企んでいる?)

 万智は逃げる素振りすら見せず、ゆっくりと左手を持ち上げ手で銃の形を作ると、小気味よく引き金を引く真似をした。

「バァン!」

「っ!?」

 カイトは直感で何か薄ら寒いものを感じ取り、その架空の射線から素早く身体を逸らす。

 直後、万智の眼前に迫っていた火球が跡形も無く消し飛び、同時にカイトの頬を何か熱いものが掠めた。

「……っ!」

「おっと、狙いが少しずれたか。やはりまだ慣れないな」

 万智は左手を観察するように眺める。

「まぁいい。あんなもので終わったら、それはそれで興醒めだ。むしろこれは望ましい結果といえるだろう」

 カイトは無言で何かが掠めた自分の頬を親指で触る。切り傷ができているのか、指に血が付いていた。

 それは今まで様々な攻撃を受けても、傷一つ付かなかった自慢の守りがあっさりと貫かれたことを意味していた。

「このアマ……」

 その事実に驚きよりも怒りが勝ったのか、カイトは頬の血を拭いながら、顔を歪めるほど感情を剥き出しにする。

「殺す」

 カイトの体を包んでいた炎が大きく揺らぎ、ドス黒い殺気が万智に向けられる。

 だがその言葉を聞いた万智は怖気づくどころか、口を歪めて凶悪な笑みを投げ返した。

「殺す? お前が? 俺を? 殺すだって?  くっくっく……」

「!?」

 カイトは今度こそ驚愕した。

 焼け落ちたはずの万智の右腕が元に戻っている。それどころか今までに付けた傷も、ボロボロだった服も完全に元通りになっていた。

「誰に向かってもの言っているんだ? カイトよ」

「ゾンビかテメーは。なら初めからそう言え。次は灰も残さず焼却してやる」

「面白い、やってみろ」

「ほざけ!」

 激昂したカイトは万智に向かって火球を放った。だが万智はそれを苦も無く指先だけであっさりと弾き返す。

 カイトは弾き返された火球をジャンプして避け、全身に炎を纏うと凄まじい速さで飛翔し、大量の火球を空中から万智に向かってばら撒いた。

「推進力の確保、防御、攻撃……成程、戦闘の全てを担う炎の鎧。いい芸風だ。綺麗じゃないか」

 空を覆うほど大量の火球が万智に向かって飛来してくる。だが直撃する寸前、まるで不可視の壁に阻まれたかのように万智の眼前で火球が四散した。

 後に続く火球も次々と何かに阻まれ、爆ぜて消えていく。

(なんだあれは? 防壁でも張っているのか? だが……)

 しかし圧倒的な物量を捌き切れなかったのか、いくつかの火球がその不可視の防壁を破り、万智の身体を貫き、焼け焦げた穴を開ける。

「この程度か? まだまだ微温いな。これでは炎熱の名が泣くぞ?」

 常人ならば間違いなく致命傷。だが万智はそれがどうしたと言わんばかりに、不気味な笑みを浮かべてカイトを見つめ続けている。

「くっくっく……」

 火球が貫いた傷口がみるみる消えていく。

 傷を塞いだ万智は右手で銃を形作ると、空中を飛び回るカイトに狙いを定め、銃を撃つ真似をする。当然、その指から弾丸は発射されない。が、一瞬前方の空間が陽炎のような歪みを見せた。

「当たるかよ!」

 カイトは更に加速し、見えない攻撃の射線から外れる。直後、遙か後方から轟音が鳴り響き、射線上にあった雲に大穴が開く。

 カイトはそれを確認すると、そのまま狙いを付けられないよう蛇行しながら高速飛行をする。 

「貴様がどんな仕組みで何を撃ち出しているのかは知らん。だが、どれほど威力が高かろうと、当たらなければ豆鉄砲と同じだ!」

 カイトが万智に向かって急降下する。

 万智はそれを撃墜しようと銃を連射する真似をした。どうやら、対空迎撃の為の弾幕を張っているようだ。

「無駄だ!」

 カイトは旋回しながら、不可視の弾丸の隙間を縫うように降下し、一気に万智との距離を詰めた。

 如何に破壊力があっても、この短時間に二度も見せられれば流石に軌道を覚える。カイトは既に万智の攻撃は見切っていた。

 万智は直ぐ様、指先を向け迎撃の構えをとるが、一瞬間に合わずカイトが攻撃態勢を取ることを許した。

「もらった!」

 カイトの拳が万智の右肩に炸裂した。同時に殴られた箇所から爆炎が上がり、万智の腕を右胸ごと引き千切った。

 銃の形を作ったまま右腕が炎を上げて宙を舞い、地面に落ちて燃え尽きた。

「むっ……」

 万智は直ぐ様、残った左腕でカイトを迎撃しようとする。

「遅い!」

 だが攻撃態勢を取る暇さえくれずに今度は左肩を殴打する。右腕と同じく、爆炎が上がり、残った左腕も引きちぎられた。

「これでとど……」

 カイトが万智の顔面に手を伸ばす。

「とど……なんだ? ん?」

「なっ……がっ!?」

 千切れ飛んだはずの両腕が、瞬きする間もない僅かな時間の内にカイトの首筋を掴むように再生していた。

 しかも炎の鎧で包まれているカイトを素手で掴んでいるはずなのに、その手には焦げ目一つ付く気配もない。

「堕ちろ」

「うお……っ!」

 そして地面に力一杯叩きつけた。

「ガハッ!」

 その衝撃にカイトがえずく。

 一体どれほどの力で叩き付けられたのか、大地にはカイトを中心としたクレーターのような大穴が出来上がっていた。

「や、野ろ……うっ!?」

「もうここには手頃な建物がなくてつまらないな。少し移動するぞ」

 万智はカイトを地面に押し付けながら、まだビルが立ち並ぶ方面へ向かって、凄まじい速度で走り出した。

「ごぁ……ごの……っ!」

 火花が散るような速度で、大地を抉ながらカイトが運送されていく。

「ほら、投げるぞ。歯を食いしばれ」

 そう言うと万智は、地面を滑らすようにカイトをビル群に向かって下投げで放り投げた。

「う……おおおぉぉぉ!」

 空気が弾けたような乾いた音が鳴り響き、カイトはボーリング球のように地面を転がりビルに衝突し、その根本を貫いた。

 根本を突き破られたビルは崩壊し、崩壊に巻き込まれた周囲のビルも連鎖的に崩れ落ちていく。

「ハハハ、これはストライクかな?」

 一瞬で十数のビルが瓦礫の山になる。

「ほら、さっさと出てこい。あの程度じゃ、お前らは死なんだろ」

 挑発するように万智は崩れたビル郡に向かって声をかける。

「クソが……」

 その声に応えるように、崩壊したビル群の中心から、火山の噴火ような爆発が巻き起こり瓦礫が吹き飛び蒸発した。

「調子に乗るなよ。利用価値がある先進工業国には手心を加えろ、という指示だったが……」

 爆心地から目も眩むような光が放たれ、同時に現れた巨大な炎が姿を表した。巨大な炎は周囲の建造物を次々と飲み込みながら巨大化していく。

「もうこの国がどうなろうと知ったことか。全て灰になってしまえ……」

 炎の中心から血まみれでボロボロになったカイトが現れ、呪詛のような声をあげながら万智を睨みつける。

 カイトの怒りに呼応するように、炎は際限なく大きくなり、やがて雲をも吹き飛ばす超巨大火球となった。

「まるで太陽だな。綺麗じゃないか」

 地上に現れた太陽を見上げて、万智が感心の声をあげる。

「その通り、これは俺の作った擬似太陽! 俺の最後の切り札だ! 避けられるものなら避けてみろ! だが貴様がこれを避ければこの国は文字通り日の本の国になる! 貴様に護国の心が、この国の防衛を担う自衛軍軍人としての矜持があるのなら! 避けずにこの太陽、受けてみせろ!」

 中空に浮かぶ火球が大きく揺らぐ。

「特設自衛軍第一師団第一特務連隊一等特曹! 須崎万智!!」

 カイトが万智に向けて太陽を落とした。

 その巨大さ故ひどくゆっくりに、だが実際は凄まじい速度で、地上に現れた太陽が万智に向かって落下してくる。その進路上にある全てのものは余波だけで蒸発し、陽炎のように消滅していく。

「安い挑発だなカイト。だが、そう言われては避けるわけにもいくまい。いいだろう、その挑発乗ってやる」

 万智は両手を前に突き出し、太陽を受け止める体勢を取る。

「骨の髄まで灰塵と化せ!」

 太陽が近付くにつれ周囲は赤く焼けただれ、全てがその形を失っていく。だが、そんな中でも万智は変わらず健在。それどころか太陽を見据えて笑ってさえいる。

「灼熱地獄があればこんな光景か。まさに地獄絵図だな」

 目前にまで迫った火球を、万智は構えた両手で受け止めた。

 ほんの一瞬、万智と火球が拮抗する。

「無駄だ」

 だが次の瞬間、太陽を受け止めていた腕が炭となって崩れ落ちた。

「おお、これは……」

 支えを失った太陽はそのまま万智の全身を焦がしながら大地に堕ち、万智を飲み込んだ。

 直後、まるで万智でバウンドしたかのように太陽が不可解な軌道を描き、その進行方向が変わった。

 そしてそのまま凄まじい速度で空に向かって飛んでいくと、あっという間に姿が見えなくなる。

「ふん。その身を犠牲にして太陽を宇宙へ送ったか……」

 カイトは飛び去った火球を見送り、万智が火球を受け止めた場所に舞い降りる。

「ぐっ……」

 糸が切れたように、カイトがその場に膝をついて崩れ落ちた。

「はぁはぁ……見たか……化け物め……。流石のお前も……これで……っ!?」

 言いかけてカイトは言葉を飲み込む。

 生き物など存在出来ない筈の焼け焦げた地面で、何か黒いものが蠢いているのだ。

 カイトは立ち上がると、警戒しながらゆっくりとその黒い物体に近づいていく。

「……っ!」

 そしてその何かを確認し、絶句する。

 それは炭で出来た人形のような「何か」だった。

 人としての要素は、頭のようなものと身体、そしてかつて手足がついていたのかもしれない突起でかろうじて分かる程度。だがそれでもカイトはそれが人だと確信していた。

 炭の人形はゆっくりと起き上がると、カイトに向かってあるのかどうかもわからない足で歩を進めてきた。考えるまでもなく、人形が誰であるかは明白だ。

「馬鹿な……」

 その驚きは、炭の人形が歩いているという事実に対しての言葉ではない。

 あれを正面から受けてなお、ギリギリとはいえ人の形を保っているということに驚いていた。

 余波だけで巨大なビルすら一瞬で蒸発させる、自身最大最強の火球を直撃させたのだ。

 如何に強力な耐火性を持っていたとしても、人間程度の物体なら欠片も残さず消滅するはずだ。

 なのに人の形を保っている、あまつさえ動いてすらいる。その事実はカイトを打ちのめすには十分過ぎた。

「ははは、何とも見事。実に素晴らしい攻撃だったぞカイト。単一機能に特化させ生産性を上げた、劣化模造の量産品で良くぞここまで練り上げたものだ」

 声帯が焼け焦げ、声をあげることなど出来ないはずの炭の人形から、自身を賞賛する声が聞こえてきた。

 同時に炭人形の全身に亀裂が入っていく。

「くくく……」

 そして焼け焦げた表面の肉が弾け飛び、脱皮をするように、炭人形の中から無傷の万智が姿を現した。

「ほら、次を出せよカイト。せっかく綺麗にお色直しをしたんだ。これならば、まだまだ火葬のし甲斐があるってもんだろう?」

「ふざけるな……。何だお前は……一体何なんだっ!?」

 カイトは叫び声を上げて、万智に火球を放とうとする。

「お前の敵だよ」

 万智が右手を振り上げた。

「あっがぁぁぁぁっっっっ!?」

 突然、右手から激痛が走り、カイトは堪らず叫び声を上げた。

 火球を放とうとした自身の右腕が、鋭利な刃物で切断されたかのように吹き飛んでいた。

「聞こえなかったのか? 俺は次を出せと言ったんだ。いい加減そいつは見飽きた。さっさと違う芸をしろ」

「クソがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 まるで自分を愉しませている間は生かしてやる、とでも言うような傲慢な発言にカイトは我を忘れて怒りの声をあげる。

 カイトは切断された右手を自身の炎で焼いて止血する。相当な激痛の筈だが、カイトは意に返さない。痛みを感じる心よりも、怒りが遥かに上回っているようだ。

 カイトは怒りに任せて、我武者羅に万智に向かって火球を投げつける。

 だが放たれた無数の火球は、万智に焦げ目一つ付けることさえ出来ず、尽く叩き落とされていく。

「ふぅ……。最期はお粗末だったなカイト」

 呆れたように溜息をつくと、万智はゆっくりと左手を持ち上げる。

「俺の想定を超えることは出来なかったか。筋は良かったが、所詮は三流役者止まり。せめて噛ませ役として有終の美を飾れ」

 万智は左手でカイトを掴む仕草をする。

「ぐおっ」

 するとカイトがまるで何かに絞められているかのような苦悶の声を上げ、ジタバタと暴れながら中に浮かんでいく。

 万智は残された右手で銃の形を作ると、それを上空にいるカイトに向け構えた。

「ぐっ……クソっ!  放せ! なんだこれは!? 俺に何をした!? 何をっ……!?」

 地上の人間が米粒のように見えるほど上空まで飛ばされた所で、カイトは地上から発せられているとてつもないエネルギーを感じ取った。

「ば、馬鹿な……!? これほどのエネルギーを……!?」

 エネルギー規模の違いにカイトは絶句する。

「ならば俺は……初めから……」

 初めから遊ばれていたのだ。その気になれば一瞬で決着を着けることが出来たはずなのに、いい勝負を演じ、追い詰められたフリをしていた。自分は只の道化師だったのだ。

「カイト! 貴様の実力は申し分なかった! 力も! 技量も! 才能も! だが! しかし! 挑んだ相手が悪すぎたなぁ!」

 万智の右手から轟音と共に何かが発射され、その反動で大地が激しく揺れる。

 上空にいるカイトはその轟音を聞くより先に、飛んできた何かによって吹き飛ばされ、声を上げることも出来ないまま、跡形もなく完全に消し飛ばされた。

 擬似太陽と砲撃の応酬で上空の雲は完全に吹き飛び、都市の光が無くなったことも手伝って、満天の星空が現れる。

 同時に戦いの終わりを告げるかのように、月の光が壊滅した都市を静かに照らしだした。


「思ったより呆気なかったな」

 カイトが消えた夜空を見上げ万智はそっと呟く。

「まぁ戦いの終わりとは、案外こんなものなのかもしれないな。……お前もそう思うだろう?」


 綺麗に輝く月を見ながら、万智は誰かに問いかけた。

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