二〇四四年八月八日(月)十九時〇〇分〇五秒 埼玉県さいたま市大宮区周辺
「埼玉県さいたま市大宮区」
さいたま市中央部北寄りに位置するこの区は、埼玉県下有数の商業都市である。
ビルが立ち並び、県内最大のターミナル駅を要するこの区は、県内外を問わず、多くの人々が利用する活気溢れる街だ。
今日も通勤通学その他、老若男女問わず様々な人がめまぐるしく動き回っている。
――ただし「悲鳴を上げながら」という前置きが入るが。
「な、何故ですカイト様!? 何故このようなことを!?」
崩れ落ちたビルの瓦礫に囲まれ、燃え盛る炎に炙られながら、一人の男が叫びの声を上げた。
周囲には黒焦げになった多数の死体が転がっており、人間が焼けた時に漂う特有の臭いが充満している。
男は顔面蒼白で震えながら、涙を流し五十メートル程前方にいる相手に対し必死に命乞いをする。
だが、その相手は果たして人間なのだろうか。「それ」は燃え盛る炎を鎧のように全身に纏いながら、不気味な笑みを浮かべている。
「何故?」
それが歩を進める度にアスファルトの地面が焼け溶け、溶岩のように流れ落ちる。熱せられた空気は陽炎を発生させ、まるで空間すら歪ませているかのようだ。
その様は地獄の悪魔が現世に降臨した、と言われても信じるに足る説得力を持っている。
「何故だって? ハハハ、つまらないことを聞くなぁ葉月。決まってるじゃないか、整理だよ整理。お前達に今日集まってもらったのはその為さ」
葉月と言われた男は悪魔から投げられたその言葉を受けて凍りついた。
「そ、そんな……貴方は、貴方は言ったではありませんか! 我々は選ばれた者達だと! 共に歩み、世界を変える選ばれし同志だと!」
「ん? ああ、言ったような気もするな、そんなこと。悪い、あれは嘘だ」
「なっ!?」
あまりにもあっさりと前言を撤回され、事実上の死刑宣告を受けた葉月は思わず絶句する。
「り、理緒様は!? 理緒様と話をさせてください! あの方がこんなことをお許しになるはずがありません!!」
「ああ、確かに理緒様はこの事を存じていない。そも、これは俺が機密保持の為にダメ押しでやっているだけだ。まぁ安心してくれ。この程度の事なら事後承認でも十分だろう。つーか、お前みたいな加齢臭がする、中年太りのエロ親父と面談なんて理緒様が可哀想だろ。立場を弁えろよ、マヌケ」
余りにもあっさりとした反論、だがそれ故その言葉に嘘がない事がわかってしまう。間違いない、自分達は見捨てられたのだ。
「そ、そんな馬鹿な……。あの方が、理緒様が我々を見捨てるなど……」
男はその場にへたり込み、いよいよ絶望に打ちひしがれる。
「我々の力を借りてここまで持ち直して、成り上がったんだ。もう十分いい夢は見ただろう? ここら辺りが潮時でも文句はなかろう?」
悪魔の頭上に巨大な火球が現れる。
その火球の予熱だけで周囲のビルの窓ガラスが砕け散った。確認するまでもない、これを自分に当てるつもりだ。
とても逃げ切れる大きさではない。この熱量ならば、予熱だけで人間なぞ骨も残らず灰になるだろう。
「じゃあな葉月、夢の続きは地獄で楽しめよ」
もはや体を動かす気すら起きない。放たれた巨大な火球は真正面から一直線に飛来してくる。
近づいてくる熱気を肌に感じながら、葉月は静かに目を閉じた。
(みんなすまない。私のせいで……ん?)
避けられない死を前にして、部下達に謝罪していた葉月は異変に気がつく。
幾らなんでも着弾が遅すぎる。そしてさっきまで肌を焼いていた熱気が消えている。
そして何より、自分の目の前に確かに人の気配を感じるのだ。
何が起きているのか全くわからない。
葉月は辛抱たまらず恐る恐る目を開けると、眼前で信じられないものを見た。
見慣れない軍服を身に纏った一人の女性が自分を火球から庇うように立ち塞がっている。
しかも真っ直ぐ前に伸ばした右手で、あの火球を受け止めていた。
「あっあっ」
とっくに脳が理解できる事柄の範疇を超えており、葉月はよくわからないうめき声をあげるしかなかった。
そのうめき声が聞こえたのか、女性はゆっくりと振り向き、そして微笑しながら母親が子供をあやすかのような柔らかな声色で一言告げた。
「大丈夫ですか?」
その一瞬、自分の置かれている状況すら忘れて葉月は彼女に見惚れていた。
「立てますか?」
「え? あ、はい」
呆けていた葉月はその言葉で我に返り、何とも情けない返事を返してしまった。
「粕谷連隊長、こちら洲崎特曹。標的を確認しました。さらに関係者と思われる男を保護しました。オクレ」
「了解、こちら粕谷特佐。その関係者はこちらで保護する。洲崎特曹は引き続き任務を続行。標的を完全に無力化しろ。生死は問わない。オクレ」
「了解。オワリ」
状況は分からないが、どうやら彼女は無線で上官と会話しているようだ。
話を聞く限り自分を保護してくれるらしい。どうやら最悪の事態は免れそうだった。
「あなた、今の会話は聞こえていましたね? 私がアレの気を引くので、その間に駅の方に向かって逃げてください。そこに私の仲間がいますから事情を話せば保護してくれるはずです。ただし貴方は何かしらの関係者の様ですので、尋問等は覚悟しておいてください。場合によっては暫くの間、拘束させてもらいます。それでもここに居るよりはマシでしょう。死にたいというのならば話は別ですが」
上官との会話が終わった直後、彼女は矢継ぎ早に葉月に指示をだす。
「え? え?」
唯でさえ混乱気味のところにいきなり大量の情報を叩きつけられ、葉月は混乱し慌てふためく。
「あ、あの、すみませんもう一度……」
「いいから早く逃げなさい!!」
「は、はいぃぃぃ!?」
怒鳴られた葉月は間抜けな叫び声を上げて、転がるようにしてこの場から走り去って行った。女性は葉月が安全なところまで去ったのを確認すると、直ぐ様前方にいる相手を見据える。そして火球を受け止めている右手を前に押し出し、跳ね返した。
跳ね返された火球は凄まじい速さで男に迫るも、男はそれを道の小石でも蹴るかのような軽い動作で、あっさりと脇へ弾く。
弾かれた火球はそのまま地面に衝突し、轟音をあげアスファルトごと大地を蒸発させた。
「おお、やるなぁあんた」
男は感心の声を上げる。
「国際テロ組織グループ『地天海』幹部、鳥海貴斗か?」
あれほどの火球を苦も無く弾き飛ばした相手に対して、臆することなく女性軍人は問いを投げかける。
「まさかその名前で呼ばれるとは思わなかったな。確かについ先日まではその名前を使っていたよ。完全に削除したと思っていんだが、よく調べたもんだな」
その名前で呼ばれた事がよほど意外だったらしく、男は再び感心顔なる。
「しかし白々しいな。そこまで調査してるなら、俺が誰だかとっくに確認済みだろうに。安心しろって、わざわざ時間を稼がんでもアレが逃げる間くらい待ってやるよ。こっちも聞きたい事があるしな。えーと……ああ、あんたどこのだれよ?」
「特設自衛軍第一師団第一特務連隊所属、須崎万智。階級は一等特曹だ」
「ご丁寧にどうも、洲崎一等特曹殿」
男はそう言うと万智の姿を観察するように、じっくりと嘗め回す。
整った顔立ちに夜空のように黒く輝く短髪、それに不釣合いなサファイアのように青く輝く瞳。
軍服を着せておくには勿体無いと思えるほどに見事なプロポーションを備えた、どこか神秘的な雰囲気を漂わせた女性だ。
だが、いくら人目を引く容姿だからといって、別段変わったところは見受けられない。見掛けはいたって普通の女性軍人だ。
「あんた、普通の軍人じゃあないよな? ただの軍人、いや人間にアレは受け止められない。一体どんなトリックを使ったんだ?」
「その質問には答えられない」
「へぇ……」
男の視線に何とも言えない不快感を覚えながら、万智はバッサリと男の問いを切り捨てる。
「次はこちらの質問だ。ここ数ヶ月に渡る世界各国での無差別テロ攻撃の目的は何だ? お前達は何をしようとしている?」
「その質問には答えられない」
意趣返しのつもりなのか、悪ふざけなのか、男はおどけた口調で万智の回答を真似る。
「どうしても答える気はないか?」
「ない、と言ったらどうなるんだ?」
「力ずくででも答えてもらう」
ニヤリと、まるでその言葉を待っていたと言わんばかりに、男は凶悪な笑みを浮かべる。
「ククッ、いいねぇ。わかりやすくて好きだぜそういうの。実は俺も丁度そうしようと思ってた所なんだよ。ああそうだ、あんた美人だから特別に一つ教えてやるよ。丁寧な自己紹介の礼だ」
その言葉に呼応するかのように、男が全身に纏っていた炎が巨大化し、猛りだした。
「俺の名はカイト! 炎熱のカイト! 栄えある地天海三闘衆の一番槍だ! さぁしっかり記録しておけ!!」
同時に先程のものとは比べ物にならないほど巨大な火球が大量に現れ、その全てが万智に狙いを定める。
「お手並み拝見と行こうか!! 洲崎一等特曹!!」
その大きさに見合わぬ速度で、複数の火球が正面から万智に襲いかかった。
「ハッ!!」
万智はそれらを先程と同じように右手を突き出し受け止めた。
「ぐっ……!」
だが、今回の火球は先程のものと全く違っていた。
受け止めている数が違うのは勿論だが、何より一発一発の重さが段違いに増加している。
炎に重さというのも妙な話だが、先程の火球より明らかに重く、まるで鉄球を受け止めているかのようだ。
「あんなボヤと一緒にするな。言ったろう? お手並み拝見だってよ。ほら、次行くぞ、上だ」
その言葉と共に今度は上から大量の火球が降ってくる。万智は左手を空に掲げて上方から落下してくる火球を受け止める。
「くっ!」
万智は左手を空に掲げて、落下してくる火球を受け止めた。アスファルトにヒビが入り、周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。
万智はその衝撃で体勢が崩れそうになるのを何とか堪えながら、しっかりとカイトを見据える。
憎たらしいことに、カイトは余裕そうな表情で、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「舐めるなぁ!」
受け止めた火球を全力で弾き返す。
弾き返した火球の幾つかはカイト目掛けて飛んでいくが、これもまたホコリを払うような軽い動作であっさりと脇へ弾き返される。
「!」
だが火球を弾き返したカイトの目の前に突如として万智が現れる。カイトは完全に不意を付かれ、一瞬対応が遅れた。
「おおっ」
「だぁ!!」
万智はその隙を逃さず、握りしめた拳で思いっきりカイトを殴りつけた。
カイトが避けようと回避の行動をとるが間に合わず、地面にヒビを入れる程、強く踏み込んだ万智の拳がカイトの腹に炸裂する。
真正面から会心の一撃を食らったカイトはピンポン球のように吹き飛び、遥か後方のビルに叩きつけられ、コンクリートにめり込んだ。
(成程ね。弾き返した火球の影に隠れて、一気に距離を詰めたのか。素人そうに見えたが、なかなかどうしてやるじゃな……!)
今が好機と万智はビルにめり込み身動きが取れなくなっているカイトに追撃を加えようと、凄まじい速度でカイトに迫る。
「ちっ」
カイトはビルにめり込んだまま、向かってくる万智に多数の火球を放った。
放たれた火球は先程より小さいが、その分スピードがあり、弾丸のような速度で飛んで行く。
だがマシンガンのように連射されるその火球を、万智は左右に蛇行しながら人間離れしたフットワークと身のこなしで全て躱し、距離を詰める。
「ほほう」
そして大地を強く踏みしめ跳躍した。
「せいっ!」
カイトの胸元に、今度は飛び蹴りが炸裂した。
助走を付け、大地が砕けるほどしっかりと踏み込んだ飛び蹴りは、先の不意打ちとは段違いの威力であり、カイトは豪快に吹き飛ばされて、ビルを突き破り更に後方のビルにめり込んだ。
万智はその様子を確認すると、おもむろに砕けたビルの壁から剥き出しになった鉄柱を片手で掴み取る。そしてバットでも持ち上げるかのような軽い動作で引っこ抜ぬくと、カイトに向けて構えた。
「ふんっ!」
そして再びめり込んで身動きが取れなくなっているカイトに向かって、その鉄柱を投擲した。
鉄柱は弾丸のような速度で空を走り、カイトに直撃し凄まじい轟音を響かせる。
「まだまだぁ!!」
更にそのまま二発、三発目と周囲にある瓦礫から鉄柱まで、目についたものを片っ端から投擲していく。その様はまるで戦車砲の連射であり、砲弾と化した瓦礫がカイトもろともビルを削り取っていく。
「せい!」
最後の一射と言わんばかりに、気合と共に放った特大の鉄柱が直撃する。
その一撃が呼び水になったのか、ビルから軋むような音が鳴り響き、カイトを巻き込みながら、あっという間に倒壊した。
辺り一帯に砂煙が上がり、戦場が静寂に包まれる。
「ふ……」
万智は息を整えると警戒を続けながら、倒壊したビルへゆっくりと歩を進める。
そしてビル倒壊直後にカイトがいたであろう場所に踏み込んだ。
「!?」
だが、足を踏み入れた直後、突然足元の瓦礫から炎が吹き出し、大爆発が起きた。
万智は驚異的な反応速度で後退し、間一髪でその爆発を避けるも、炎の中に信じられないものを見た。
「なるほど、大口を叩くだけの事はある。この前やりあった軍隊よりも、よっぽど歯ごたえがあらぁな」
爆発の中から姿を現したのは、怪我は疎か、服に汚れ一つもないカイトだった。
地天海の起こしたテロ事件は今回が初めてではなかった。当然、今までの事件からカイトの戦力は分析されており、万智も当然、分析結果を頭に叩き込んだ上で交戦していた。
そのデータから、あの程度の攻撃で倒せないことは百も承知であり、立ち上がってきた事は万智の予定通りでだった。だが、傷ひとつ付けられなかったのは、流石に予想外出来なかった。
どうやら今までのテロ事件では、全く本気は出していなかったようだ。
「近接戦闘がお好みのようだし、こっちもあんたに合わせようか。お、これなんかちょうどいい」
そう言ってカイトは近くに刺さっていた鉄骨を抜き取った。瞬く間に鉄骨が炎に包まれ、剣の形に成形される。
「まぁこんなもんでいいかな。――じゃあ行くぞ」
「!」
カイトの足元で爆発が起きる。
そしてその爆発によって発生した爆風に押されて、弾丸のように射出されたカイトが、一瞬で万智との距離を詰めてきた。
「くっ」
不意を突かれ、対応する間もなく間合いを詰められた。万智は即座に回避を諦め、腕を構えて斬撃を受け止める体勢を取る。
「むん!」
加速により加重された斬撃が、構えていた万智の腕に直撃する。
「ぐっ……」
鐘を叩いたかのような金属音が鳴り響き、発生した衝撃波が周囲の物体を吹き飛ばす。
そのあまりの衝撃に踏ん張りが効かず、アスファルトを削りながら万智は大きく後退させられた。
「ほう」
カイトは器用に剣を振り回して、肩に担ぐと感心の声を上げる。
「いや、お見事。膝もつかずに受け切るとは。何を仕込んでいるのかしらないが随分と頑丈な腕だな。真正面から受けきられるとは、ちょっとショックだぜ」
そう言って剣を構え直す。
「だが、次はどうかな」
再び爆発によって急加速し、斬撃を加えようと距離を詰める。
「同じ手は食わない!」
だが今度は加速にしっかりと対応し、手刀で斬撃の力を受け流しつつ、剣を弾きとばした。
「ハッ!」
「おおっと」
そのままカウンター気味に心臓目掛けて貫手が放たれるが、カイトは即座に体勢を整えると、手近にあった鉄柱を掴み、二本目の剣を作り出して抜き手を受け止めた。
そしてそのまま、互いに押し合う状態で拮抗する。
「ははっ! まさか剣と手刀で鍔迫り合いをすることになるとは思わなかったぜ。つくづく面白いやつだな、お前は!」
「なっ!?」
斬り掛かっている方とは逆の刃からジェット噴射のように炎が吹き出した。推進力を得た刀身が加速し、万智の貫手を弾き飛ばす。
「驚いてる場合じゃないぜ」
続けざまに袈裟斬りにジェット噴射によって加重された斬撃が襲いかかる。
「ぐっ!」
万智はその斬撃を、腕を交差して受け止めた。
「ぬぐぁ……」
だが、あまりの斬撃の重さに受け止めた腕諸共、体が大きく揺さぶられる。
「ハッ! 軸がブレてるぜ!」
当然そんな隙を見逃してくれる相手でもなく、さらに重さを増した斬撃が、右へ左へと次から次へ襲い掛かってくる。
「ぬっ、ぐっ、ぐぁ」
「ほらほらほらほらぁ! さっきまでの勢いはどうしたぁ!? 洲崎一等特曹殿よぉ!!」
斬撃は更に激しさを増していき、万智は暴風に揺れる枝葉のように、右へ左へと揺さぶられ続ける。
「あっ……」
そして、絶え間なく叩き込まれる斬撃に耐えられず、遂に攻撃を受け止めていた腕が弾かれ、無防備な脇腹が晒されてしまう。
「レバー貰った」
「しまっ……!」
すぐ防御しなければ――そう思う暇もなく、大きく振りかぶった爆炎刀の一撃が脇腹に直撃する。
「おっがぁ……」
クリーンヒットを脇腹に食らい、今度は万智の方が大きく吹き飛ばされ、正面のビルにめり込む。
更にカイトは追撃とばかりに、巨大な火球を壁にめり込んで身動きが取れなくなっている万智に向かって放つ。
(まず……い……防……御……しないと……)
左手でやられた脇腹を抑え、右手で何とか火球を防御する。だが斬撃の直撃による激痛で。集中力が乱され、火球を押し返しきれない。
(今の状態じゃ……跳ね返すのは無理……。だっ……たら……)
万智はなんとか直撃だけは避けようと火球を脇に逸そうとするが、それに必死になりすぎた。
万智はカイトが自分に向かって剣を構え直しているのを見過ごしてしまう。
「まっさかねぇ。あれを腹に食らって胴体が千切れないとは。ただの斬撃じゃあ、あんたは斬れそうに無いな」
カイトの両の手に持った剣が炎に包まれ、一つの大剣に整形される。
カイトはその大剣を右手に構えると剣が赤く輝きはじめ、同時に巨大な炎を纏った。
その凄まじい熱量に剣との距離が近かった物体が弾け、焼け溶け、蒸発していく。
カイトはゆっくりと剣を振りかぶり、剣先を万智に向けて狙いを定める。
「ハッ!」
そして気合と共に大きく虚空を剣で薙ぎ払った。瞬間、凄まじい熱風が巻き起こる。
剣を向けていない方向にあったはずの瓦礫すら、その爆炎を浴びて、発泡スチロールのように吹き飛び、燃え尽き灰になった。
当然、剣を向けられていた側はそれどころではない。
正面にあった複数のビルは、中間層が、バターのように切断され、万智がめり込んでいたであろう箇所ごと綺麗に蒸発していた。
上下階で文字通り輪切りにされ、分断されたビル群は落下してくる自身の上部に押しつぶされ、次々と雪崩のように崩落していく。
カイトは崩れ行くビルに揉まれ、身動きが取れなくなっている万智に向け、容赦なく大量の火球を放つ。
重爆という言葉も生ぬるいほどに大量に放たれた火球は、折り重なって大爆発を巻き起こし、ビルの崩落すら押しのけて瓦礫を吹き飛ばし、大地を焼き尽くす。
その爆発によってキノコ雲が発生し、巻き上げられた小さな瓦礫が炎を上げながら、真っ赤に焼け焦げた地面に雨のように降り注ぐ。
「まずったな。話を聞くつもりだったのに。これじゃあ探すだけでも一苦労だ」
つい数時間前までは人が溢れかえる大都市であったとは思えないほど完全に破壊し尽くされ、更地と化した土地を無表情で見つめながら、カイトはゆっくりと歩を進める。
さっきの攻撃は確かな手応えを感じた。並みの人間なら肉片一つ残らず蒸発しているだろう。
だがカイトはあの更地に、炎とは明らかに違う熱源の存在を知覚していた。
「お?」
カイトはおもむろに瓦礫の小山に右手を向けると、小さな火球を放つ。
放たれた火球は小規模な爆発を起こし、瓦礫の山を吹き飛した。
「いたいた。やっぱり生きてたか」
瓦礫の下で蠢く人影を見つけたカイトは、その人影の背後に向けて火球を放ち、自分の方向へ吹き飛ばした。
「あ……ぐ……」
それは先程戦っていた人間と同一人物とはとても思えないほど、ボロボロにされた万智だった。
普通の人間ならば、誰がみても一目で致命傷と理解できる程の傷を負っている。だがカイトはそんな状態の万智に構うこと無く、髪を乱暴に掴むと、体ごと持ち上げた。
「よう、そろそろ白状して貰おうか。お前、体内にEチケットを持ってるんだろ? 誰に仕込まれた?」
「何……のこ……ゴハッ!」
とぼける万智の腹を殴り、カイトは話を続ける。
「とぼけんじゃねーよ。それだけの力を生身の人間が扱えるわけねーだろ。もう当たりはついてるんだよ。それはあの男の技術だろう? 海外に逃亡してると踏んでいたが、まさかこの国に居座っていたとはな。灯台下暗しとはよく言ったもんだ」
「な、何の……こと……だ? わ、私は……何も知らな……ゲフッ!」
今度は先程より力を込めて顔面を殴る。
「意外と口が堅いなぁあんた。だがさっさとゲロっちまったほうがいいと思うぜ?」
カイトの左手に炎が宿る。
「こっちには、別にあんたに優しくしなきゃいけない道理は無いんだからな」
「なにをす……がぁぁぁぁぁっっっ!」
カイトは燃えるその手で、万智の喉を締め上げた。
「がはぁごぉぁぁぁぁっっっ! がぁぁげぇごぁっっっ!」
喉を焼かれながら締め上げられ、その苦痛に万智は声にならない悲鳴をあげる。
「おっといけね」
カイトが慌てて首から手を離す。
「カハッ! あぅ……あぁ……」
激痛から呼吸がうまく出来きていないのか、万智の喉から妙な音が出る。
「喉を燃やしちゃ喋れなくなっちまう。しかし、なんつーか結構楽しいなこれ。なんか変な趣味に目覚めちまいそうだ。まぁとりあえず、喉は止めて違う所にしようか」
既に勝ったと思い込んでいるカイトは、何やら下衆な考えを巡らし始め、そこに大きな隙ができた。
万智は遠のく意識を何とか繋ぎ止め、この千載一遇のチャンスを利用し攻撃を加えようとする。
(今だっ!)
万智はカイトを弾き飛ばそうと、力を振り絞り右腕を持ち上げた。だが――。
「は……れ……?」
持ち上げたはずの右腕が無い。正確には、右腕はあるが肘から先がついていない。
あるのは焼け焦げ、嫌な臭いを放つ黒い炭だけだった。
「ハッ!」
その様を嘲笑するようにカイトが万智を笑い飛ばし、髪を掴んでいた右腕を振りかぶると、転がっていたビルの瓦礫目掛けて万智を放り投げて叩きつけた。
「がっ……」
万智は瓦礫に背中を強く打ち付けられ、呼吸困難に陥る。同時に左肩に燃えるような激痛が走った。
「おお、狙いバッチリ」
遠のく意識の向こうでそんなカイトの声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。
万智は反撃しようと、身体を起こそうとするも何故か上手くいかない。それどころか、左肩が瓦礫から離れなかった。万智は嫌な予感がして、恐る恐る左肩に目をやる。
すると先程までカイトが持っていた剣が左肩を貫いており、傷口を焼きながら瓦礫に身体を磔にしていた。
「がああああああ!」
遅れてきたように、激痛が全身に襲いかかった。傷口を同時に焼かれる、そのあまりの責め苦に万智は喉の激痛すら忘れて大きな悲鳴をあげる。
「なんだ、思ってたより元気だな。これなら本部まで保ちそうだ」
カイトは磔にされている万智に向かって、ゆっくりと歩を進める。
「ま、喋らないならそれはそれで別にいいさ。持ち帰って解剖すればわかることだしな。さてご同行願おうか、洲崎一等特曹殿?」
「ま、まらだ……。ぐっ……」
「お、おいおい。やめとけって」
万智はなんとか自分を刺し貫いている剣を抜こうと身体を動かす。
「ぬっ……あっ……がああああ!」
だが下手に動いたせいで、逆に剣が更に肩に食い込んだ。傷口が更に広がり激痛が走る。
「全く、だから言ったんだ。それ、そこまで鋭く作ってないとはいえ、ちゃんとした剣だし。あんまり無理に動くと肩からばっくり行くぞ?」
カイトは呆れたように万智に警告する。
「くぞっ……ぐぞぉ……。ごの、動げ! 動いて!」
「おいおい」
必死に動こうとする万智に、カイトは呆れたような顔をする。
「自分の体とは言え、あんまり無茶言ってやるなよ。誰がどうみたってもうギブアップだ」
だが万智はそんな警告に構わず、磔にされたままで暴れ続ける。
「動いて! 動け! 動け! 動けぇ! 動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
万智は焼け焦げた喉からかすれた声で、悲痛な叫びを上げた。
(――下手くそが)
「え?」
その叫びが届いたのか、突然胸の奥で誰かの声が聞こえたような気がした。
(暫く寝ていろ、三流役者。俺が手本を見せやる)
その声が聞こえると同時に、万智の意識は急速に遠のいていった。