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HERITERS  作者: 井本康太
18/20

二〇四四年八月十ニ日(金) 零時三十七分三十四秒 特設自衛軍大宮駐屯地

「本当に……戻ってきたんだな」

「はい」

 万智は自分自身でも確認するように、静かに答えた。

「どうやって戻ってきたんだ? 完全に克二に乗っ取られていたと思っていたが」

「正直、自分でもわかりません。私自身、もう表に出ることは諦めかけていましたし……」

「諦めて?」

「はい」

 浩一郎が顔をしかめる。

「自分は一番近くにいたのに、庵克二を止めることが出来なかった。その台頭に気づくことさえできなかった。なのに今更、どんな顔をして連隊長の前に立てばいいのか。それを考えていたら、表に出ようとする力がどんどん弱くなってしまって……」

 万智が悔しそうに、顔を歪ませる。

「気がついたら深い暗闇に落ちていました。もう表に出るどころか、庵克二の行動に僅かに干渉するのが精一杯になってしまったんです。もうこのまま、この暗闇の中で庵克二の邪魔が出来るならそれでいいか、なんて思い始めてもいました」

「そうか……」

 浩一郎は憐憫の念を持って、万智の語りに耳を傾ける。

「でも、それでは駄目だと喝を入れられたんです」

「喝?」

「はい。自衛軍軍人として役目を果たせと。自分を止めてみせろと。暗闇に沈んでいた私に呼びかけてきた人がいたんです。私はその人を止めようと必死になって。そして気がついたら……」

「お前が表に出てきていたということか」

「はい」

「そうか……」

 恐らく万智に呼びかけたのは、あの女性なのだろう。

 何故彼女がそんな事をしたのか、今となってはもう確かめようも無い。そもそも相手はテロリストなのだから、その行動理由を考えるだけ無駄なのかも知れない。

 だがそれでも、浩一郎は心の中で、その身を犠牲にしてまで万智を救ってくれた、その女性に感謝した。

「――連隊長」

「なんだ?」

 まるでスイッチが入ったかのように、万智が急に神妙な顔をする。

「どうやら自衛軍軍人として、やらねばならない事が出来たようです」

「やらねばならない事?」

「はい」

「それは――」

「万智!」

 何かを言おうとした万智の言葉を遮って、背後から一人の女性が駆け寄ってきた。

「遠山特尉……」

「良かった。無事だったのねっ!」

「ええ、お陰様で。この通りです」

 元気そうな万智の姿を見て、夏帆は安心したように胸を撫で下ろした。

「全く、昼夜で二連戦もした上、診察にも来ないなんてね。病み上がりの患者が、この私に対して、随分と舐めた真似をしてくれるじゃない」

「あはは、すみません。こっちも色々ありまして」

 嫌味たっぷりに話す夏帆に、万智は苦笑しながら謝罪をする。

「まぁ、もういいわ。でもその代わりに覚悟しなさい。今度こそ、しばらく私と一緒に過ごしてもらうわよ。今回の件はそれで許してあげる。ほら、いくわよ」

 そう言って万智の腕を取り、強引に引っ張っていこうとする。

 普段の万智ならば、苦笑しながらも大人しく夏帆に従う。だが、今回の万智は何故かその場から動こうとしない。

 しかも何処か憑き物が落ちたような、サッパリとした表情をしている。

「何してるの。早く……」

 そんな万智をどこか必死さを感じさせる声で、夏帆は催促する。

 だがそれでも万智は動かない。困ったような笑みを浮かべて首を横に振るだけだった。

「いい加減に……」

「夏帆さん」

 夏帆の言葉を遮るように、万智は胸ポケットから眼鏡を取り出した。

「すみません、現物は先の戦いで粉々になってしまいました。これは急造の複製品です。でも性能は元のものと変わらないはずですのでこれをお返しします」

 そう言って新品のようにピカピカな眼鏡を差しだした。

「……結構よ。もうしばらく貸しとくわ」

 だが夏帆は即答でそれを拒否をした。

「どうしてですか? まさか複製品じゃ駄目、なんて言われる気ですか?」

「ならそれでもいいわ。とにかくまだ返さなくていい。しばらく持っていなさい」

 頑として受け取ろうとしない夏帆に、万智は再び困ったような笑みを浮かべる。

「それは困るんですよ。この機会を逃したら、次はいつになるか分からないですし」

 その言葉に夏帆が鋭い目つきで万智を睨みつけた。

「白々しい。何が『次』よ。そんな機会、もう作るつもりも無い癖に」

 そう吐き捨てるように話した夏帆を前に、万智が一旦眼鏡を下ろす。

「……察していたんですね」

 そして静かに呟いた。

「流石は夏帆さんです。どうしてわかったんですか?」

「舐めないでよ。職業柄『それ』は今まで散々、嫌という程見てきたのよ。……受け入れてしまった人間の顔って奴はね」

 苦々しい顔をしながら出る夏帆のその言葉に、万智は観念したかのように溜息をついた。

「全てを終わらすにはこの方法しかないんです。きっと私はこの為に生れてきました。だから……」

 そして再度、眼鏡を夏帆に突き出した。

「それを正直に白状してくれたのは評価してあげる。でもね、それを知った私が、はい、そうですかと素直にそれを受け取る気になると思っているのかしら?」

「ないですね」

 万智がキッパリと即答した。

「死して護国の鬼にでもなるつもり? 馬鹿らしい。今時流行らないわよ。そんなの」

「そうですね」

「くだらない考えはさっさと捨てて、大人しく私に経過観察されることね。ほら、早くしなさいって!」

 そう言って夏帆が、万智の腕をひったくると強引に連れて行こうとする。

「私も出来ればそうしたいんですけどね」

 だが、万智はその腕を優しく制して離させる。

「お願いだから……言う事を聞いてよ……」

 遂に夏帆の眼から涙が流れだした。

「……ごめんなさい」

 だが、夏帆の涙ながらの懇願に対しても、万智の表情はやはり変わらない。

 相変わらず、困ったような笑みを浮かべるだけで、動こうとはしなかった。

「……なんでよ」

「はい?」

「どうして貴方がそんな事をしなくちゃいけないのよ!」

 夏帆が震える声で呟く。

「それは私ではない、夏帆さんに関わりのない誰かなら良かったということですか?」

「そうじゃない!」

 夏帆が激高する。

「ずっとあいつらに対抗する為の兵器として、ここで生まれて、ここで育てられた。貴方の人生はそれでよかったの!? 普通の学校に通って! 勉強して! 友人と遊んで! 誰かを好きになって! そんな当たり前の事すら満足に出来ないまま終わっていいの!?」

「夏帆さん……」

 堰を切ったように夏帆の口から万智の人生に対する不満が飛び出した。

「貴方の人生はまだまだこれからじゃない! 違う道だって選べたはずなのに! いや! 今の貴方ならそれが出来る筈なのに! なのにこんな……」

「――ありがとうございます」

「へ?」

 激高して早口で捲し立てる夏帆に、万智は落ち着いた声で感謝を伝えた。

「確かに私の人生は夏帆さんから見れば、色々不満の多い人生なんじゃないかと思います。実際、夏帆さんの言う『歳相応な思い出』は作れなかったわけですからね」

 万智が顎に手を当てて苦笑する。

「でも――」

 万智は夏帆に向き直ると、その瞳を真っ直ぐに見つめる。

「それでも私、これで良かったって思っています」

 そしてハッキリとした声で答えた。

「だって、自分の事をここまで惜しんでくれる人に出会えたんですから」

「万智……」

 一切の嘘偽り無い事が分かるように、万智が笑顔で夏帆にその謝意を伝えた。

「……ふふ、まるで私の母親ですね」

「行く遅れちゃいるけど、まだそんな歳じゃないわよ……」

「あはは……そうでした」

 頭を掻いておどける万智を、今度は夏帆の方が見つめて口を開く。

「私は絶対に認めない。貴方みたいな若い子が、命を犠牲にしなきゃいけない未来なんて認めないわ」

 そして夏帆が怨嗟の籠った声で唸るように呟いた。

「私だって認めませんよ。だから願わくば、そういう理由で命を使うのは、私で最後になったらいいですね」

「~~っ!!」

 そんな夏帆にも、万智は一切の迷いがない笑顔で答えた。

「もう知らんっ!」

 夏帆は差し出された眼鏡を乱暴にひったくると、万智に背を向けた。

「このわからず屋! 勝手に死ね!」

 そして捨て台詞を吐きながら、早足でその場を後にした。

「……お世話になりました」

 万智はそんな夏帆の背中に向かって頭を下げて感謝を伝える。

「あぁ……そうだ」

 万智は夏帆を見送ると、思い出したように浩一郎に向き直り、何処に持っていたのかチップのようなを差し出した。

「ブラックボックスだったEチケットの技術、他庵克二が作った未知の技術、今回の庵克二の計画の全てがここに収められています。連隊長に預けておきますので、その後の調査などに役立ててください」

「……」

 浩一郎は黙って頷き、そのチップを受け取った。

「もう、行くのか?」

「はい。呼んでいるんです。私の姉が」

「姉?」

 浩一郎が首を傾げる。

「はい。元が一つの存在だから、近すぎて気がつかなかった。でも、今ならば手に取るようにわかります。どうやら私と伊舞理緒のEチケットは想像以上に強く結び付いていて……伝わってくるんです。彼女の想いが。彼女がいる場所も、彼女が望んでいることも。そして……私がしなければいけない事も」

 万智は夏帆に向けていたのと同じ笑みを浩一郎に向ける。

「――私は、結局最後まで答えを出せなかった」

「え?」

「本来ならば私が君に、その命令を出さねばいけない筈なのに決心がつかない。本当に、庵克二を消すのが正しい選択なのか、私にはその判断出来ない」

「どういうことですか?」

 浩一郎らしくない発言に、万智が首を傾げる。

「庵克二のせいで多くの人が死んだのは間違いない。アレは許せぬ存在だし、許してはいけない。だが同時に、彼がもたらした技術は間違いなく、それ以上に多くの者を救った。いや、これからも救い続けるだろう。実際、Eチケットは世界のエネルギー格差を大きく是正した。普通の方法では、あと何十年経とうとも、ここまでは不可能だろう。それだけじゃない、クローン技術に人格の移植、どれ一つとっても凄まじい技術だ。そんな頭脳を消すことは、長期的にみて人類の大きな損失になる。生かしておけば、彼は多くの人を殺すが、生み出す技術は多くの人の助けにもなるはずだ。となると……」

「連隊長、それは違います」

 万智はそんな浩一郎をはっきりと否定した。

「人類にとっての庵克二の価値を測るのが、連隊長の仕事ですか?」

「いや、それは……」

 万智の言葉に浩一郎はハッした顔をする。

「貴方の仕事はこの国の防衛、国家に対する侵略者を排除することです。仮に庵克二本人がここにいても、彼はきっとこう言うでしょう『君は君の務めを果たせ』と。ならば連隊長が私に下さないといけない命令は一つです」

 本当に克二がそう言っているかのような声色で、万智は浩一郎に助言を送った。

「……そうだな」

 克二は少し考えた後に、決心したように顔を上げ、真っ直ぐに万智を見る。

「洲崎万智一等特曹、命令だ! 庵克二と地天海、その二つを撃滅しろ!」

「了解!」

 万智は浩一郎に敬礼する。

「……?」

 だが、普段と違い浩一郎から答礼が返ってこない。

 代わりに複雑な表情を浮かべて、万智見つめている。

「連隊長、どうしました?」

「いや……私は父親失格だと思ってな」

「え?」

「父親ならば、ここで行くなと言えるはずだ。いや、言わなければいけない。なのに……」

 浩一郎が拳を震わせながら、自虐するように呟く。

「浩一郎さん……」

「いや……そんなことは今更か。万智、最後だから正直に話そう。そもそも私が君を預かったのは……」

「――貴方が警戒していた庵克二、その遺産である私を監視する為、ですか?」

「!」

 割って入った万智の言葉に、浩一郎は面喰ったかのような顔をする。

「気づいていたのか……」

「はい。実は結構前からです」

「……っ」

 クスクスと苦笑する万智に対して、浩一郎が絶句する。

 まさか気づかれていたとは、思わなかったのだ。同時に、気づかぬ振りをさせて、余計な気を使わせてしまっていた事に対する罪悪感が浩一郎にのしかかる。

「連隊長のその行動は決して間違っていません。だから一番初めに、私の異変に気がつけたんです。そして今連隊長が、私を止ようとしないのは、私の覚悟に水を刺さないようにしてくれているから。違いますか?」

「……」

 そんな罪悪感に見舞われている浩一郎を励ますように、万智がその行動を優しく肯定する。

「そして、たとえ今がどうであれ、連隊長が今日まで私を育ててくれた事に違いはありません。夏帆さんはああ、言っていましたけど、私にとって貴方は尊敬できる父親でした。貴方が父親で良かったと心から思います。私は十分幸せでした」

 万智ははっきりと答えた。そして同時にどこか残念そうな顔をする。

「でも少しだけ残念です。これは分不相応な願いですが。もし許されるのなら、私は貴方の本当の娘になりたかっ……」

「――それは違うぞ、万智」

「……え?」

「お前は紛れもない、私の娘だ」

 今度は浩一郎が、はっきりとした声で万智の発言を否定する。

「確かに私は克二の遺物である君を警戒して引き取った。克二が何か仕込んでいるかもし知れないと思ったからな。血も繋がっていないし、普通の人間でもない。だが、理由はどうあれ子供を育てる以上、君を不自由にさせてはいけないと思った。他人の子供を預かっているのではない、一人の娘として扱おうと。そして私も、そんな娘の模範的な親としてあろう思った」

「連隊長……」

 万智がポカンとした表情で、浩一郎の話に耳を傾ける。

 まさか浩一郎の口からそんな発言が出るとは思ってもいなかったからだ。

「私は娘など持った事がなかったから、当時は色々と苦戦したものだ。育児雑誌を読んでみたり、母親に相談に乗ってもらったり。今思い出しても柄でない事をしていたとつくづく思う。そこまでしても正直、君に不自由をさせなかったか、模範的な父親であったかどうかは疑問が残る。実際、夏帆くんにその点を指摘されてしまっている」

 浩一郎は在りし日の育児の記憶を思い出す。

 あまりにもお門違いな事をしている自分の姿を思い出し、思わず苦笑してしまう。

「夏帆君にはそれはもう叱られたものだ。唯でさえ君を鳥かごで囲っている怨敵なわけだしな。顔を合わせる度に、飛びかからん勢いで捲し立てられたよ」

 浩一郎は、万智に背を向けている夏帆を見ながら、自嘲気味に語る。

「だが、君はそんな私でも父親として認めてくれた。幸せだったと言ってくれた。私はそれが素直にうれしい」

 浩一郎が人前では決して見せない、素直な笑顔を万智に向ける。

「君が私の事を父親と思ってくれている限り、君は私の娘だ。そこに義理も実もありはしない」

 それは紛れもなく、父親が子供に向ける優しい笑みだった。

「そっか……」

 その言葉を聞いた万智もまた、子供のような笑みを浮かべる。

「本当の娘だったのか。ずっと前から叶っていたんだ……。ふふっ」

 まるで夢を見る子供のように幸せそうに笑う。

「それは……嬉しいなぁ……」

 万智は、浩一郎の言葉を咀嚼するように深く頷いた。

 もう十分だ。何も要らない。欲しかったものは全部、ずっと前から持っていたのだ。

「それを聞けて良かった。ありがとう、大好きだったよ。……父さん」

「こちらこそだ。娘でいてくれて、ありがとう」

 父と娘がお互いに笑顔を浮かべて互いに感謝する。

「父さん、私行ってくる。応援していて。そしたら私はきっと、なんでも出来るから」 

「ああ、頑張れ」

「はい!」

 万智は返事をすると、そのまま浩一郎に背を向けて、跳躍の姿勢を取る。

 そして今にも飛び立たんとした時――。

「万智!」

 浩一郎は彼女を呼び止めていた。

「なんですか?」

「いや、その……」

 首を傾げる万智に対して、声を掛けた側の浩一郎の方が困惑していた。

 浩一郎自身、何故彼女を止めてしまったのか分からなかったからだ。

 父親の情なのか、それとも別の何かなのか。

 或いはただ、行くなと言いたかっただけなのか。

 父親として娘を死地に追いやる事を良しと出来る訳がない。

 だがそれは、彼女の覚悟に水を差す事になる。

 なら、それがわかっていながら何故止めた? 

 言い足りない言葉があったのか?

 それとも他に言い残したい事があるのか?

 ならそれはなんだ?

 自分を父親と認めてくれた感謝か?

 過酷な運命を背負わせた謝罪か?

 理不尽さに対する怒りか?  

 別れることの悲しみか? 

 まるで分からない。様々な思考と感情が入り乱れ、うまく言葉にする事が出来ない。

 そして――。

「!」

 気がつくと、浩一郎は万智に向かって直立不動で敬礼をしていた。

「……」

 ジッと万智の瞳をみつけながら、そこに言葉に出来ない様々な感情を込めて、額に手を当てる。

 軍人として今の感情を表現しようした時、これに以外の答えに辿り着けなかったのだ。

「浩一郎さん……」

 だがその答えは正解だった。

 そのたった一動作は、いかなる言葉よりも強く、そして正確に、万智に想いを伝えきった。

「え?」

 同時に万智は気がつく。

 浩一郎だけでなく夏帆も、そして基地内にいた全ての人間が万智に向かって敬礼をしているのだ。

「夏帆さん……みんな……。うん!」

 万智は一度頷くと、全員に向かって笑顔で答礼を返した。

 そして、今度こそ跳躍の姿勢をとる。

「特設自衛軍第一師団第一特務連隊所属一等特曹洲崎万智! 出撃します!」

 そう言った後、万智は力強く大地を踏み込む。

 僅かな砂埃が立ち、あっという間に万智の姿は、夜空の向こうへと消えた。

 基地に残された者は皆、万智の姿が見えなくなった後も、その方向に向かって敬礼を送り続けた。

 

「うー寒い。カッコつけて出てきちゃったけど、防寒対策してから出るべきだったなー」

 雲を突き破り、都市上空で一旦静止した万智は手を擦って暖を取っていた。

 いくら夏とはいえ、雲より上空の気温は冬のように低い。

 そんな所を高速で飛行しているのだ。普通の人間ならば、とっくに凍死している。

「まぁ肌寒い程度で済んでるあたり、つくづく出鱈目だなぁこれ。まぁ今更だけどって……あっ……」

 休憩を切り上げて出発しようとした時、ふと地上を見た万智は、その光景に思わず息を呑んだ。

 地上の建造物が様々な色の光を放ち、夜空の星のよう輝いていた。

 どこまでも続くその地上の星は、地平線の果てで空と一つになり、その境が曖昧になって混じり合う。

 それはまるで、夜空そのものが地上に流れ出しているかのような、幻想的な光景だった。

「綺麗……」

 上にも下にも満天の星空が展開されているその光景に、万智は思わず子供のような感想を呟く。

 あそこには、千差万別の人々の営みが築かれている。

 あの地上の星々はその事を示す証なのだ。

 そしてそれは、百年先、二百年先のこの光を信じて、命を懸けて戦った人達がいたからこそ、守られたもの。

「――うん」

 万智は改めて想う。やはり自分は間違ってはいなかった。

 ここにはそうするだけの価値がある。ならば自分も先人たちの意志を継ぎ、職務に殉じよう。

 この光を守るために。


「今日まで本当に、ありがとうございました!」


 自分を育ててくれたこの街に、この国に、そこに住む人々に、万智は万感の思いを込めて頭を下げた。

 そして光に背を向けると一瞬で加速し、流星のようにその場から飛び去る。


 今度はもう振り返る事はなく、万智は一瞬で海の向こうに消え去った。

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