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HERITERS  作者: 井本康太
11/20

二〇四四年八月十一日(木) 十三時三十五分五十九秒 神奈川県川崎駅周辺

「全く……せっかくロックを解除してやったというのに、なんてぇザマだ。相も変わらず下手くそすぎる。せめて善戦くらいはしてもらわないと、話にならないんだ――」

「なんの手品だその容姿は? どういうつもりだ?」

「――うん?」

 意味の分からない独り言は無視して、男は先ほどまで戦っていた、女だったはずの相手に問いかける。

「どうも何も、お前の望みを叶えてやろうと思っただけだ」

「……なんだと?」

 男はもう一度目の前の相手を確認する。間違いなくさっきまで戦っていた女だ。

 だがその身体からは女性的な特徴が消えており、女の面影を残す中性的な顔立ちの青年になっている。

「女を嬲る趣味はないんだろう? だからこうして、お前が安心して嬲れるように男になったんだ。没になった男性モデルの一つを持ってきたんだが、どうだ? なかなかにイケてるだろう?」

 見せつけるように、万智がくるりとその場で一回転する。

「ふざけているのか、貴様?」

「私はいつだって本気さ。じゃないと相手に失礼だろ? お前の方こそ、もう変に格好付ける必要はないんだぞ?」

「……何?」

 冗談めかして喋る万智に男は苛立ちを募らせる。

「くっくっく……。お前、自分はポーカーフェイスがうまい、とか思ってるだろ?」

「なんのことだ?」

 男が不快そうに首を傾げる。

「悪いがバレバレだ。今日初めて会った俺でもわかるレベルだ。身内からはさぞおちょくられてきたことだろうな!」

「貴様に何がわかる」

「わかるさ。わざわざこんなドームを作ったのは、誰にも邪魔されずに弟の仇を討ちたかったからだ。お前の力ならいくらでもやりようがあるのに、氷の剣なんてめんどくさいものを使ったのも、直接斬る感触を味わいたいからだ。本来、瞬殺出来るのに加減して苦戦をしたのも、じっくりと甚振って楽しみたかったから……だろう?」

 ニヤリと万智が意地の悪い笑顔を浮かべる。

「なにを……」

「俺がお前に跪いて、痛みと恐怖で無様に泣き叫び命乞いをして、だがそれを踏みにじった上で、嬲り殺す。本当はそんな仇討が望みだったんだろう? だがそうやって感情に任せるのは格好がつかない。だからクールぶってこんな中途半端な真似をする」

「貴様……」

「不服そうな顔だな? 自己分析は大事だぞ? だが安心しろ、もう加減する必要はない。全力で襲っても十分に楽しめる筈だ。まぁ余計なお世話かもしれないがな。クックック……」

 万智は今度はからかうような笑顔を見せる。

「さて。お前もいい加減、待ち切れないという顔をしているし、話はここいらで切り上げてそろそろ再開といこうか」

「っ!」

 その言葉に男が身構える。

「ああ、しまった。これを忘れてはいけない」

 そう言うと万智は背筋を伸ばして胸を張る。

「私は特設自衛軍第一師団第一特務連隊一等特曹『洲崎万智』。貴様の弟、カイトを殺したのは私だ。貴様の敵討ち、受けて立つ。来るがいい!」

 そしてはっきりとした声で高らかに宣言した。

「……は?」

「……おや?」

 その宣誓に男は意味が分からないと言葉を失い、万智は万智で何故か首を傾げる。

「何をしている? お前も早く名乗れ」

 万智はそれが当たり前とでも言うように男に名乗りを促す。

「名乗られたのなら名乗り返す、戦いの礼儀だろうが。カイトは応じたぞ。社会人でも常識だ。ビジネススーツを着てるのにそんなことも知らないのか?」

 男は無言で万智を睨む。何を考えているのかその真意を読もうとしているようだ。

「だんまりか。まさか怖いのか? お前それでも男か? タマ付いてんのか? 斬り落とすぞ?」

「……名乗る必要性を感じないからだ」

 万智の度重なる挑発に、男がうんざりしたように口を開く。

「私の名前が漏れたところで影響はないだろうが、それでも敵方に自分の情報を漏らす利点はない。貴様と交流を深めるつもりもない。そもそもこれから死ぬ相手に、名前を名乗って何の意味がある」

「成程、尤もだ」

 万智は素直に頷いた。

「実に優等生な意見だな。だが臆病者とも言える。この様子では伊舞理緒とやらも、さぞつまらん奴だろうな」

「……なんだと?」

「伊舞理緒」その名前を聞いた瞬間、男が明らかに今までと違う反応をした。抑えているものの、その言葉の中に明らかに怒気が含まれている。

「解説されないと分からないか? なら尚の事期待できんな。だってそうだろ? 弟の仇を前にしても、自分の名前すら堂々と名乗れない臆病者が部下だ。その親玉はさぞ救いようのない、アバズレに決まってい……」

 言葉を遮るように、氷の弾丸が万智の頬を掠めて飛んでいき、背後のビルを粉砕する。

「――マオリ」

「ん?」

「地天海三闘衆が一人、水氷のマオリだ」

「ほほう!」

 バックリと裂けた頬の血を拭いながら、万智が嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「私への侮辱は別に構わん。臆病者でもなんでも言うといい。……だがあの方への侮辱は、私に対する百万遍の侮辱に勝る、度し難い愚行であると知れ」

 口調こそ冷静だが、その身に凄まじいほどの怒りを宿しているのが一目でわかる。身体は震え、足元の氷にはヒビが入っている。

「いいだろう、洲崎万智。貴様の厚意、甘んじて受けよう。後悔しながら死んでゆけ」

 今までの攻撃がおもちゃに見えるほどの速度で、マオリは氷の塊を乱射する。

「なんだ! やれば出来るじゃないか! マオリ君よぉ!」

 万智はそれを片手で弾きながら、笑顔でマオリを賞賛する。

「ほざけ!」

 マオリは氷を乱射しながら一気に万智との距離を詰め、氷を弾いている腕を掴む。

「氷漬けにするつもりか? それとも水分を奪う気か? もう飽きたぞ、それは」

「阿呆が!」

「む!?」

 直後、腕の内側から赤色の杭が飛び出し、万智の腕が弾けた。

「……成程。体液を凍らせて内部から貫くか。なかなかエグイ事をする」

「なっ!?」

 マオリが驚愕する。

 万智が何の躊躇もなく弾けた腕を躊躇いなく引きちぎったからだ。

「この程度で驚いて貰っては困るな」

 即座にちぎれた箇所から新しい腕が生える。

 そして生えたばかりの腕でマオリの腹に拳を打ち込んだ。

「ゴハッ!」

 その衝撃にカイトが思わずえずいた。

(馬鹿な……今までと……まるで違う……っ!?)

 それまで受けていたものとは段違いに強烈な衝撃を腹に受け、マオリは付近の建物を貫きながら弾丸のように吹き飛んだ。

 同時にマオリを殴った万智の腕が、内側から氷に貫かれる。

「ハハッ!」

 だが万智は構うことなく、使い物にならなくなった腕を引きちぎると、吹き飛んだマオリに向かって投げつけた。

 腕は凄まじい速さで飛んでいき、狙い澄ましたかのように、ようやく停止したばかりのマオリに直撃した。その衝撃でマオリは再び弾き飛ばされる。

「やっ……ろォ!」

 マオリが地面に広がる氷を睨みつけた。すると氷が一瞬で水に戻り、吹き飛ぶマオリを包み込むように優しく受け止めた。

「このっ……」

 マオリが体勢を整えながら前を確認すると、万智が更なる追撃を加えようと、こちらに向かって走ってきていた。

「舐めるなぁ!」

 マオリの背後から氷の刀剣が現れた。しかもその生成速度は先程のまでの比ではなく、一瞬で数千本にまで膨れ上り、即斉射される。

「ハハッ! やっぱり加減してたじゃないか!」

 万智は右手で銃を形作ると、迫り来る刀剣に向けて何かを発射した。同時にマオリから見た、万智の周囲の景色が、一瞬陽炎のように歪む。

 氷の刀剣はその歪みに飲み込まれた瞬間、全てが粉々に粉砕された。

「なっ……!? っ……ぐおおおおぉぉっ!?」

 しかもその歪みはマオリに向けって直進し、空中に装填中だった次弾分すら粉砕して、斜線上にいたマオリをも吹き飛ばした。

(飛び道具は効かない。ならば……っ!)

 マオリは足元の氷を殴りつける。

「お?」

 氷の大地が大きく震え、万智の足元の氷が隆起し、その足を貫き転倒させた。

「いたた……無防備に転ぶと結――ゴブッ!?」

 間髪入れずズドンという音と、共に巨大な氷柱が万智の腹を貫いた。

 氷柱は腹を貫いたまま万智を持ち上げて、宙吊りにする。

「ああ、成程。確かにそれも水と氷から生まれるものだな」

 氷の棘に宙づりにされた万智が見たのは、いつの間にか自身の真上に立ち込めていた黒雲だった。

「落ちろ……」

 万智を刺し貫いている氷の棘の頂上に導かれるように、黒雲から雷が落ちた。

 氷を通して感電した万智の身体がビクンと跳ね、さらに体液が沸騰したのか、その身体から湯気が上がった。

 しかも雷はそれで終わらずに、更に二発、三発と続けて落ち、万智の身体を容赦なく甚振り続ける。

「いやっ! はやっ! 電気っ! 椅子のっ! 真似事とっ! はエグっ! イエグイっ!」

 だが万智は雷に打たれ黒こげになりながらも、落ち着いて自身を貫いている氷柱を砕き地面に着地した。

 腹部に大穴が開いて黒こげだった万智の肉体は、軍服も含め、既に元通りになっている。

「お前は弟より応用力があるぞ、マオリ」

 万智は楽しそうに拍手をしながら、狂気の笑顔をマオリに向ける。

「まるでゾンビだな」

「よく言われる――よっ!」 

 そのまま一足飛びでマオリに接近し再び殴りかかるが、それを読んでいたマオリは氷で覆った両手で万智の拳を受け止めた。

「ぐっ……ぬうぅ……」

 だがその拳の重さは桁違いであり、そのままゆっくりと押しこまれていく。

「どうした? さっきのように腕を内部から凍らせないのか? 水分を奪わないのか?」

 ニヤニヤと万智は意地の悪い笑みを向ける。

「ちっ!」

 無論、マオリは既に何度も万智の体液に干渉している。

 だが、今までと違い凍らせる事が出来ないのだ。

 まるでストーブとクーラーを同時に付けているかのように、凍らせた端からすぐに液体に戻ってしまう。

 脱水に切り替えても、奪った端から水分が補充されているのか、水分量に変化が見受けられない。

(干渉は出来るのに体液が凍らない。既に十リットルは水分を奪ったのに体調に変化なし。一体なんなんだ!! こいつはっ!?)

「ほらほら。早くしないとお前の胸にも穴が開くぞ?」

「調子に乗るなよ!」 

 マオリは拳を受け止めている右手を離し、万智の肩に指を向ける。

「お?」

 殴っていた万智の腕が宙を舞った。

 向けられた指先から噴き出した水が、万智の肩を貫き切断したのだ。

「ウォーターカッターか」

 感心する万智に、マオリは続け様、先ほどとは比較にならないほどに太い水流を両手で放つ。

 放たれた二本の水流は竜のようにうねりなら地面を抉り、ビルを貫き、万智に迫る。

 それはもはや切断ではなく、圧砕というレベルだ。

「ここまで来るとカッターというより、バンカーバスターの類だな。搦め手が駄目なら正攻法で潰す。賢明な判断だ」

 万智は動じることなくアクロバットに宙を飛び回り、その水流を回避する。

 だが二本の水流は徐々に万智を追い詰めていき、その逃げ道を奪っていく。

「そこだ!」

 完全に退路を断ち、狙いを定めた二本の水流が万智を砕こうと襲いかかる。

「ハハ!」

「なっ!?」

 だが万智は避けるどこか自分から水流に向かって突っ込んで行き、水流を片手で押し返しながら前進してきた。

「まだまだ水の勢いが足りないなぁマオリ!」

 勢いそのまま、万智はマオリを殴り飛ばした。

「お、あが……」

「おまけだ!」

 そう言って万智が氷の地面を殴りつける。その衝撃が氷の大地を抉りながら、蛇のように走りぬけ、マオリに襲いかかった。

「ぐっ!」

 吹き飛ばされながらもマオリは両手で防御の構えが取る。だがその防御諸共、衝撃がマオリを飲み込み吹き飛ばした。

「やったか?」

 わざとらしく台詞を言いながら、万智が前方を確認する。

「ま、そうこなくっちゃなぁ?」

 案の定と言うべきか、煙の中にゆっくりと蠢く人影が見えた。

「ゼェ……ゼェ……。おのれ……!」

 そこには全身傷だらけになり、息も絶え絶えなマオリが、膝を付きながら万智を睨みつけていた。

「流石だ! よくぞ耐え抜いた!」

 その様子に万智は嬉しそうに笑う。

 そしてそのままマオリに襲いかかると、首を掴んでギリギリと締め上げる。

「がっ……あっ……ごの……っ!」

 マオリはなんとか剣を生成し、絞め上げている万智の腕を切断しようとする。

「おっと」

 だが、それを察した万智は腕を捻って、ひらりと斬撃を躱すと、大地が陥没するほど強烈にマオリを地面に叩きつけた。

「ガハッ!」

 その衝撃にマオリから苦しそうな声を上げる。だが万智はお構いなしに、地面に叩き付けれたマオリの腹を蹴り飛ばした。

 マオリは力なく数百メートル程吹き飛び、自身が作り出したドームの壁に叩き付けられる。

「オラ! 気合い入れろ!」

 そして追撃の万智の飛び蹴りが、崩れ落ちているマオリに容赦なく炸裂した。

「ぉ……ぁ……」

 その衝撃で、マオリを中心にドームの壁に巨大な亀裂が入る。だが、今までと違って、その亀裂が再生する様子は見受けられなかった。


「――お前の力は想像以上に恐ろしいものだな」

 万智がぐったりと項垂れるマオリに話かける。 

「弟のような派手さには欠けるが、この応用力は侮れない。全ての水資源を権力の後ろ盾に出来るお前なら、人も国家も自由自在だろう。いや、そもそもにして地球に存在する全ての生物は、生命の維持を水に大きく依存している。それを自在に操れるお前は、文字通り全ての生物の天敵と言っても過言ではないだろう。今回のお前の敗因は、ただただ相手が悪かったという事だけだ」

 マオリに向かって万智は惜しみない称賛を贈る。

「お前はよく戦った。今ならばお前の健闘を讃えて、撤退する事を許すぞ。傷を癒し、準備万端整えて、後日再戦というのはどうだ?」

 万智が優しく諭すように、マオリに撤退を提案する。

「――断る」

 だがそんな万智の提案を、マオリは項垂れたまま、呟くように、だがそこに確かな覚悟を込めて拒絶した。

「今、私がここにいられるのは、理緒様の厚情のおかげに他ならない。迷惑を掛け、恥を晒して、部下として有るまじき振る舞いまでしたのに、理緒様は私的な我儘に許可を出してくださったのだ」

 マオリがゆっくりと立ち上がった。ダメージが大きいのか、身体がふらついているが、二本の足はしっかりと大地を踏みしめている。

「なのに『勝てぬから』その程度の事で逃げ帰れば、それは恥の上塗り。それどころか理緒様の厚情をも踏みにじることになる。そんな事が出来るわけがない!」

 マオリの目に覚悟の光が宿る。

「この恥は貴様の血以外では雪げない。このご厚情は貴様の首以外では返せない。私が帰還出来るのは貴様を倒した時のみだ!」

「……いい覚悟だ。だが、間違いなく死ぬぞ?」

「だろうな。だが……」

 マオリが万智を睨みつける。

「それはお前を倒した後だ!」

「お?」

 いつの間にか、万智の足が氷漬けにされていた。

「これで動きを封じたつもりか?」

 嘲笑う万智を無視して、マオリはゆっくりと万智に向かって歩を進め、ふらつきながら万智の腕を掴んだ。

 万智はそれを避けようとも、振りほどこうともせずに、つまらなそうにマオリを見下す。

「また体液を凍らせるつもりか? それとも水分を奪うか? どちらにせよ無駄な事だ。それはもう俺には効か……」

「……弾けろ」

「っ!? モゴッ……アッ!?」

 突如万智の身体が膨張しだす。

 それはまるで肉の風船であり、あっという間に万智は人間の形状を失い異形の肉塊と化した。

「ォ……ァ……ッ……ア!」

 肉塊は膨張を続け、限界まで膨らみ、バシャっという音ともに、肉片すら残さずに弾け飛んだ。

 周囲に血の薄まったような赤色の液体が降り注ぎ、大地を赤く染め上げていく。

「ふっ……」

 その様子を見届けると、マオリは糸が切れたように大地に崩れ落ちた。

「ゼイ……ゼイ……。ははっ……どうだ化け物め……」

 マオリは血だまりに向かって話しかける。

「流石のお前も……肉体が完全に吹き飛んでしまえば再生は出来まい……」

 マオリは息を整えるとゆっくりと立ち上がり、何かを探すように周囲を見回る。

「どこだ。チケットは一体どこに……」

「ここよ、マオリ君」

 突然背後から聞こえたその声に、マオリは弾かれたように振り返り、そして驚愕した。

 そこにいたのはマオリがよく知る人間だったからだ。

 雪のように白く美しい長髪に、ルビーのように赤く輝く瞳。見間違えようもない。

「理緒……様……」

 伊舞理緒その人だった。

「ふふ、心配で様子を見に来――」

「ふざけるな……」

「え?」

「ふざけるなよ貴様ァァァァァァァ!!」

 瞬間、マオリは激高し、理緒に向かって大量の氷柱を放った。

「きゃあぁぁぁぁ!!」

 理緒はその氷の直撃を受けて、吹き飛ばされる。

「ど、どうして……? マオリ君……」

「騙されるものか! 次の姿はそれか!? その人に化ければ私が攻撃を躊躇するとでも思ったか!?」

「わ、分からないよマオリ君。どうして、どうしてこんな……」

 血まみれの理緒は、マオリにすがるように泣きじゃくる。

「ひどいよ。私は……」

「黙れ!!」

 マオリが両手に持った剣で理緒を斬りつけた。

「あああああああぁぁぁぁぁ!?」

 理緒が悲鳴を上げて地面を転がり回る。

「黙れ!! 黙れ!!」

 マオリは必死になって目の前の存在を否定する。

 こいつは理緒様ではない。あの人がここにいるはずがない。この理緒様は間違いなく、あいつが化けているだけだ。

「痛い、痛いよマオリ君……」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 マオリは怒りに身を任せて、理緒に斬りかかった。

「これ以上、その人の姿で喋るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「っ!?」

 その悲鳴にマオリは一瞬剣を振り下ろすのを躊躇した。躊躇してしまった。

 ――そして致命的な隙を晒してしまった。


「――バーカ」

「ゴフッ!」

 理緒の手刀がマオリの心臓を貫いた。

「あっ……」

「今度は逆に水分を送りこんで破裂させるか。くくっ……本当にエグイ」

 理緒の顔の皮が半分ほど剥がれ落ち、中から不敵な笑みを浮かべた万智の顔が現れた。

「くっくっく……。それにしてもまぁ、ほっんとにお前は分かりやすいよなぁ、マオリくぅん?」

「ぐ……が……」

「偽物とわかっていても躊躇してしまうとはね。全く純情な奴だよ、お前は。だが、そういう一途なのは嫌いじゃないぜ」

 万智は笑いながら、串刺しにされたマオリに話しかける。

「お前の事だ。今までさぞや彼女に向かって健気なアピールを続けていた事だろうな。だが残念、それじゃあ彼女は振り向いてはくれないぞ?」

「ま……だ……し……」

 マオリは自分を刺し貫いている万智の腕を掴む。ゆっくりと万智の腕が氷漬けになっていく。

「そんな恋愛下手な君に、俺からアドバイスを送ってあげよう、ぜひ参考にしたまえ」

 だが理緒はその健気な反撃を無視して、マオリの髪を掴んで腕から引き抜くと、自分の顔の高さまでマオリを持ち上げ、ゆっくりと口を開いた。

「相手の側からを期待するな。無駄に展開を引き延ばすな。さっさと自分から告白しろ。以上だ、参考にしろよ。――来世でな」

 そしてマオリを上空に放り投げる。

 マオリは凄まじい速さで打ち上げられ、そのまま街を覆う氷のドームの天井を突き破った。

(すまない……)

 小さくなっていく地上を見ながら、マオリは薄れゆく意識の中で仲間の事を思い出していた。

(すまないカイト。お前の仇討ちはやはり駄目だった……出来なかった。そして申し訳ありません。姉様、一心様……)

 そしてそれに続くように、凄まじいエネルギーが地上から放たれるのをマオリは感じた。

(ああ、理緒様……私は貴方の事が……)

 最期に主の顔を思い浮かべながら、マオリは光に飲まれて消滅した。


 戦いの終わりを告げるように、氷のドームが雪崩のように崩れ、街を巻き込みながら崩壊していく。

「――磯の鮑の片思い。先人の言葉通りだな。くくく……くくくく……」

 そんな惨状は無視して、万智がマオリが散った空を眺めながら楽しそうに笑い出した。

「くくく……。くははは……。アハハ……。フハハハ……フハハハハハ!! アーハッハハハ!!アーハッハハハ!! ヒーハハハハハ!! ヒャーハッハッハッハッハ!! アーハッハッハッハ!!」

 万智の高笑いは暫く収まる事はなかった。

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