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HERITERS  作者: 井本康太
10/20

二〇四四年八月十一日(木) 十三時〇一分五十九秒 神奈川県川崎駅周辺

「地天海の手のものか?」

 十中八九、目の前の人間が地天海の者であるという確信はあったが、万智は念のため男に話しかけて確認を取る。

「カイトを殺ったのは、お前か?」

 だが男は万智の問には答えず、逆に質問を投げ返してきた。同時に男から「カイト」という単語が出てきた事で、万智の中にあった僅かな疑問も消滅した。

「その問は先の質問に対する肯定と受け取るぞ」

「あの氷を単独で破ることが出来て、かつカイトと地天海を繋げられる人間……」

 また男の方も「カイト」という単語に万智が反応した事で、確信を得たようだ。

 ただ睨みつけているだけだった男の瞳に、鋭く冷たい殺気が宿る。

「決まりだな」

「!」

 次の瞬間、男は前方から姿を消し、いつの間に用意していたのか、氷の双剣を握りしめて一瞬で万智に斬りかかっていた。

「む」

「この……っ」

 万智は斬りかかってきた二つの氷の剣を、手で掴んで受け止めた。その反応の良さに、男が思わず感嘆の声を漏らす。

「話が出来ない男だな……っ!」

「話す必要などない」

 取り付く島もなく、男は冷たく言い放つ。

「ただ、ただ早急に死ね」

 そして更に剣に力を込める。見た目は細腕の癖に、男はかなりの怪力だった。

 氷の剣はじわじわと押し込まれていき、万智を両断せんと迫っていく。

「――その言葉、この行為」

「!?」

 突然、ビシリという音と共に氷の双剣にヒビが入る。

「宣戦布告と受け取った」

 そしてあっという間に、その刀身が粉々に砕け散った。

「ほう……」

 男はいったん距離を取り、砕かれた剣を興味深そうに見つめる。

「現時点を以って、貴様は明確に自衛権行使の対象となった。地天海対応マニュアルに基いて、身柄の拘束を行うが、抵抗すれば命の保証は出来ない。そうなる前に大人しく投降する気はないか?」

「そう言われて投降するテロリストがいるか?」

 万智の警告を、男は挑発混じりにさらりと受け流す。

「そうか」

 その様子に万智は説得は無理と即座に悟る。そして男に向けて拳を構えた。

「いくぞ!」

 今度は万智のほうが踏み込み、一瞬で距離を詰め殴りかかる。

「……ふん」

「む!?」

 だが、男の足元から万智の接近を阻むように氷の壁が現れた。

(障壁のつもりか……だが!)

「!」

「ハアッ!」

 しかし万智は構うことなくパンチを繰り出し、現れた氷の壁を殴りつけた。

 氷の壁は粉々になってはじけ飛び、散弾と化した破片が男に襲いかかる。

「フン」

 だが氷の破片は男に当たる直前で水に戻り、周囲に飛び散った。

 男は砕かれて柄だけになった剣を投げ捨てると、足元の水から次の双剣を作り出し、追撃を加えようとしている万智に斬りかかった。

「セイッ!」

「ハッ!」

 ガキン、と拳と氷の激突とは思えない金属音が鳴り響き、その衝撃で水柱が上がる。

「ヌン!」

「!?」 

 一瞬の鍔迫り合いの後、氷の剣から水流が噴出した。

(この技……っ!)

 水と炎の違いはあるが、カイトの剣と同じだった。

 水流によって追加で力が加えられた事により、拮抗していた万智の拳が徐々に押し返される。

「なん……の……っ!」

 だが以前と違い、万智はすぐに対応し再び拮抗状態にまで持ち直す。

 自分でも驚くほどスムーズに対応出来た事に万智は内心で少しばかり驚く。勿論、以前と違いこの技自体初見ではないというのも要因の一つだが、それ以上に大きく違うものがあった。

(やっぱりそうだ)

 万智は氷のドームを砕いた時からずっと感じていた、妙な違和感の正体を確信した。

(この前よりずっと……)

 万智は氷の剣を見据えて、両腕に力を入れる。

 拮抗状態まで持ち直していた腕は今や、水流で加速していた剣を完全に受けきり微動だにしなくなった。

(身体が動く!)

 万智は凄まじい力で水流ごと双剣を押し返し、弾き返した。

「む……っ!」

 突然、今までとは段違いの力で双剣を押し返され、男の体勢が大きく崩れた。

「ハアァァァ!」

 それを好機とばかりに、万智は追撃でラッシュを掛ける。

 理由は分からないが、カイトの時よりもずっと身体に力が漲っていた。これならば加速する剣にも余裕で対応できる。

「ちっ」

 だが相手もそのラッシュに双剣で対応し、拳と剣で激しい打ち合いが起こる。

 ほぼ互角の打ち合いを数十合続けるも互いに一歩も譲らず、幾重にも渡って拳と剣がぶつかり合うその余波で水が吹き飛び大地が震える。

 度々互いに一撃強く打ち合う度に、その衝撃で弾かれて距離が開くが、直ぐ様間合いを詰め直し打ち合いを再開させる。

「ハァッ!」

「フンッ!」

 更に数十合、打ち合いを続けるも、やはり互いに決定打を与えることが出来ない。

 このままでは埒が明かないと判断したのか、男はそれまでより一歩前に踏み込み、両の剣を大きく振りかぶって斬りかかった。

(今だっ!)

「!?」

 だが相手が痺れを切らし、隙を見せる瞬間を窺っていた万智は、斬撃に合わせて力を込めて拳を打ち込んだ。

 最初と同じように大きな金属音が鳴り響くが、今回は一切の拮抗を許さず、男の剣が粉々に砕け散る。

「チッ!」

 男は距離を取り、急いで足元の水から剣を作り出そうとする。

「遅い!」

 だがそれよりも早く、距離を詰めた万智の拳が男の顎を撃ちぬいた。おおよそ人体を殴ったとは思えない、砲弾が直撃したかのような轟音が周囲に鳴り響く。

「セイッ!」

 だが、万智は追撃の手を緩めない。顎にクリーンヒットを食らい、弓なりに仰け反った男の腹に、容赦なく追撃の回し蹴りを叩き込こんだ。

「……っ!」

 仰け反った体勢だった男は一転、くの字に折れ曲がって吹き飛び、水切りのように水面を跳ねてビルに叩きつけられた。

 その衝撃でビルはあっという間に崩壊し、男は巻き起こった水飛沫と砂埃に飲まれて姿が見えなくなる。

(手応えあり)

 男を殴った時、万智は確かな手応えを感じた。常識の範囲内にいる相手であるならば、死んでいるだろう。

(だが、あの奇妙な感触……)

 だが万智は臨戦態勢のまま一切気を緩めない。

 あいつは確実に生きている、その確信があった。前回と同じ轍は踏まない。

(確実にまだ……ん?)

 追撃を加えようと万智が拳を握ろうとした時、腕に違和感を覚えた。

(成程、あいつに直接触ったからか……)

 確認すると、男を殴り飛ばした腕と、蹴り飛ばした足が氷漬けにされていた。

 万智は「フン」という気合いと共に腕と足に力を入れる。腕と足を覆っていた氷が散弾のように吹き飛んだ。

(直接触れれば即凍結。だがこの程度の氷ならば戦闘に支障は……!)

 突然、音もなく水飛沫と土煙の中から一本の槍が飛んできた。万智は驚異的な反応速度で、それをジャンプして回避する。

「むっ!」

 しかしその動きを先読みしたかのように、着地の瞬間を狙って更にもう一本の槍が襲いかかってきていた。

「ッ!」

 氷の槍が心臓を貫く寸前、万智は辛うじて左手で槍を掴み受け止める。

 だがその勢いまでは殺しきれず、万智は槍に押される形で後退させられた。

 更に体勢が崩れた所に追撃として、避け切れないように三本の槍が放たれている。

 そして退路を断つように先読み気味な軌道を描いて、二本の剣が回転しながらカーブを描いて左右から、更にその陰に隠れるようにダメ押しの四本の槍も放たれている。

「フッ……」

 万智は軽く息を吐き、呼吸を整えると、隙間を縫うように屈み先頭で飛来する三本の槍の内、二本を紙一重で避ける。

 そして避けきれない最後の一本を右手で掴み取ると、直ぐ様握り直す。

「セイッ!」

 そして続けざま左から飛来する剣を左の槍で弾き――。

「ハッ!」

 ――右から飛来する剣を右の槍で弾いた。

「ハァァァァ!」

 更に続けて飛来する四本の槍の内、先頭二本を両の手に持った二本の槍で叩き落とす。その衝撃に双方二組の槍が粉々に砕け散った。

 万智は構うことなく砕けた槍の柄を捨てて、冷静に後続の二本の内、先に届いた一本を掴み取った。

「フンッ!」

 そして飛来する最後の一本に投げ返した。

 投擲された槍は飛来していた槍と空中で正面衝突を起こし、粉々に砕け散って周囲に氷の破片を降り注がせる。

「フゥゥゥ……」

 攻撃を防ぎきった万智は、油断なく息を整え周囲を警戒する。

 あの一瞬の攻防の間に、崩れ落ちたビルから男の気配が消えていた。

(どこだ……)

 万智は目を皿にして周囲を見渡し、消えた男を探す。

(一体どこに……ッ!?)

 突然、上空から無数の刀剣が、弾丸のような速さで降り注いできた。

 万智はバックステップでその場から離れるも、今度は後ろから大量の槍が飛んでくる。

「ハッ!」

 万智は右手を突き出すと、力場を展開する。飛来する無数の槍は見えない壁に弾かれて周囲に突き刺さった。

 だが間髪入れず、今度は左から大量の矢が飛んでくる。

 万智は左手を突き出し、同じように力場を展開して矢を弾き返した。

「……ッ! これは!?」

 気がつくと万智の周囲は全て、穂先を自分に揃えて浮かぶ氷の刀剣で埋め尽くされていた。

 大気中の水分でも吸っているのか、氷の刀剣は留まることなく生産され続け、数千にも上る数となって中空に装填されていく。

「なんてデタラメな……ッ」

 その出鱈目な力に驚嘆する万智の事などお構いなしに、中空に装填された刀剣は堰を切ったように一斉に射出された。

 コンクリートすら容易く貫く威力の氷の刀剣が弾丸となって、万智目掛けて四方八方から雨霰と降り注ぐ。

「チッ!」

 全方位から飛来してくる無数の刀剣の雨を、万智は素早く移動しながら、神業めいた体術で避け、弾き、掴んで、砕き、投げ返して防御する。

「キリがないな」

 だが素材が水である以上、どれだけ砕こうが、この場において向こうに弾切れという概念は存在しない。射出された端から、間髪入れずに次の武器が生産されていく。

(この装填速度……)

 しかも射出される数より生産される数の方が多いという、消耗品として有るまじき生産スピードによって、今や武器の数は万に届こうとしていた。

 致命傷を負うような攻撃ではないが、物量が物量なだけに、これでは埒が明かない。

(埒が明かない……明かないが、それは向こうも承知のはず。どこかで必ず仕掛けてくるはずだ)

 そして一瞬のタメを置いて、一切の死角なく周囲を覆い尽くした万にも及ぶ刀剣の束が、万智へ向けて一斉射される。

 その様はまさに刀剣の暴風雨であり、巻き込まれれば切り刻まれて粉微塵になるだろう。

 流石の万智もここまでの数の斉射となると、普通には対応しきれない。

「すー……」

 万智は冷静に刀剣の渦を見据えながら、大きく息を吸い込む。

「――!!」

 そして空に向けて、大きく叫び声を上げた。

 尤も大きすぎて、それは最早声と言えるものではなかった。言うならばそれは叫びという名の圧縮された空気の壁、衝撃波だった。

 飛来していたはずの万の刀剣は、その桁違いの衝撃波の前に全て、一瞬にして粉々に粉砕された。

「フゥゥ……」

 万智は冷静に息を整える。

 だがその隙を伺っていたのか、万智の背後で水面が不気味に盛り上がっていく。

 一切の音も無く水面は静かに盛り上がり続け、万智の背丈を超えた所で水柱の中から現れた氷の刃が、胴薙ぎで万智に襲いかかった。

 迫り来る刃は完全に万智の背後を捉えている。このまま行けば、万智は確実に胴で真っ二つになるだろう。

「――フンッ!」

「!」

 だが、氷の刃は万智の胴を薙ぐこと無く砕け散った。

 水柱の中から現れた男の前には、片足立ちの状態で自分を「正面」から睨みつけている万智の姿があった。

「……驚いた」

 男が意外そうな声で呟く。

「大技の隙を狙って上で、更に背後からの不意打ち。完全に決まったと思ったんだがな」

 万智はあの一瞬の間に攻撃を察知し、素早く振り返ながら、背後に迫る刃を右肘と右膝で白刃取りにして叩き折ったのだ。

「膝上まで水に浸かっていながらそこまで軽快に動けるのか。自慢の槍は容易く掴み取られて、剣は抜け殻のように砕かれる。一体、その細身の体のどこにそれほどの力を宿しているのか。全く出鱈目な奴だ」

「水面に立てるビックリ人間に、出鱈目と言われる筋合いはないっ!」

 万智はそのまま、右膝を支点に、刃を持っている相手の左手に前蹴りを食らわせる。

「ちっ」

 男はとっさに折られた剣を放して、後ろに後退するもそれよりも速く万智が背後に回り込んだ。

「ゼイッ!」

 そして男の首筋に容赦なく手刀を叩きこむ。

「むっ……」

 人体を殴ったとは思えない爆音が周囲に鳴り響く。普通の人間ならば頸椎損傷どころか、首が吹き飛んでいるだろう。

「チッ……」

 だが直前で男の首筋は硬い氷に保護されて防がれた。更にその氷は這うようにして、触れた万智の腕をも浸食してくる。

(このまま氷漬けにするつもりかっ!)

 気づくやいなや、万智は即座に男の背中を力一杯蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばした足も氷漬けになるが、繋がっていた氷は砕け、男は再び水きりのように水面をはねてビルに突っ込み、再び生き埋めになる。

「フンッ!」

 万智は腕と足の氷を吹き飛ばす。

(さて次はどう来るか)

 万智が侮らず男が吹き飛んだ方向を凝視する。するとその方向にキラリと光が反射するのが見えた。また刀剣類を投擲してきたのだ。

「そう同じ手を何度も!」

 万智はそれを弾き返すべく、受けの構えを取った。

「――え?」

 だが突然、足元がグラつきその構えが崩れる。

「ぐぁっ!」

 結果、槍を弾き返すことは出来たが、衝撃を殺して踏ん張ることが出来ず、万智はボール紙のように吹き飛ばされた。

「な、なんで……っ」

 間髪入れず、追撃の槍が飛んでくる。

 万智はなんとか立って避けようとするも、凄まじい倦怠感と頭痛に襲われ、再び膝をついてしまう。

「なん……の……ぐっ……ゴハッ!」

 膝を立てなんとか槍を受けて砕くが、やはりその衝撃までを殺しきれず吹っ飛ばされる。

(剣も槍も氷漬けも……全部これを隠すためだったんだ……)

 吹き飛ばされる最中、万智は自分の体に起きている異変の正体を察しつつあった。

(もっと早く気がつくべきだった。目に見える水ばかりに囚われすぎていた。奴が操れる水は……)

「気づいたな」

 男は既に吹き飛ばした万智の前方にいた。そして今までのお返しとばかりに万智を蹴りで打ち返した。

 今度は万智は水を切って逆方向に吹き飛ばされ、壁にめり込む。

 今の一撃で更に身体が重くなったような気がする。

(めまい、倦怠感、頭痛、口唇の乾燥。そしてこれは喉の渇き……。間違いない、この症状は……)

 ゆっくりと壁に手を添えて立ちながら、万智はうわ言のように呟いた。

「……脱水症状」

「――ご名答。なかなかに聡明だな」

 男は感情を感じない声で称賛する。

 この男は水を自由自在に操る能力を持っている。

 人間の身体の六割が水で出来ている以上、その体液に干渉出来ない理由はどこにもない。

「お前が俺に触れるたびに、お前の身体から水分を奪っておいた。既にお前の身体からは体重の六パーセント程の水分が失われている」

 男は淡々と、だがどこか楽しそうに万智に種明かしをする。

 気がつくと一面に広がっていた水は凍りつき、氷の大地になっていた。水分補給をさせないつもりなのだ。あるいは有った筈の水が飲めなくなった事に絶望させる為の、男の悪趣味なのかもしれない。

「常人ならば体重のニパーセントも水分を失えば症状が出始める。六パーセントともなれば重症だ。なのにそこまで動けるとはな。まぁ……直に動けなくなるのに、変わりはない」

 そう言いながら男は双剣を構えて、ゆっくりと氷の大地を歩いてくる。

「ならば、そうなる前にお前を倒すだけだ」

 万智は足元の氷を砕くとそれを口に含んで噛み砕き、無理矢理水分を補充する。

 そして、フラフラになりながらも拳を構え、臆することなく男を迎撃する体勢をとった。

「この期に及んでその気迫、大したものだ。だが……」

 男はチラリと万智の背後を見る。

「後方注意だ」

「なに……」

 突然、身体の中を何か冷たいものが通り抜ける奇妙な感触が全身を走る。

「あ……?」

 見ると胸のあたりから二つの氷の刃が肺を貫くように突き出ていた。

 背中を確認すると二本の双剣が突き刺さっている。

「やはり自動で防御しているわけでは無いようだな。意識していない所は格段に弱い」

「こ……れ……さっ……き……弾いた剣……」

「ご名答だよ」

「っ!?」

 男は一気に距離を詰めると二本の剣を万智の両肩に振り降ろした。

 肺を刺され満足に呼吸が出来ない万智に、その斬撃が避けられる筈もなく、両肩から腰までを綺麗に切り裂かれる。返り血で一瞬だけ視界が赤く染まり、そしてすぐに真っ暗になった。

「がっ……あっ……」

 万智は消え入るような悲鳴を上げながら、その場に崩れ落ちる。


「……カイトを倒したのは本当にお前か?」

 薄い意識の奥で男の声が聞こえる。

 頬に冷たい感触がし、頭に圧迫感がする所をみると、どうやら自分は地面に崩れ落ち、頭を踏まれて抑えつけられているようだ。

「この程度の力しか持たない貴様が、カイトを倒せるとは思えない」

 顎に冷たい感触がし、何かに無理矢理顔を持ちあげられる。

「う……ぐ……」

 男の獲物が長刀に変化しており、それで顔を上げさせられていた。

「どういうことだ? お前は一体何をした?」

 薄れゆく意識の中でも万智はなんとか反撃をしようと腕を動かすが、即座に腕を踏みつけられ、四肢を貫かれて氷の大地に磔にされる。もはや悲鳴を上げることすら出来ない。

「両肺を貫かれては、答えようもないか。まあいい……。放っておいてもどうせすぐに死ぬだろうが――」

 男は剣を高く振り上げる。

「安心しろ、俺は女を嬲る趣味はない。これ以上苦しまぬよう、今終わらせてやる。まぁ遺体は回収させてもらうがな」

 万智の首に向けて、高く掲げた刃を振り下ろした。



「――こうしたんだよ」

「!?」

 バキンという音と共に首に当たった剣が粉々に砕け散り、謎の衝撃が男を吹き飛ばした。

「なっ!?」

 前を見ると完全に封じ込めたと思った相手が、氷の拘束をいとも簡単に引きちぎり立ちあがっている。

「脱水症状にした上で、肺を貫き呼吸不全にさせ、手足を貫いて磔にする。それでいて自分に女を嬲る趣味はないだと? くっくっく……」

「……なんだ貴様は?」

「お前の敵だよ」

 背中に刺さった剣を抜きながら、目の前の「青年」が不敵な笑みを浮かべた。

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