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短編集

誘う嘘つき桜の木

作者: 海野もずく

 


 桜の木の下には、死体が埋まっているんです。それも、猫や犬ではありません。人間の死体です。


 それはね、遠い昔に、お城に住んでいたお姫様の死体です。お姫様は、ある一人の家来である男の人を好きになってしまったの。お姫様は、その人と結婚したいとまで思っていたんだけど、でも、周りの人がそれを許しませんでした。

 身分の違い、というわけです。お姫様は、それ相応の……そうね、隣の国のお殿様と結婚しなくちゃいけないって言われてしまったの。それで、そのお姫様は生きる希望をなくしてしまい、なんと自殺してしまうのです。

 お城の人たちはとっても悲しんで、お姫様をお庭に埋めました。すると、お姫様を埋めた場所から、にょきにょきと、大きな木が生えてきました。そしてその大きな木は、枝の先に桃色の、かわいらしい花を咲かせたの。


 そう、それが、桜。

 

 ね、そう思うと、桜って綺麗じゃありません? 薄い桃色は、きっと、お姫様の血の色よ。木が、お姫様の血を吸って、枝の先に小さな花を咲かせたの。美しくて、でも儚い、春の陽に溶けてしまいそうな淡い色。


 


 なーんてね。嘘です嘘、冗談。桜の木の下に死体が埋まっているわけありませんよ。ただの迷信です。


 本当はね、違うものが埋まっているの。そう、死体なんかじゃなくってね。何だと思う。ねぇ、何だと思う?


 実はね、桜の木の下には、お金が埋まっているの。いや、お金だけじゃないわ。宝石とか、珍しい壷とか、そういう高価なものがいっぱい埋まっているんです。

 お宝っていうのはね、欲望の対象でもあるんです。喉から手が出るほど欲しい、人々の目を惹き付けて止まないもの。桜は、人々を虜にしてしまうそんな『魅力』を、吸い取って咲いているんです。ほら、綺麗でしょう。あの美しい花びらを、その手に収めてみたくありませんか?


 


 なーんてね。嘘です嘘、冗談。桜の木の下にお宝が埋まっているわけありませんよ。 


 そう、死体もお宝も、埋まってなんかいません。じゃあ、何が埋まっていると思いますか。え? やだな、もう嘘なんてつきませんよ。


 本当は、桜の木の下には星の欠片が埋まっているんです。……あ、信じていないでしょう、そんな目をして。でも、今度こそ本当です。

 星の欠片って、何だと思います? 実は、地球に落ちてきた流れ星のことなんです。地面に落ちた流れ星が、そのまま地面に吸い込まれて、そこから桜の木が生えてくるんです。ステキでしょう?

 きっと、夜空で輝いていた星が、流れ星になって消える瞬間、『もう一度輝きたい』って、強く願うんです。だから流れ星は、この星で姿を変えて、桜の花として永遠に輝くんです。願い事をする流れ星なんて、愛おしくないですか。

 本当に、綺麗な花ですね。もしも夜空の星が全部桜になったなら、きっと泣いちゃうくらい綺麗な世界になるんでしょうね。




 

 なーんてね。嘘です嘘、冗談。桜の木の下に星の欠片が埋まっているわけありませんよ。


 うふふ、また騙されましたね。こんなロマンティックな話を聞いてくれるなんて、あなたって本当にいい人。

 ええ、そうです。桜の木の下には何もありません。死体も、お宝も、星の欠片も。

 でも、だったらどうして、桜の木はあんなに綺麗な花を咲かせることができるんでしょう。不思議ではありませんか? 彼らは一体、何を養分にしているんでしょうね。

 え? 土の中の成分? あはは、やだなぁ。そんなわけないじゃない。そんなどこにでもあるものじゃないですよ。もっと貴重で、美しくて、そして危うげなものです。……分かりませんか? さっきの話に、ヒントがあったんですけど。

 じゃあ、答えを言いますね。桜の花は、一体何を養分にしているのか、その答えは……。



 あなたの血ですよ。



 うふふ、びっくりしてますね。でも本当なんです。桜の木は、あなたの血を養分にして、花を咲かせているんです。

 桜の花は薄い桃色です。あれは、あなたの血の色ですよ。お姫様の血なんかじゃありません。ほら、分かりますか? あの木のてっぺんから、アナタに向かって白い糸が伸びています。それは、そう、ストローのようなものです。先端をあなたの頭に刺して、そこから純粋で綺麗な血だけを吸い取っているんです。


 無駄ですよ、そんなふうに頭を撫でても。人間はその糸に触れることは出来ません。あなたはすでに、桜の花の養分になるという運命から逃れられないのです。




 なーんてね。嘘です嘘、冗談。桜の木があなたの血を吸い取っているわけありませんよ。だって、桜の花は薄い桃色なんですから。


 え、どういうことかって? ですから、あなたの血の色と、桜の花の色は全然ちが……。


 ……ああ、そうでした。あなたは知らなかったんですね。何を、ですって。うふふ、教えて差し上げてもいいですけど、驚いて気絶なんかしないでくださいね。


 あなたの血は、緑色をしているんですよ。


 残念。今度こそは本当に本当。あなたの血の色は赤色ではありません。雨蛙と一緒、艶やかな緑色をしているのです。


 あ、信じていませんね。だったら、確かめてみましょうか。


 まず、右の手のひらを上に向けてください。そうです、そうです。そうしたら、このカッターを左手で持って、刃を右手首にあてがってください。そう、いい感じです。今度は、その刃を深く、深く刺してみましょう。痛いですか、でも、我慢してください。……刺せましたか。では、最後に、思い切り内側へ引いてみましょう。手首に横向きの、大きな傷を拵えるように。


 ほら、あなたの綺麗な血が、勢いよく噴き出してきました。




 なーんてね。嘘です嘘、冗談。あなたの血が緑色のわけがありませんよ。ご覧の通り、鮮やかな赤色です。あ、そんなに慌てないでください。もう手遅れですから。


 あら、どうしました、そんな顔をして。眠くなってしまったんですか?


 仕方がないですね。少し横になったらいかがです。そうそう、頭をこちらに向けて。ゆっくり、目を閉じるのです。


 それでは、おやすみなさい。


 夢の中で、またあなたに会えますように。

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