EP17:的中
寒太から電話があってから四十分後、寒太が見張りに使っていた建物にメンバーが集まった。太地と千草は集まるには距離があるため、集合は掛けていない。
スマホの時計を見ると、午後四時を示している。日が照り付けたまま一向に暗くなる様子がなく、時間感覚が狂いそうだ。
「……この建物か……確かに、爆破するにはちょうどよさそうだな」
真玄はベランダに立ち、ビルをじっと見つめる。周囲の店と比べてひときわ目立つ、オフィスに使われていたと思われるビルだ。外から見える窓から階数を推定すると、どうやら六階建てのようだ。
「それで、犯人は?」
「ビルから出た後、向こう側に行ってしまった」
寒太はそう言うと、住宅街を指さす。非リア充が引きこもっている家やアパートも多くあるとみられ、特定はほぼ不可能だろう。
「そこから出てくる人間を特定出来ればなぁ……」
「ははは、白崎君、ここら辺何軒家があると思ってるの? 明らかに人が足りないし、監視カメラだってそんなに買えないでしょ」
クオンが馬鹿にしたように笑う。真玄は「分かってるよ」と言いながら、顔をしかめた。
「もしも爆弾魔がここに爆弾を仕掛けたなら、そのうち爆発するだろう」
「爆弾があるか、調べてみる?」
真玄が提案するが、寒太は首を振る。
「本当に仕掛けられているなら、いつ爆発するか分からないだろう。そんな危険を冒してまで、調べる必要はない。誰もいないビルだしな」
ビルの周りにも、人がいる建物は無いのだという。爆破されて倒れても、人的な被害は無いだろう。
「寒太、どうする? 全員で、見張り、続ける?」
ベランダの手すりの隙間からビルを見ながら、沙羅は寒太に尋ねる。それを聞いて、寒太は「そうだな」と腕を組んで呟く。
「ひとまず、日が暮れるまでは全員で様子を見よう。今日爆発しないようであれば、明日、人を決めて監視した方がいいだろう。全員で見ていてもあまり意味が無さそうだしな」
せっかく集まったことだし、と付け加えると、寒太は双眼鏡を持ってベランダに出る。物音一つしないビル周辺、時々涼しげな風が吹くことで、身体に帯びた熱が思い出される。太陽は徐々に傾きはじめ、真っ青だった空はだんだん赤く色づいていく。
しばらく交代で監視していたが、何も起こる様子はない。まるで、嵐の前の静けさだ。
「……何も起きないわね。何かトラブルでも?」
珠子はそうつぶやきながら、双眼鏡を沙羅に渡す。怪しい人影がビルから出てもう二時間が経とうとしているが、まったく動きがない。
「分からない。道路を観察していても、犯人が戻ってくる様子もない。もしかしたら、今日ではないのか、あるいは……」
沙羅が言いかけた時、突然ドン、という爆発音が鳴り響いた。振り返ると、先ほどまであったビルが崩れ始めている。
「始まった。やっぱり、爆弾、あったみたい」
「沙羅、珠子さん、大丈夫?」
爆発音を聞いて真玄たちも慌ててベランダに出る。続けて、数回爆発音が鳴り響いた。前回とは異なり、建物が倒壊する様子がありありと目に映った。黒い煙がもくもくと上がり、目の前にあったビルはあっという間に消え去った。
「ふむ、クオンの予想は的中したようだな。やはり犯人は、爆発する対象を病院に近づけている」
「確信が持てる、とまではいかないけど、そう考えていいと思うよ。となると、次の対象は大体見当つくよね」
寒太とクオンは、爆発した建物よりも病院に近い、さらに大きなビルを見つめた。沙羅とクオンが見張っていた場所よりも遠くの建物だ。
下を見ると、既に消防車が何台か駆けつけていた。アマミヤたちが手配したのか、あるいは爆発に感知して自動でやってくる仕組みになっているのか。いずれにしても、死体の処理と同様手際の良さはさすがだ。
「じゃあ、今度はあの建物を見張って……」
「その必要はないんじゃないかな。次に爆破される建物が検討付くなら、そろそろ犯人がいる場所も検討つくんじゃない?」
「え?」
「それに、犯人にもそんなに時間が残っているわけではないだろうしね」
クオンはにやけた顔で真玄に言うが、真玄はそれがどういうことかよくわかっていない。
「……ひとまず、僕らの予想は的中したわけだし、今はそれが大きな収穫ととらえていいだろう。ひとまず一旦全員で集まり、今後のことについて話し合おう。場所は……兄のアパートの部屋でいいかな」
寒太がそう言うと、見張っていた部屋から全員出ていった。
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真玄たちは念のため、爆破されたビルの周辺の様子を探ってみることにした。しかし、瓦礫で行き道がふさがっており、あまり近づくことはできなかった。
「いやあ、近くでみると凄いね。面影なんてほとんど残ってないんじゃない?」
クオンは壊れた人形でも見るかのように、大量の瓦礫を見つめる。既に消防車の姿はなく、煙も幾分か収まってきたようだ。
「これだけの規模の爆発を起こせる爆弾、だけど、爆発の回数と設置の時間を考えると、そんなに多くは仕掛けてない。やっぱり、的確な設置場所でないと、こうはならない。プロの犯行」
「まあ、今更だけどね。どうせしばらく入れそうにないし、もう暗くなるから、さっさと戻ろうか」
完全に日が落ちているわけではないが、外灯がぽつぽつと灯り始めている。クオンの言う通り、崩れた跡を調べるのは難しそうだ。
まだ残る煙を後に、真玄たちは寒太の兄の部屋に向かった。
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「白崎君、犯人が病院を狙っているって、本当?」
寒太の兄の部屋に向かう途中、珠子が不安そうに真玄に尋ねる。
「予想では、ですけど、それがどうかしましたか?」
「この世界はそうではないかもしれないけれど、病院には沢山の身体の病人や怪我人がいるから……もし現実の世界でそんなことをする人がいたら……」
「……多分、逃げ遅れる人がたくさん出ますね」
「だから……」
珠子は足を止め、右手を震わせる。真玄も、珠子に合わせて立ち止まった。
「私、そういうことをする人が許せないの。何もできない人を狙うなんて。それに、あの病院は知宏さんが働いている場所だから……」
「……あの病院には誰もいなかったようですけど、その気持ちは分かります。だから、早く犯人を捕まえたい」
「そうね。あの病院が爆破される前に……」
真玄は「さ、行きましょう」と珠子の手を引く。その手の震えは、まだ収まりそうになかった。




