EP16:膝枕
監視を始めて五日目。未だに人影すら見当たらない。三日目くらいまではやる気に満ちていた知美も、少々疲れが見えている。
双眼鏡を覗きながら、知美は時々コクリと頭が下がる。お昼前には、双眼鏡を落とす場面も見られた。
「知美、あんまり寝てないんじゃないのか? 疲れてるなら、無理する必要はないぞ?」
真玄が中から声を掛けるが、それに気が付くと知美は慌てて首を振る。
「だ、大丈夫ですよ。真玄先輩の方こそ、大丈夫ですか? 私が見ている時は、ゆっくり休んでくださいね」
なんとか気丈にふるまおうとしているようだが、あまり元気がない。目にクマが見える気がするが、気のせいだろうか。
「……知美、もしかして、ちゃんと眠れてないんじゃないのか?」
真玄に言われ、知美は体をぴくつかせる。図星のようだ。
「べ、別に眠れてないわけではないですよ? ちょっと夜更かししすぎただけです」
「眠くなったら、いつでも言っていいからね。俺はぐっすり眠れてるから」
「だ、大丈夫です! 私、頑張れますから!」
そう言うと、知美は張り切って外の監視を続ける。しかし、しばらくすると、やはりコクリコクリと頭が動いているのが分かった。
「……案内人なのに能力が使えないことを気にしているのだろうか……?」
まだ確定していないが、もし案内人であれば、アマミヤの能力が使える可能性がある。逆に、能力が使えないから案内人ではない、と安心させることはできないだろうか。
真玄が「代わるよ」と言って双眼鏡を取り上げようとしても、知美は「大丈夫です!」と言って聞かない。頑張ってくれるのはうれしいのだが、体調をくずされても困る。真玄は部屋からベランダの様子を見ながら、知美のことが心配になっていた。
当初は朝七時から夕方六時まで監視を行っていたが、全員の負担と今までの爆発の傾向を考え、昼食後からの監視に切り替えた。しかし、なかなか成果が上がらない監視というのも辛いものだ。
「……知美、そろそろ交代の時間だ」
「私は大丈夫です! 真玄先輩は休んでいてください!」
「いやいや、さすがに交代時間は守らないと、体が持たないよ」
「大丈夫ですよ! 私、体力には自信がありますから!」
「いやいや、そう言う問題じゃなくて……」
真玄が知美から双眼鏡を取り上げようとした時、部屋に置いてあった真玄のスマホから着信音が聞こえた。音量は小さくしているが、それでも外に少し漏れている。
慌ててスマホを手に取ると、寒太からのようだ。
「もしもし、白崎か? 珠子さんが、怪しい人影が建物に入っていったと言っている。珠子さんはまだ監視中だが、どうやらこの建物が次のターゲットのようだな」
「分かった、今すぐそっちに……」
「いや、今集まると恐らく相手に怪しまれる。そうだな……奴が爆弾を設置し終わるであろう三十分後に、僕たちがいるところに集まってくれ」
真玄は「わかった」と言って電話を切ると、すぐに知美の元に駆け寄った。
「知美、爆弾魔らしい人物が見つかったらしい。三十分後、寒太のいるところに集合だ」
「私ならまだ大丈……え、見つかったんですか?」
「うん、監視は終わり。一旦集まって、今後のことを考えよう」
真玄がそう言うと、知美は崩れるようにその場に倒れた。
「そ、そうですか……見つかったんですね……」
「……知美、やっぱり疲れてるんじゃないか。集合まで少し時間があるから、ちゃんと休んでおかないと」
真玄は知美の手をとり、引っ張り上げる。知美はよろよろしながらなんとか部屋の中に入ると、畳の上に倒れ込んだ。
「うぅ……そうですよぉ、真玄先輩の言う通りですよぉ。最近ずっと眠れてなかったんですよぉ。でも、頑張らないといけないと思ったんですよぉ」
「分かった分かった、今はゆっくり休みなさい」
「真玄先輩、添い寝! 添い寝してください! 私、眠れません!」
「わがまま言うなよもう……」
「じゃあ膝枕! 真玄先輩の膝、柔らかそうだし!」
「そうでもないぞ? まったく……」
仕方なく、真玄は知美のそばに正座する。すると、知美はすぐに真玄の膝に頭を置いた。
「えへへ……」
今までの疲れが飛んだかのように、知美は笑顔を見せた。しかし、すぐに暗い表情になる。
「……リア充になると爆発する……私も、そうなのでしょうか?」
「分からないけど、ここにいる人間なら、多分例外はないよ」
「そうですよね。でも」
知美は顔を上げて真玄と顔を合わせた。
「もしそうだとしても、一番幸せな時に死ねるなら、それもいいかなって、思ったりするんです」
「爆発まで時間がかかるから、その間は苦しいと思うぞ」
「うぅ……そうですか……」
知美は残念そうに俯き、またすぐに真玄の膝の上に頭を乗せる。
「……幸せになったら死ぬって、やっぱり嫌な世界ですよね。安易に膝枕もできない……」
「そうだよ。だから、早く脱出したいんだ」
知美の言葉の真意に気が付いていないのか、真玄はそっけなく返す。
「……真玄先輩、こういう世界だから、絶対わざと言ってますよね?」
「え、何が?」
「何でもありません!」
知美はふてくされたように「おやすみなさい!」と言って目をつぶる。真玄は何故知美が不機嫌なのか分からないまま、終始首をかしげていた。




