EP11:魅力
雲が出始めたからか、なんとなく影が濃くなってきた気がする。鮮やかだった周囲の景色が、少しだけ暗く見えた。
元々表情の変化を見せない沙羅が、より真剣な顔つきで真玄を見つめる。
「真玄は、どうしてこの世界から、脱出したいと思ってる?」
「そりゃ、人が爆発する世界なんて、危ないしずっとなんかいられないからだよ」
「でも、ここは好きなことができて好きなものが食べられて、何でもできる世界。何もしなくても、お金も入る。普通の人からすると、天国みたいなところ。それに、実験が終われば返してくれる。それなのに、慌てる必要、あるの?」
「それは……」
何度も尋ねられたことだが、適切な答えは見つかっていない。真玄は今でも、自分がやっていることに自信が持てていなかった。
「……でも、他のみんなは、真玄のやること、同意してくれてる。みんなで、この世界から脱出しようって、考えてる。何故だと思う?」
「それは、みんなもこんな世界にいたいと思わないからで……」
「それは、多分違う。じっとしていた方が、楽。協力する意味、あまりない。放っておけば、戻れるから。それでも、真玄には、協力してくれる。どういう意味か、わかる?」
「……」
深く考えたことなど無かった。真玄はただ、それが当たり前だと思っていたからだ。沙羅にそんなことを聞かれ、改めて考えてみる。しかし、すぐに答えが見つかるはずがない。
「正直に言うと、真玄、はたから見れば、普通の人。寒太みたいに賢いわけではないし、太地みたいに何かにめちゃくちゃ詳しいわけでもない。麻衣のように明るくて積極的というわけでもなければ、私のように落ち着いているわけでもない。知美みたいに強いわけでもなければ、千草みたいに大人でもない。さらに言うなら、珠子みたいに強い意思があるわけでもないし、クオンみたいに明確な野望や目的があるわけでもない。普通の人、とても魅力がある人に見えない。多分、だからモテない」
「あ、いや、あのそれは……」
思い切り沙羅にダメ出しされ、真玄は落ち込んでしまう。しかし、沙羅は「でも」と続ける。
「私、話し掛けられたとき、うれしかった。今まで、あんなに積極的に話し掛けてくれる人、いなかったから。それに、ただ話しかけるだけじゃなくて、心を開かせようとしてくれた。何か、特別なものを持っているわけじゃない。でも、いつも必死だった。だから、私、真玄についていこうと思った」
沙羅の話を、真玄は黙って聞く。思わず涙が出そうなのをこらえ、沙羅の言葉一つ一つ、胸に刻んだ。
沙羅はブランコから立ち上がり、少し雲がかかった空を見上げる。
「真玄は、みんなの足りないところを、少しずつ補ってくれる。寒太が動かない分動いてくれる。太地に無い常識をカバーしてくれる。麻衣が軽い気持ちでいる分引き締めてくれる。知美の心の弱さをフォローしてくれる。大人の千草に対して子供のような意見を思いっきり言える。一方向しか見ていない珠子に別の道を示そうとしてる。クオンのやり方に不満を持っても協力しようとしている。そして、自信の無い私に勇気をくれる。誰もが完璧じゃない。だから、足りないところ、少しずつ補う。これが、協力」
片時も曇り空から目を離さなかった沙羅は、真玄の方に体を向ける。いつもあまり表情を変えない沙羅の顔が、さらに引き締まって見えた。
「協力するの、当たり前じゃない。知らない人との協力、難しい。信頼できないと、協力できない。みんな、真玄のこと、信頼してる。だから、協力してくれる。真玄、そのこと、よく考えて」
「……うん」
沙羅が話すたびに、真玄は涙が止まらなくなっていた。何度拭いても、溢れ出してくる。
「……真玄が泣いているの、珍しい。なでなでしていい?」
真玄が頷く前に、沙羅は真玄の頭をなでる。真玄はその手の感触に、座ったまま身をゆだねた。
誰もが自分と同じ考えではない。
自分についてきてくれるのは当たり前ではない。
今まで協力してくれた人のこと、助けてくれた人のこと、沙羅に撫でられるたびに、いろんな思いが真玄の涙となって溢れ出してくる。
「心配しなくていい。みんな、真玄の気持ち、分かってる。今度は、真玄が分かる番」
そう言って沙羅は撫でるのをやめ、公園の入口を眺める。それに気が付き、真玄は立ち上がった。
「……最初は、静かな街。静かな場所。いくらでも、本が読める。だから、ここにずっといるの、悪くないと、思った。でも……」
沙羅は一度空を見上げ、すぐさま真玄の方へと向く。表情はいつもと変わらないながらも、どこか力強さを感じた。
「こんなにうるさくて危ない世界、もうたくさん。この世界から、抜けたい。真玄、早く脱出して、静かな場所、行こう」
いつもより力強い沙羅の声が、真玄に響く。涙を拭いて沙羅と視線を合わせ、「うん、そうしよう」と沙羅に負けないように声をあげた。
「そのためには、爆弾魔、邪魔。なんとか見つけないと」
「でも、見つけるには建物が爆発するのを待つしか……」
真玄がそう言いかけた時、遠くからドン、と大きな爆発音がした。前のものよりも、さらに大きい。前の場所よりも近いようだ。
「……! もしかして……」
「真玄、先に行って。私、寒太達、呼んでから行く。でも、無理はダメ。何かあったら、すぐ連絡を」
「わかった」
真玄は走って公園の入口へ向かう。自転車に乗り、すぐさま爆発音がした方向へ向かった。
わずかながらガラガラという音も聞こえた。建物が崩れるような音だ。
「今度は本当に……」
嫌な予感がする。真玄は汗が飛び散るのも構わず、必死に自転車をこいだ。




