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EP1:アルバイト

 時刻は十三時半、真玄は、いつも通りバイト先のコンビニへと向かった。

 バイト先は家からそんなに遠くないが、いつも自転車で通っている。今日も、いつも通り駐輪場から自転車を出し、人のいない道を走り出した。

 日影が多い住宅街ならまだ吹き抜ける風で幾分マシだが、大通りに出ると焼けたアスファルトが容赦なく熱を放ち、うっとうしい熱気に包まれる。

 バイト先のコンビニに到着すると、いつも通り自転車を近くに停め、裏口から入る。当然のことながら、事務所の中には誰もいない。

 ひとまず制服に着替えてタイムカードを押すと、カウンターへと向かった。

 店内にもやはり誰もいない。ただ、かすかに有線放送が聞こえてくる。


「はぁ、本当に誰もいないなんて」


 そう言いながら、真玄は店内の清掃から始めた。一人の時間帯に入ったこともあるので、一通りの仕事の手順は把握している。

 それが終わると、商品の補充。在庫はしっかり仕入れられていたため、問題なく行うことができた。

 ついでに消費期限の確認も行ったが、特に問題はなかった。


「それにしても、誰もいないのにどうやって売ってるんだ?」


 ふと気になって、真玄は店内を見回した。

 店の出口には、たまにゲームショップやおもちゃ屋で見かける、管理タグに反応する防犯ゲートのようなものが設置されている。さらに、カウンターの隣には「セルフレジ」が設置してあり、自分でバーコードを読み取って清算できるようになっている。もちろん、清算方法は事前に渡された、プリペイドカードだ。

 つまり、セルフレジに通さなかった商品が防犯ゲートに引っかかる、という仕組みだ。よく見ると、セルフレジの使い方も丁寧に書いてある。

 しかし、こんな方法で果たして万引きが防げるのだろうか。第一、防犯ゲートが反応したところで、どうやって万引き犯を捕まえるのだろうか。誰もいないので当然、捕まえるための店員は誰もいない。

 商品補充を終えると、客がいないので念のため現金チェックを行おうとレジの鍵を開けた。当然のことながら、レジの中は空っぽだ。

 代わりに、カードを読み込むスロットが追加されていた。スロットの下には「プリペイド」と書かれている。どうやらこのレジは形だけで、対人レジとセルフレジの両方が使えるということらしい。

 そういえば、普段カウンターの後ろに置いてある商品が、ガラス戸で覆われており、鍵がかけられている。セルフレジを見ると、自動販売機のようにボタンを押して選択する形になっている。

 もう一つ、ホットショーケースが消えていた。おそらく、無人販売では対応が難しいと判断されたためだろう。


「なんだか、いろいろなところが変わっているな」


 そう思いながら、客が来ないので、真玄は事務室でパソコンを覗くことにした。


 事務室のパソコンは本部とネットワークはつながっている。ただ、私的なインターネットの利用はできない。ひとまずパソコンがある事務机に座ろうとすると、近くにマニュアルのようなものが置いてあった。

 気になってパラパラとめくると、「有人時の仕事内容」が書かれていた。実際はほとんど自動でやってくれるため、ほとんどやることがないようだ。


「ふう、やっぱり俺、いらないじゃないか」


 そう思いながら監視カメラのモニターを覗いていると、ピンポン、という入店音とともに客が入ってくるのが見えた。

 真玄はいつもの癖で、慌ててカウンターへと向かった。

 客は黒髪のショートヘアをした、小柄な女性だった。白一色のワンピースにピンクのショルダーバッグが、清涼感を漂わせる。

 真玄は「いらっしゃいませ」と声をかけると、その女性は真玄がいるカウンターを振り向いて驚いていた。


「え、あ、あの、コンビニには店員さんがいるんですね」


 女性は慌てた様子で、真玄に向かって言った。


「はい、一応、アルバイトには出た方がいいかなと思いまして」


 店員としての対応を心掛けたつもりが、緊張のためか、妙な日本語になってしまう。

 ふと、真玄は重要なことに気が付いた。


「もしかして、あなたも非リア充としてこの世界へ?」


「ひりあじゅう?」


 女性は顎に人差し指を当て、「うーん」と目を上に向けた。


「よくわかりませんが、今日の朝起きたら誰もいなくて、いろんなところを歩きまわっていたんです。しばらくして暑くなったから、ひとまずここに逃げ込んだんです」


 そういうと、女性はショルダーバッグからハンカチを取り出して額の汗をぬぐい、すぐにしまった。


「あ、紹介が遅れました。私は風野知美(かぜのともみ)と言います。今は夏休みですが、実谷根(みやね)大学の一年生です」


「え、じゃあ俺の後輩じゃん」


 真玄は話している女性、知美が同じ大学に通っている学生とあって、思わず接客口調を忘れていた。


「そうなんですか?」


「俺は白崎真玄。実谷根大学の二年生。海洋学部だけど、見たことないから違う部なのかな」


「はい、私は教育学部ですから」


「そっか。ちょっと離れているもんね」


 それから真玄と知美は、同じ大学同士ですっかり話が盛り上がてしまい、しばらく話し込んでしまった。

 大学内の施設や学食の話。一般教養では同じ講義を取ることもできるため、単位が取りやすい講義のアドバイスもした。

 しかし、知美はこの「試験世界」のことは、やはり何も知らないようである。

 

「それで、風野さんは……」


「知美、でいいですよ。白崎先輩」


「えっと、知美は、この世界のことは何も?」


「……やっぱり、私たちが住んでいた世界とは違うのですね」


「うん、この世界では、リア充になると、爆発してしまうらしいんだ。だから、リア充にならないように注意して生活しないと」


「その、りあじゅう、というのはどういう人なのでしょうか?」


「え、えっと……」


 気が付けば、店内の音楽が知らない音楽に変わっている。知美に改めて尋ねられると、真玄はすぐには答えが出なかった。


「何て言うか、リアルが充実……つまり、やりたいことができて幸せ、ってことかな」


「なら、私はりあじゅう、なのでしょうか。別に困ったことはないですし、やりたいことはできてますから」


 知美はそういうものの、その姿はどことなく寂しく見える。


「……俺にはそうは見えないんだけど」


「気のせいですよ、きっと」


 そう言って知美は弁当のコーナーに行くと、弁当を一つ持ってレジに向かった。

 それを見て、真玄は慌ててレジに戻る。


「あたためますか?」


「お願いします」


 いつもの接客口調に戻った真玄は、知美から商品の弁当を受け取ると、レジを通してレンジに入れた。


「四百八十円です」


 真玄がレジを打つと、知美は自分のプリペイドカードを差し出した。全てプリペイドカードなのだから特に金額を言う必要もなかったのかもしれないが、ついいつもの癖が出てしまった。

 プリペイドカードを挿入して清算を終えると、レンジからピー、と温め終了の音が鳴り響く。真玄は弁当を取り出すと、適当な袋に箸一膳とともに入れた。

 その袋を知美に手渡そうとしたとき、袋を握る真玄の手に、知美の手が触れた。その瞬間、知美は熱いものを触ったかのように、手を引っ込めてしまった。


「……? どうしたの?」


「あ、ごめんなさい。私、男性に触れるのがちょっと苦手で……」


 知美は、改めて真玄が握っていないところをつかむと、そそくさと店の入口まで早足で向かった。

 扉の前でぴたりと止まると、知美は俯いたまま振り返らずにつぶやいた。


「……また、お話し聞かせてください」


 店内にピンポン、という音が聞こえると、知美は店の中から消えた。



 真玄はそれから、レジ周りの整理をちょくちょくしては、ぼうっと立っていたが、客は来なかった。

 思い浮かぶのは、知美の寂しそうな顔。


「あの顔、何かあったのかな」


 何とか仕事をこなすが、思いのほかはかどらない。やがて退勤時間が来たので、タイムカードを押して着替えることにした。


 店を出て自転車に乗った瞬間、真玄は「あっ」と声を出した。


「連絡先聞くの、忘れた……」

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