EP9:音と煙と
花火工場に行った日から既に二日が過ぎた。時々周囲を自転車で探し回ってみるが、爆弾魔らしい人物は見つからない。
いつも通りバイトに行ったり、ネットサーフィンをしたりと、真玄はこちらの世界に来る前と大して変わらない生活を過ごす。変わったことといえば、時々フレンドシーカーを確認して、何か動きが無いか調べるくらいか。
今日もパソコンを開き、フレンドシーカーで情報を集める。しかし、新しい情報は手に入れられなかった。
「……全然動きが無いな。太地に聞いても、特に何もないらしいし」
最近では爆弾の作り方もネットで調べることができるため、材料があればだれでも簡単な爆弾くらいは作れるようだ。
建物を爆破できるほどの爆弾が作れるかどうかについては、その分野に詳しいかどうかによるだろう。しかし、それにしても物騒な世の中になったものだ。中高生でもそういうものを作る人がいると聞く。少年犯罪も増えてきたというし、現実世界も安全とはいえない。
「そう考えると、この世界に居続けた方が安全なのかな」
犯罪者予備軍がいなければ犯罪もそう巻き込まれるものではない。ほとんど全員が引きこもって、好きなことをしている。非リア充にとっては天国だ。
何度も考えたこと。しかし、納得ができない何かがある。寒太や太地が「あわてなくてもよい」というのは、この世界が彼らに馴染んできたからではないだろうか。
「……いや、この世界は間違いなく何かおかしい。人を実験に使うなんて……」
アマミヤたち案内人は言う。「実験が終われば、すぐに元の世界に返してあげる」と。
実験の終わりとはどんな状態なのだろう。いつ終わるのだろう。もう既に一ヶ月はこの世界にいる。永遠に終わらないのではないか、そんな考えも頭をよぎった。
「考えていてもしょうがない。とにかく今はできることを……」
そうつぶやいて、真玄は今日も自転車で街中を見回ることにした。
幾分暑さは和らいだものの、日差しの強さは変わらない気がする。吹き抜ける風も、この世界に来た時よりはかなり心地よくなった。ただ、やはり動くほどに汗がにじみ出る、この感覚だけはあまり変わらない。
今日も街は静かだ。風の音と自転車のペダルをこぐ音くらいしか聞こえない。数日前とは打って変わって気持ち良い青空が広がる下で、真玄はひたすら自転車をこぎ続けた。
時々ある長い上り坂では、上り切った時に息が切れる。そのあとの下り坂は気持ち良く走り抜けるのだが、途中がカーブで正面が田んぼになっており、ブレーキを掛けながら進まなければ突っ込んでしまう。
平坦な道から、そういった坂のある道までバラエティに富んだ道を進みながら、真玄は近くの建物に注意を向ける。特に住宅街は、隠れられそうな場所が多い。
「……今日も何もなさそうだな。やっぱり家で大人しく待っていたほうが……」
住宅街の周辺も公園も、商店街の店にも、特に変化はない。今日はこの辺にしておこうか。そう思い、真玄はアパートに戻ろうとした。その時だ。
遠くから、ドン、という音が聞こえた。間違いなく、何かが爆発する音だ。
「……! まさか!」
真玄はどこか遠くを見渡せる場所はないか探した。自転車をこぎながら、ふと坂道の頂上からなら遠くが見えるのではないかと考えた。
急いで坂まで向かう。来た時よりも上り坂は緩やかだが、距離が長い。汗を飛び散らせて、真玄は必死にペダルをこぐ。
ようやく坂の頂上にたどり着くと、来た道に振り向いて遠くを眺めた。すると、花火工場があった場所より少し離れたところから黒い煙が上がっているのが見えた。
「あそこか!」
真玄は急いで現場に向かおうとする。しかし、ふと寒太の言葉が頭をよぎった。
――一人でなんでもしようとするな――
「そうだ、まずは寒太達に連絡を……」
真玄はスマホを取り出し、寒太に電話をする。寒太も爆発音を聞いていたらしく、すぐにその場所に向かおうとしていたところだという。
寒太には太地たちへの連絡を任せ、真玄は煙の上がっている場所に向かった。自然とペダルをこぐ足に力が入り、どんどんスピードが上がっていく。
まるでジェットコースターに乗ったかのように、建物が次々と後ろに向かって飛んでいく。ちょうどあちこち自転車で回っていたおかげで、最短ルートで現場まで向かうことができた。
「あそこか!」
旧花火工場から少し走ると、煙が大きくなっている場所が見える。三階建てほどのビルのようだ。
結構な規模の爆発だと思ったが、煙が上がっているだけで建物は壊れるどころか傷が付いている様子もない。
いたずらだろうか。そう思いながらも、すぐさま真玄はあたりを探し回る。
しかし、人影は見当たらない。さすがにあれだけ時間がかかっていれば、既に逃げられていてもおかしくないだろう。あるいは、遠くで眺めているのかもしれない。
「くっ、ダメか……」
真玄は自転車に乗ったまま、煙の上がる建物を見ることしかできなかった。
しばらくして、寒太と太地も駆け付けた。今回は大人もいた方がいいと判断した寒太は、千草も呼んでいた。
既に煙は収まっているが、辺りにはわずかに火薬の臭いが漂っている。
「うーん、あの爆発音の割に火災とか起こってないよね。こりゃ、このビルの屋上に音と煙だけの爆発物を仕掛けただけみたいだね」
やってきてすぐさま、太地が建物の様子を見て状況を説明する。
「へぇ、爆弾って、てっきり物を壊す物だと思っていたわ。そんなのもあるのね」
千草は感心したように太地に尋ねる。
「火薬自体、花火工場で盗んだものを使ってるんでしょ? 煙だけとかあるんじゃないかな。へび花火みたいに」
「あれって、火薬でどうにかしていたのかしら?」
「僕も詳しいことはわかりませんけどね」
太地がそう言うと、思わず真玄は「推測かよ」と突っ込んだ。
「……とはいえ、爆弾魔らしい人物がいる、ということはこれではっきりしたな。今回は実験だったとして、次は大きいのが来るかもしれない」
一応調べてみるか、と寒太は建物の脇にある入口に向かう。真玄たちも、寒太の後に続いた。
入口の鍵は閉まっていない。開けるとすぐに階段があり、そこを上って各階の部屋に入る造りとなっている。階段は屋上まで直行となっており、屋上につながる扉も鍵がかかっていなかった。
屋上は周囲に人の高さより少し高い程度の柵があるだけで、殺風景で何もなかった。その真ん中に、爆発物と思われる装置が、黒焦げで置かれていた。
「これだね。結構手が込んでいるみたいだけど、ネットで調べればわかる程度かな」
「こんなのの作り方が載っているとか、世も末だなぁ」
真玄は複雑そうな仕掛けの壊れた爆弾を見て、ため息をついた。
「……とはいえ、そんなに短期間でできる物ではないだろう。やはり、爆弾の構造に詳しい者の犯行とみて間違いない」
「そうだね。その可能性が高いと思うよ」
「もっとも、そんなことが分かったところで、どうにもならないがな」
もし現実世界であれば、爆弾の構造や周囲の指紋などを調べることで犯人が特定出来るかもしれない。しかし、当然真玄たちはそんなことはできない。
「とりあえず、白崎が言っていた通り、この世界には爆弾魔がいる、それが分かっただけでも収穫だろう。爆発していく建物の場所の関連性が分かれば、犯人の場所も特定出来るかもしれないしな」
寒太はそう言い残すと、その場から立ち去ろうとした。真玄は納得いかないのか、爆弾を見つめたまま動こうとしない。
「……やっぱり、建物が爆発しないと、居場所を特定できないのか……」
真玄のつぶやきに、寒太は思わず立ち止まる。
「……身もふたもないが、それが一番手っ取り早いし、確実だろう。他に手段があるなら考えるが……」
「……」
真玄には爆弾魔を探す案は思いつかない。それを確認すると、寒太は建物の中に入っていった。
「真玄君、芹井君も、別に被害があった方がいいとは思っていないのよ」
じっと動かない真玄を見て、思わず千草が声を掛けた。真玄は視線を落としたまま、千草の方に向く。千草とは目を合わせようとしない。
「分かってますよ、そんなこと」
「そう……もっとも、納得いかないのも分かるわ。出来れば、何も被害が無いまま、犯罪者を捕まえたい。それは、正義感があれば誰もが思うものよ」
視線を合わせない真玄にそっと近づくと、千草は真玄の頭に手を当てて撫で始める。はたから見ると、歳が近い親子のようにも見える。
「でも、世の中そううまくはいかないものよ。そういうことを受け入れて、どうすることが最善策なのか。それを考えることも大切なの。そういった意味では、真玄君はもう少し大人になるべきね」
「……そんなことは……もちろん……」
「今は理想と現実の違いに悩めばいいわ。そのうち、分かるようになるから」
千草は「戻るわよ」と続けると、寒太に続いて建物の中へと戻っていった。結局、最後まで真玄は視線を合わせることはなかった。




