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EP7:工場

 住宅街に不釣り合いな広い空き地に、二階建ての大きな建物が残る。周囲には使用用途のわからない錆びた鉄くずや大きなコンテナが山積みになっている。気になった真玄は、近くに自転車を止め、ロープをくぐって中に入る。

 民家と山に囲まれるようにひっそりとたたずむ工場は、今にも電動工具を使う音が聞こえてきそうだ。しかし、近寄るとやはりボロボロになっている箇所が目立つ。


「こんなところに工場……何の工場だろう?」


 辺りは静かだ。時々風が吹くと、カサカサと何かが地面に擦れる音が聞こえる。恐る恐る建物の入口に近づくと、奥から不意にバタン、という音が聞こえた。


「誰かいるのか……?」


 ドアを開けると、設備の跡が残っている。タンクや錆びついた機械があちらこちらにあり、天上には配管が走り回っている。

 コツコツと響く真玄が歩く足音、時々ジャリジャリと鉄さびや割れたガラスを踏む音が混ざる。

 施設がある広い部屋の周りには、いくつか部屋があるようだ。覗いてみると、原料を置く場所になっているらしい。ほとんど棚には何もなかったが、いくつか放置されているものもある。

 真玄はその部屋のドアを開け、何が置いてあるか確かめようとした。その時だ。


「コーーーノルーーーーー!」


「うわっ!?」


 後ろから、突然奇妙な声が聞こえた。真玄が驚いて振り返ると、妙な耳が生えた生き物が両手を挙げて威嚇のポーズをとっていた。


「こ、コノルー!? どうしてこんなところに?」


「ここで会ったが十年目、シロサキマクロ、尻を揉ませろ!」


 両手で真玄を捕まえようとするも、コノルーの手は空を切る。


「それを言うなら百年目だ! 大体案内人がどうして何もないこんなところにいるのさ?」


「コーノルー! お前には関係なぁい! とにかく尻だ、尻を揉ませろぉ!」


「うわ、や、やめろ!」


 足元が悪い中、執拗に追いかけてくるコノルーから真玄は必死に逃げる。部屋はいくつか繋がっており、真玄は部屋から部屋へと逃げていく。途中、ドタッという音がしたので振り返ると、コノルーがこけて倒れていた。


「こ、コーノルー……痛い……」


 じたばたするコノルーにあきれながら、真玄はゆっくりと近づく。間合いを取りながら、「何やってんだか」とため息をついた。

 すると、別の方向からカラン、と音がした。鉄の棒が床に落ちたような、甲高い音だ。


「……案内人がこんなところにいるってことは……まさか!?」


 真玄は慌てて音がした方に向かう。後ろではコノルーが「た、助けてくれー」と言っているが、真玄の耳には入らない。

 工場内に響き渡る真玄の足音、大きな扉を開くと、工場の外に出た。コンテナがいくつか積まれているほか、滑車や錆びた鉄骨などが放置されている。

 辺りを見回すと、入ってきた入口とは別の、従業員用と思われる入口に走っていく人影が見えた。


「待て!」


 必死に追いかけるが、工場の敷地内から出ると見失ってしまった。

 息を切らせてしばらく辺りを探していると、後ろから「コーノルー!」と声が聞こえてきた。どうやらコノルーが起き上ってこっちまで来たようだ。


「し、シロサキマクロ、お前、酷い奴だ」


 しばらくよたよた走っていたが、コノルーは途中でひざに手をついてはぁはぁと息を上げる。


「コノルー、お前がこんなところにいるってことは、やっぱりさっきの人影は犯罪者予備軍だな?」


 真玄に指摘され、コノルーは思わず口を紡ぐ。


「……やっぱりか。で、あれはどんな犯罪者予備軍なんだ?」


「し、知らない、俺、知らない」


「知らないで連れてくるのか……それじゃあ意味がないだろ」


「そ、そんなこと言われても……」


 言いあぐねるコノルーに、真玄は少しずつ距離を詰める。コノルーは真玄の勢いに圧倒され、少しずつ後ずさりした。


「ちょっと、シロサキマクロ、いくらポンコツだからって、ナビゲーターをいじめないでくれない?」


 突然、後ろから聞き覚えのある女の声がした。振り返ると、地面まで着くほどの長い髪の女が立っている。


「なんだ、クロミナか。いじめてなんかないよ、ちょっと聞いてみただけさ」


「ふっふーん、ナビゲーターにも教えていいこととダメなことがあるのよ。それを無理やり聞きだそうとするのは、男としてどうなのかしらねぇ?」


「そう? かわいいクロミナちゃんなら教えてくれると思ったんだけどなぁ」


 かわいい、という言葉に反応したのか、クロミナは一瞬動きが止まる。


「え、そ、そりゃかわいいクロミナちゃんですもの、教えられるものなら教えてあげてもいいんだけど……」


「じゃあ、教えてもらおうか。さっきのは、犯罪者予備軍の一人なんだろ?」


「そんなの、ちょっと考えれば分かることでしょ。ナビゲーターがこんなところにいて、しかもこんな廃工場から物を盗む奴なんて犯罪者予備軍以外に誰がいるのよ?」


「盗む……? 何か盗んでいったのか?」


 真玄の言葉に、クロミナは思わず「あっ」と手で口を覆った。


「んなー! 純粋な乙女のクロミナちゃんを騙したな! だからお前は非リア充なのだ!」


「自分で勝手にしゃべっておいてよく言うよ。で、この工場は何の工場なんだ?」


「んなもん、中入ってるから知ってるでしょ? それとも、コイツみたいに言わなきゃ分からないポンコツなの?」


 クロミナはコノルーのところまで歩いていくと、耳を引っ張り上げた。コノルーは「いててて」と耳をつかんでいる手を振り払おうとする。


「ポンコツって酷いな。教えてくれたっていいだろ」


「あーもう、なんでもかんでも人に聞くな! ……ったく、めんどくさいから教えてあげるわよ」


 コノルーの耳を離すと、コノルーは「あいたっ」と言って尻もちをついた。


「ここは元々花火工場だったの。ある程度機材とかは片付てるはずだけど、原料とか撤去しきれなかった機械とかはそのまま残っているわけね」


「花火工場……ってことは、盗んだものって……」


「そこまで教えないといけないの? これだけ動いているんだから、少しは頭がいいと思っていたんだけど」


「……そんなにバカにしなくても」


 花火工場で犯罪に使えるものと言えば、盗んだ物は自然に限られる。


「ってことは、次の犯罪者予備軍は爆弾魔……?」


「さぁ、自分の目で確かめれば?」


 クロミナはふん、とそっぽを向き、工場の出口に向かって歩きはじめる。しかし真玄の表情は穏やかではない。


「だとするとまずい。大規模な爆発が起これば、大勢の人が巻き込まれる!」


「大勢の人? この世界に何人人がいると思ってるのさ?」


「いや、それでも………」


 真玄は何故クロミナが落ち着いているのか分からなかった。人間が巻き込まれてもいいというのだろうか?


「……あのねぇ、爆弾魔だとすると、どんなところに爆弾を仕掛けようと思う?」


「そりゃ、人が集まるところでしょ」


「それはどんなところ?」


「ビルとか、病院とか……」


「で、この世界にはそんな場所に人はいるのかしら?」


「……」


 クロミナの質問に、真玄は何も返せない。


「ま、そういうこと。もっとも、現実世界と違うから、どういう行動をとるのか、私にも分からないけどね。爆弾魔ならどーせどこか適当なビルに爆弾を仕掛けて爆発せて、満足したら今度は自分がドカン、それで終わりよ。分かった? だからシロサキマクロ、あんたは何もしなくてもいいの」


「で、でももし仕掛けたのが民家やアパートだったら……」


「はぁ……心配なら追いかけてみれば? 無駄だと思うけど。それに」


 クロミナは真玄の方へ向くと、右手を腰に当て、軽く息をつく。


「あんたがそんなことをやった結果、もっと犠牲者が出るかもしれない……と言われても、止めに行こうと思うのかしら?」


「……? どういうことだ?」


「さぁ……自分が正しいと思うなら、やってみればいいんじゃないの? 自分で責任が取れるなら、だけど」


 クロミナの言いたいことは分からない。しかし、真玄はどうしても止めなければいけないと感じていた。


「とにかく、大惨事になる前に止めなきゃ!」


 クロミナの横を走り抜ける風が、長い髪を巻き上げる。出口に向かって走っていく真玄を、振り向く様子もなく見送る。


「あ、そうそう、あんたの自転車があるのは向こうの出口よ。そっちじゃないわ」


 クロミナは振り返らずに後ろにある出口とは違う出口を指し示す。先ほどとは違う足音がクロミナの耳に届き、クロミナはため息をついた。


「はぁ……犯罪者予備軍なんか止めて、一体何がしたいのかしらね。放っておけばいずれは元の世界に戻れるのに、私には理解できないわ。それと……」


 クロミナはぼうったまま座り込んでいるコノルーに近寄り、再び耳をつかみ引っ張り上げる。


「コノルー! あんたまたやらかしたわね! どうしてあんたは毎回毎回こう何かやらかすのよ!」


「ひ、ひぃ、コノルー、ちゃんと仕事した! 今度はばっちり!」


「嘘言いなさい! じゃあ実験の手順を言ってみなさいよ!」


「て、手順? そりゃ、犯罪者予備軍をこの世界に呼び出して……あっ」


 そこまで言って、コノルーは何かに気が付いたように両手で口を覆った。クロミナはコノルーの耳から手を離し、がっくりと肩を落とす。


「あーもうやだ! なんでこのかわいいクロミナちゃんがこんなことで悩まなきゃなんないのよ! コノルー! あんたはアマミヤを呼んできなさい!」


「ひ、ひぃ、わ、わかったよ!」


 クロミナににらまれたコノルーは、慌ててその場から立ち去った。


「……とにかく、マスターにばれないうちに早く……んなー!」


 その場から立ち去ろうとして、クロミナは自分の髪を踏んづけてこけた。

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