EP5:迷い
リゲルズ・サーバーの海の親、風野知宏。ある病院の医者であり、システム開発者であった彼は、すべての患者のデータを集めてデータベース化することで、素早く治療方法を提案することができると考えた。
人間はもちろん、うまくいけば他の動物や植物にも応用ができる。
この世界で医者として生きてきた彼は、どんな命も救おうと考えていた。
当然、自分たちの仲間も。
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風野知宏が案内人――
そんな仮説を聞いた知美は動揺が隠せなかった。
「父さんが……父が案内人? つまり、人間とは違うってこと?」
知美の話を聞いて、珠子も思わず身を乗り出す。
「え、ちょ、ちょっと待って。案内人って何? あなたたちは、知宏さんのことをどれだけ知っているというの?」
普通の人間だと思っていた人が、自分たちと違う存在だった。当然、すぐには受け入れられないことだ。
「もちろん、確定ではない。資料から導き出した仮定だ。しかし、そう考えると、資料に書かれている内容も納得がいく」
資料の最後、「案内人」の言葉が出ていた場所には、不自然な言いまわしがたくさんある。いたるところに「自分の仲間」という言葉が出ているし、人間だけの適応にとどまらないようなことが書かれている。
他の動物や植物、そして「自分の仲間」への応用。医者としての彼の、何か深い情熱のようなものを感じる。
「そんな……じゃあ、私は……娘である私は一体……」
「常識的に考えるなら、知宏さんの娘である風野は同じく『案内人』ということになる。いや、母親が人間ならハーフだな。どちらにしろ、案内人の血を受け継ぐことになる」
「……」
知美は、ここにいる人間とは違う存在なのかもしれない。言いしれない不安が、知美によぎる。
「だ、大丈夫だよ、知美ちゃんはかわいいし、案内人だって、人間と変わらない存在だから……」
「タイチ、無責任に言わない! 今知美ちゃんは、すごくショックを受けてるんだよ?」
「それはそうだけどさ、僕達と違う存在だからって、扱いはこれまでと変わらないわけでしょ? 知美ちゃんは知美ちゃん、だから……」
太地がなんとか取り繕おうとするが、知美は何も話そうとしない。
「うーん、イマイチ話が見えてこないな。そこの女の子……知美ちゃんだっけ? なんかショック受けちゃってるし。その、リゲルズ・サーバーの開発者が案内人ってやつだからって何なの? それが手がかりになるのかい?」
「クオン、そんな言い方は……」
「僕はこの世界から脱出するために協力するんだよ? こんなのを見るためじゃない。ショックを受けてる暇なんて無いと思うんだけどさ」
止まらないクオンに、真玄は「やめろ」と怒鳴りたてる。しかし、手が出そうになったところで知美が真玄を止めた。
「真玄先輩、私、大丈夫ですから」
「知美……」
「その、もし父が案内人、だとしたら、それが手がかりになるんですよね? それで、真玄先輩たちは元の世界に帰れるんですよね」
知美の含みのある言い方に、ダイニングが一瞬静まり返る。
「……リゲルズ・サーバーと案内人。これがつながるとすれば、の話だ」
「えーっと、あれだっけ? 案内人がこっちに僕たちを連れてきたなら向こうに戻すことができるんじゃないかって話。よくよく考えたら、そいつらに直接頼めばいいんじゃないかと思ったんだけど、それは無理なの?」
「わざわざ僕たちをこっちに連れてきて、頼まれたからすぐに戻す、ということはしないだろうな。それに、アマミヤたちをに指示を出している奴がいると思われる」
「つまり、そいつを見つけ出して何とかする、ってこと?」
「そうなるな」
指示を出している人間、すなわち「マスター」のことだ。アマミヤたちの口から出ただけで、その存在はまだ確認できていない。
「マスターのこと、もっと詳しく知る必要があるね。アマミヤやクロミナに聞いてみよう」
「あいつがいろいろ話すと思えないが……ダメ元でやってみるか」
真玄と寒太が話を進める中、太地はスマホを操作しながら突然「あっ」と声をあげた。
「……どうやら二人目の犠牲者が出たみたいだね。僕はそっちも調べてみるよ」
「犠牲者? プリペイドカードの話か?」
寒太が尋ねると、太地が「そう」と返す。
「え、何、プリペイドカードがどうかしたの? 残高無くなって飢え死にしたとか?」
クオンが関心を持って尋ねるが、太地は「それで済めばいいけどね」と言って席を立った。
「え、えっと、なんだかよくわかりませんけど、彼氏……知宏さんはこの世界にいるのですか?」
太地が部屋を出て行ったタイミングで、今まで話を聞いていた珠子が話し始める。
「まだ分かりませんが……彼がこの世界から抜け出すための鍵になっている可能性は高い。まずはこの世界と案内人、それとリゲルズ・サーバーや知宏さんとの関連性を確かめなくては」
「私も、仕事はしばらくやめて手伝うわよ。珠子さん、彼氏さんが案内人だとすると、この世界にいる可能性が高いわ。もちろん、協力してくれるわよね?」
千草が尋ねると、珠子は静かに首を縦に振った。
「その話が本当なら、もちろん手伝います!」
「あら、意外とショックを受けてないようね。私だったらそんなに冷静でいられないわよ」
「案内人だろうがなんだろうが、彼氏は彼氏、私の大切な人です。たとえ化け物だとしても、彼を愛する自信があります!」
珠子が力強く答えると、千草は「へぇ」と感心しきりだった。
「……今日はもう遅い。明日からまたいろいろと動いていこう」
寒太は資料をしまうと、そう言って目の前の皿を片付け始めた。外はまだ明るいものの、時計を見るといつのまにか午後六時を過ぎていた。
「そうね。冷めちゃったから、ここにある物を一度温め直して夕食にしましょう。足りなければ、また私が持って来るわよ」
「私も手伝います。あ……タイチはどっかいっちゃったし、どうしよう……」
「みんなでやればいいじゃない。あ、でも電子レンジは一つか。順番に温めながら食べればいいわよね」
そう言って、麻衣と千草は料理を一つずつ温め始めた。
「真玄、知美の父さん、本当にこの世界、いると思う?」
料理を麻衣に渡しながら、沙羅が真玄に尋ねる。
「この資料に案内人っていう言葉が出ている以上、可能性はあるんじゃないかな」
「そう……真玄、小さなことでもすぐに解決に結びつけたがる。私、それが心配」
「そうかな……そんなつもりはないんだけど……」
「たしかに、手がかり、少ない。でも、焦る理由も、無い。知美も、多分今回のことで、父親に会いたいと焦ってる。だから、二人、一旦引き離した」
「ああ、あの手紙……」
コンビニでクオンに会った時、クオンが知美にこっそり手渡した手紙があった。あれは沙羅が知美宛に書いたものだったようだ。
「失敗が一番怖い。真玄はもう少し冷静になるべき」
「うん、わかったよ」
温められた料理の湯気が立ち上る。真玄は冷凍食品のチャーハンを手に取ると、スプーンですくって口に入れた。




