EP4:風野知宏
広く感じた寒太の兄のダイニングもさすがに狭く感じる。久々に全員が揃うと、イスもテーブルも足りなくなってきた。
「……これ、公民館かどこか借りたほうがいいんじゃないの?」
全員が集まった時に太地が寒太に聞いたが、広くて十人程度が入れる場所は軒並み鍵が掛かっていたようだ。他に探すのも面倒なので、寒太の兄の部屋に集まることとなった。
しばらく連絡が取れなかった知美は、父知宏の手がかりが見つかったと報告すると、すぐさま集まるよう連絡があった。千草も、ちょうど仕事が終わったタイミングだったため、お土産の冷凍食品を持ってやってきた。
既に準備は寒太と千草が協力して終わっている。後はクオンが来るのを待つだけだ。
「真玄先輩、本当に、父の手がかりが見つかったんですか?」
「うん、まあ……」
知美に聞かれ真玄はすぐにでも言い出しそうになったが、なんとかごまかす。
「まあまあ知美ちゃん、ちゃんと話すから、それまで待ってて」
「待てずにお菓子食べてる太地には言われたくないなぁ」
既に開けてある袋菓子に手を伸ばす太地を見て、麻衣がため息をつく。
「えぇ、別にお菓子くらいいいでしょ?」
「……僕は別に構わないのだが、なんというか、空気は読んでもらいたいな」
寒太が低い声でつぶやくと、太地は「わかったよ」とお菓子に伸びる手をひっこめた。
ほどなくして、クオンが珠子をつれて部屋のドアを開けた。寒太が迎えに上がると、クオンは「珠子さんもどうぞ」と珠子を先に上げる。
全員が席に着くと、真玄が「じゃあ、始めようか」と告げた。同時に太地が
「えっと、クオンのことはみんな知ってるよね?」
「結婚詐欺師、だったかしら? あまり詳しくは知らないのだけれど。本人の前で言うのもあれだけど、大丈夫なの?」
千草が直接クオンに会うのは初めてだ。クオンについても、真玄や寒太から聞いた情報くらいしかない。
「あ、初めまして。えっと、猫丸千草さん、でしたっけ? そこの真玄君や寒太君から話は聞いてます。よろしく」
「あら、礼儀はいいようね。それとも、女の人を口説くためのテクニックの一つかしら?」
「まあ、そんなところです」
クオンは適当に返すと、愛想笑いを見せる。千草も同じくにこりと笑った。
「さて、ここにいる意味が無い以上、君達に協力するしかないわけだけど……」
「ああ。クオンにも協力してもらう。だが、先に今までの状況を整理しておこう」
寒太はクオンのことや「リゲルズ・サーバー」の資料について、その場にいなかった千草や知美にも分かるように詳しく説明した。
資料については知美や千草は見たことがあるのだが、コピーが不完全であったことまでは知らない。
「……ってことは、私が貰ったコピーは一部抜けていたってわけね。それは、珠子さんが自分で考えてやったことなの? それとも、そこのクオン君に指示されて?」
「そ、それは、その……」
千草の質問に、珠子は思わず俯いてしまう。しかし、千草は落ち着いた口調で続けた。
「今更怒ったりしないわよ。言いたくなければ言わなくてもいいけれど」
「ああ、それ僕が指示したんですよ。だって、大事なところが見知らぬ人の所に流出したら大変でしょ?」
クオンが珠子の代わりに答えると、千草は「それもそうね」と引き下がる。
「うーん、ということは、僕達に顔を見せた時には、既に中身を知っていたことになるね」
「そういうこと。当然、半分は演技だよ、演技」
「そんな感じはしてたけど、そこまで考えていたなんてね」
「太地君、こういう計画性がないと、詐欺師にはなれないんだよ」
太地は感心しながら、クオンのにやけた顔を見つめる。一方のクオンは、テーブルに置いてある少し冷めたピザを手に取り、口にほおばる。
「……で、そのリゲルズ・サーバーの資料で新しく分かったことなんて、本当にあるの? あの資料には個人情報の収集方法やセキリュティー、プログラムなんかが書いてあったけど、僕にはさっぱり。分かるのは、他の人の手に渡っちゃまずそうってことだけ」
ピザ一片をすべて口にほおばると、準備されていたジュースで流し込む。そして、「それとも、プログラムに詳しい人でもいるの?」と続けた。
「……いや、さすがにそこまで詳しい人はいないよ。一応太地にも見せたけど、さっぱりだって」
真玄がそう言うと、太地は「いくら僕でもさっぱり」とため息をついた。
「ふぅん、そうなんだ。ま、あれは関係者か専門家か、どちらにしろその道のプロじゃないと分からないだろうね」
「でも、クオンは見過ごしていたと思うけど、俺らには重要なことがこの資料には書かれていたんだ」
「へぇ、それは何だい?」
「ここだよ」
そう言うと、真玄は資料の最後の方のページを開き、後半の文章を指さした。プログラムの説明が終わり、システムを総括するような内容となっている。
「ここには、『このシステムを使うことにより、ナビゲーターはこの世界にとどまる必要がなくなる』と書いてある」
「それが何か? ただ単にシステムを使うナビゲーターが必要なくなるっていう意味じゃないの?」
「それにしてはあまりにも不自然じゃない? だってそう意味だったら、『このシステムを使えば、システムを操作するナビゲーターは必要ない』ってだけ書けばいいじゃない。『この世界』だの『とどまる』だのという言い回しをする必要がないでしょ?」
「……まあ、それはそうなんだけど……それがどうかしたの?」
「お前はこの世界に慣れていないから知らないか……いや、聞いたことはあるはずだけど……」
真玄は一呼吸置いて続けた。
「ナビゲーターっていうのは、この世界の案内人、つまりアマミヤやクロミナのような存在のことを表しているんじゃないのかな?」
「え、そ、それってどういうことですか?」
真玄の説明に、思わず知美が立ち上がる。ダン、と両手で叩いた衝撃でテーブルが揺れる。
「あまり信じたくはないけど、多分、知美のお父さんは……」
徐々にトーンダウンしていく真玄の言葉。そして、意を決したように続けた。
「風野智弘さんは、現実世界に住んでいた、案内人……ナビゲーターだったんだ」




