EP3:沙羅の計画
「沙羅ちゃん、どうしてここに?」
話し合いの途中で抜けてからまったく姿を見せなかった沙羅を見て、真玄は思わず立ち上がった。
「え、ちょ、ちょっと沙羅ちゃぁん、約束が違うんじゃないの? 一人だから味方になってほしいんじゃなかったの?」
クオンも沙羅の登場は予想していなかったようで、余裕でお茶を飲んでいた手が止まる。
「クオン、別に私は約束を破るつもりはない。確かに味方になってほしいとは言った。でも、一人とは、言ってない」
「はぁ……こりゃ参ったねぇ」
クオンは腕を組んで笑顔を見せる。しかし、先ほどとは違ってどこか悔しさがにじみ出ている。
「はい、真玄、これ。クオンが珠子から預かっていたもの。あの部屋で見たものとまったく同じだから、間違いない」
「あ……うん、って、これ……」
真玄は資料を受け取りながらも、訳がわからず言葉に詰まる。
「まったく、無事でよかった。一人でやると言われたときにはどうなるかと思ったぞ」
「え、寒太、知ってたのか?」
三人の中で唯一落ち着いている寒太は、戸惑っている真玄が持っている資料を手に取り、ペラペラとページをめくり始めた。
「……まあな。クオンに接触を試みるなどと言い出すから止めようとも思ったが、止めたところで無駄だと思ったのでな」
「そんな、女の子一人で危険なことを」
「白崎ならそう言うだろうな。だからだろう」
寒太は資料をめくる手を途中で止め、じっくり眺めはじめた。
「寒太の言う通り。真玄や麻衣に言ったら、多分止められる。太地は、多分何も考えてない。知美や千草には話しづらい。結局、話すなら寒太しかいなかった」
「……確かに、一人でなんか行かせられないよ」
「真玄は少し優しすぎる。少しぐらい、信用してくれてもいい」
沙羅の言葉が真玄に刺さる。「心配」という言葉を使って、相手への不信を隠していたのかもしれない、そう思ったのだ。
「はぁ……沙羅ちゃんが君達の仲間だと知っていれば、うかつなことなんかしなかったのに。結婚詐欺師を騙すなんて、大したもんだね」
「私、人間自体をあまり信頼していない。寒太からクオンの話を聞いて、多分、私なら騙せると考えるはず、そう思った。私の存在は、クオンは知らなかった。だから、この世界に一人取り残されていると思いこませて、近づいた」
「そうなんだよね。こういう、一見クールで自分に自信を持っている人が一番騙しやすいと思ったんだけどなぁ」
「クオン、残念だった。特に男の人は信用してない。今信用できる男の人は、真玄と寒太だけ」
名前が出なかった太地が気の毒だと思いながら、真玄は沙羅の力強い言葉に少し涙が出そうになった。
しばらくして、資料を読んでいた寒太が、真玄に資料を返した。
「なるほどな、ここまで情報が分かれば、何か手がかりがつかめそうだ」
「私も、そう思った。知美のお父さん、まるでこういうことが起こるんじゃないかと予想していたみたい」
寒太と沙羅は、まるで二人で合わせたかのように言う。それを聞いて、真玄も慌てて資料を読み始めた。
「あれ、その資料って、そんな大事なこと書いてたっけ? 目的とか計画とか、そういうのは読んだんだけどさぁ」
「……そうか、クオン、お前はあまりこの世界のことを詳しくないのだったな」
「多分、君達よりは、ね。大体リア充になると爆発するとか、実際爆発した人間がいたとか、こっちに連れてこられる人の基準とか知らなかったわけだし」
「だから、この資料に書いている重要なことにも気が付いていない」
「へぇ、君達には分かるのかい?」
「まあ……確信はまだ無いがな」
「だったら僕にもその重要なこととやらを教えてほしいものだね。結果的に資料はそっちに手渡す形になったわけだし」
先ほどからクオンはいらだっているようだ。口調が徐々に強くなっている。
寒太はそんなクオンに「そうはいかないな」と告げる。しかし、ふぅ、と一息つくと、さらに続けた。
「……とはいかないだろう。この世界から脱出するには、お前の力が必要になりそうだからな」
「それは、珠子さんが必要だから?」
「もちろんそれもある。だが、それ以前にお前にもやってもらわなければならないことができそうだからな」
「へぇ?」
「それに、どちらにしろお前も協力せざるをえないだろう。こんなところに一人でいたところで結婚詐欺もできまいし、復讐相手もいないからな」
「ごもっとも」
クオンは席を立つと、テーブルに並べた食べ物を片付け始めた。
「……場所を変えよう。もう少しゆっくりできる場所で詳しい話を聞きたい。それに、君達の他の仲間にも伝えないといけないことがあるんじゃないのかい?」
「そうだな、桜宮や十条にも言っておかなければな。それに、風野や千草さんもきっと情報が欲しいと思っているだろう」
「他にどんな人が協力しているのか興味あるしね。えっと、君達がいつもいるファミレスでいいかな?」
「いや、さすがにあそこは大人数では狭い。僕の兄の部屋にしよう。あそこなら無駄に広いからな」
寒太は適当な紙を取りだし、住所と簡単な地図を書き、クオンに渡した。
「じゃあ、今から一時間後でいいかな。こっちも準備があるし」
「わかった、そうしよう。それまでに、集められるメンバーは集めておく」
そう言い残し、寒太は事務所から出た。
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「……大丈夫かな、クオンを仲間に入れて」
帰り道、生ぬるい風が吹く住宅街の道路で、真玄は寒太に尋ねる。
「どの道クオンは僕達を手伝うしかない。そこまで心配する必要はないだろう」
「そりゃ、こんなところで詐欺なんかやってもしょうがないだろうけど……」
「当然、懸念材料がないわけではないがな」
「……?」
意味ありげな寒太の言葉に、真玄は首をかしげる。
もともとは犯罪者予備軍として呼び出されたクオン。真玄は、どうしてもクオンが仲間になることに抵抗があった。
しかし、クオンの協力が必要があることも分かる。言葉にできないもどかしさが、真玄の不安を掻き立てる。
「真玄の不安は、分かる。でも、問題解決には、リスク、取る必要がある」
寒太の後ろを歩きながら、沙羅が前を向いたまま真玄に話しかける。
「……だから、あんなことを?」
「真玄や寒太は、私が困っている時、助けてくれる。だから、私も、二人の力になりたかった」
「そっか。でも、一人でこんな危険なことやっちゃだめだよ」
「……わかった、真玄が困るなら、もうやらない」
沙羅は少し俯いたまま、真玄の後をついていった。




