EP2:女詐欺師
空調が効いた涼しい部屋の中、それでもそれとは相反して体は熱く感じる。寒太の話を聞き、真玄はそう感じていた。
「……案内人が鍵を握る……としたら、アマミヤに頼めば元の世界に戻れるってこと?」
案内人には現実世界から試験世界へ人間を呼ぶことができる能力がある。ということは、逆もできるのではないか。誰もがそう考えただろう。
「当然、そう簡単な話ではないだろう。アマミヤやクロミナがそんなに簡単に応じるとは思えない。この世界に連れてきた本人だからな」
「うぅ、それはそうか……」
多少期待していたのか、真玄はがっくりと肩を落とした。
「そんなに深く考えなくても、向こうの世界に戻るにはその、案内人とやらの力が必要だってことは想像つくね。後はその方法を考えればいいんじゃないの?」
クオンはのんびりとした口調で提案する。しかし寒太の表情はまだまだ硬い。
「それはそうなのだが、その方法が簡単には思いつかないだろう」
「ま、簡単に思いつけば苦労はしない、か」
クオンはため息をつきながら、別のお菓子の袋を開ける。
「そうだ、一ついいことを教えてあげよう。これは詐欺をするうえで大切なことなんだけど」
開けたそばから、クオンはチョコレートをつまんで口にする。
「人間っていうのは、だいたい損得勘定でしか動かない。説得する時には、それを考えないとなかなか難しいと思うよ」
「損得勘定、か」
「人に何かやってもらいたいとするなら、それをやることによってその人にどんなメリットがあるのか、あるいはやらないことによってどんなデメリットがあるのかを説明するんだ」
「つまり、僕らを元の世界に戻してほしいなら、そうした方が得だとアマミヤたちに説明すればいいのか」
「実際にそうなるかどうかは別だよ。確実にそうなると分かっていても、本人たちが信じなければ意味が無い。逆にそうならないと分かっていても、本人たちが信じてしまえばやってくれるのさ」
「時には欺く必要がある、か」
「それが詐欺って奴さ」
詐欺師に詐欺の手ほどきを受けるのはどうにも腑に落ちない。しかし、クオンが言っていることはもっともだ。寒太は次の言葉を考えながらそう思った。
「俺たちを元の世界に戻すことで得られる得……か。例えばどういう……」
「真玄君、少しは自分で考えたら? 寒太君みたいにね」
クオンに突っ込まれ、真玄は言葉を詰まらせる。
「そうだなぁ、案内人自体が実験をやっているとすれば、実験が済めばもしかしたら返してくれるかもね。でも別に実験をやっている人物がいるとすれば……」
「……その可能性はあるな」
「もっとも、ここで話していても、推論の域を出ないしね」
寒太とクオンの話を聞き、真玄も自分なりの考えを出そうとする。しかし、なかなか出てこない。
「……俺にはわかんない……」
「まあまあ、落ち込むことはないよ。こっちだって単なる推論、予想だよ予想。考える価値はあると思うけどね」
クオンに励まされても何もうれしくない、と言わんばかりの顔で、真玄はふてくされてそっぽを向く。
「……ところで話は変わるが、お前が探している女詐欺師というのはどういう奴なのだ?」
「ああ、父を騙した? そんなこと聞いてどうするの?」
「この世界にはいないかもしれない。が、もしかしたら現実世界に戻った時に偶然情報が手に入るかもしれないと思った。それだけだ」
「ふぅん。復讐相手探しに協力してくれる、とでも?」
「出来るのであれば、だがな」
「そんなことして、君達に何の得があるのかねぇ……まあ、協力してくれるならありがたいけど」
クオンはけだるそうに立ち上がると、近くにある事務机の引き出しを漁る。そして、その中から何かの紙を取りだした。
「これがその女詐欺師の情報さ。結構苦労したんだから、大事に扱ってくれよ」
その紙をテーブルに置くと、寒太がそれを受け取り眺める。真玄も気になったのか、寒太の後ろから覗きこんだ。
「朝戸夜子……聞いたことないな」
履歴書のように、写真と共に生年月日や住所、経歴などが書かれた紙に一通り目を通すと、寒太はそれを真玄に手渡した。
「……もっとも、顔も名前も、本人のものか分からないけどね。整形している可能性があるし、偽名かもしれない」
「……一応、気に留めておこう」
ふむ、とつぶやき、寒太は腕を組む。真玄は紙を見ながら、寒太がファミレスで言っていたことを思い出した。
――これは使えるかもしれない――
真玄は思い切ってクオンに聞いてみた。
「……もしこの、朝戸夜子っていう人を見つけたら、結婚詐欺を止めるのか?」
「まあ、結果的にそういうことになるかな。あいつに復讐が終われば、結婚詐欺なんて続けている意味がないし」
「なるほど、寒太が言っていたのはこういうことか」
不意に自分の名前が出たことに驚き、寒太は「ん?」と真玄の方を向く。
「あ、いや、クオンの復讐相手を知ることが、何か使えるのかと思って」
「ああ、まあ……そんなところか」
真玄は妙に納得していたが、寒太とクオンは首をかしげる。
「……とにかく、僕達も朝戸とやらを調べてみよう。何か分かるかもしれない」
「それはありがたいね」
「その代わり、リゲルズ・サーバーについてもう少し詳しく知りたい」
「リゲルズ・サーバー、ねぇ。資料はそっちにもあるんじゃないの?」
クオンはお菓子を食べながら、残りのお茶を湯のみに注ぐ。
「あるにはあるが、あの資料には足りない情報がある。クオン、お前が珠子さんに指示したんじゃないのか?」
「……」
「あの資料には、既に知られているようなことしか書いていなかった。そして、不自然な途切れ方をしていた。つまり、コピーをする時に重要な部分をコピーしないように珠子さんに言ったんじゃないのか?」
寒太が雪崩のように詰め寄るが、クオンはのんきにお茶をすする。
「……それで、君達はあの資料の続きが欲しいと?」
「もちろんだ。そこにある情報が分かれば、この世界から脱出する方法が分かるかもしれないからな」
「ふぅん、そう。でも、渡すつもりはないよ」
クオンが立ち上がりながら言うと、真玄は「そんな!」と大声で叫ぶ。
「約束が違うじゃないか! 協力するんじゃなかったのか?」
それを気にせず、クオンは急須を持って別室に向かう。
「協力はするさ。でも、僕もリゲルズ・サーバーを狙っているからね。横取りはされたくないのさ。それに、リゲルズ・サーバーが元の世界に戻るための鍵だというのも確証がないしね」
「くっ……」
「もちろん、それが事実なら資料くらい提供するさ。でも、君達はただ手あたり次第気になるものを調べているだけ。それじゃあ渡す気にはなれないよね」
今の所、リゲルズ・サーバーが元の世界に戻るために必要だという証拠はない。真玄と寒太は反論しようとするも言葉が出なかった。
「そういうわけで、今日のところはこの辺で帰ってもらおうか。僕は君達をずっと相手しているほど暇じゃないからね。今後も協力する気はあるけど、資料を渡す気は……」
「心配ない、資料、ここにある」
不意に後ろのドアから女の声が聞こえ、全員事務所の入口へ振り向いた。
そこには、連絡が取れなかった本頭沙羅が、封筒を持って立っていた。




