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EP6:非リア生活

 青く透明な空にぽつぽつと白い雲が浮かぶ。地面を照らしつける太陽の光は、木々に遮られ、木漏れ日として優しく降り注ぐ。

 気が付くと、真玄はベンチに寄り掛かっていた。少し離れたところにある自動販売機あたりに目を向けると、見たことがある制服姿の女性がいた。


「あれ、俺は一体……」


 ぼうっとしていると、先ほどの制服を着た女性がこちらにやってきた。

 彼女はベンチまでやってくると、買ってきたジュースの一本を、真玄に差し出す。

 そして隣に座ると、真玄に何か話しかけてきた。


 懐かしい光景。真玄は、高校時代までの生活を思い出した。


 常に誰か隣にいて、とても楽しい毎日。

 彼女ができて、一緒に遊んで、たとえ振られても、友人たちが慰めてくれる。そして、また新しい出会いがあって……。

 しかし、大学生となった今では、彼女はおろか、遊びに行く友達すらほとんどいない。

 そんな日々を思い出し、真玄は思った。


「ああ、幸せだなぁ……」


 しかし、次の瞬間、急に顔のあたりが熱くなった気がした。

 目の前にいる女性も、真玄の方を見て、ひどく怯えている。


「え、な、なんだ?」


 誰かに助けを求めようとするが、周りの人はみんな逃げていく。


「な、なんだよ、なんだよこれ!」


 何故かのど元が苦しくなってくる。息ができず、顔に触れると、妙に熱い気がした。


「な、こ、これは……」


 自分の顔に触れられない。そんな気がして、手を顔から離す。

 しばらくして、耳元に嫌な爆発音が響き渡った、そんな気がした。


 ****


 目が覚めると、目の前には見慣れた天井があった。

 周囲を見渡すと、間違いなく真玄の部屋だった。


「なんだ、夢か。一体何だったんだ、あの夢は?」


 真玄は体を起こして布団をたたむと、用を足して顔を洗った。それから、テーブルに置かれている一冊の冊子を手に取った。


「『試験世界での過ごし方』、ねえ。昨日のことは夢じゃない見たいだな」


 パラパラとめくって読んでいるその冊子は、昨日真玄が帰った時に郵便受けに入っていたものだ。

 中には、「試験世界」での生活について、いろいろと元の世界と異なることや、過ごし方について書いてある。

 一部を抜粋すると、


・ライフライン(ガス、水道、電気)はすべて無料で使える

・携帯電話の通話は、この世界にいる人間、あるいはデリバリー注文の受付のみ通話可能

・システムは元の世界と違うが、一般人が使用するお店は問題なく営業している

・学校は夏休みと言うこともあり、全校休み。勉強は各自で行うこと

・仕事やアルバイトは行かなくても問題ない。仕事やアルバイトに行く場合、仕事は通常通り行えばよいし、やるべきことが分からなければ仕事場にあるパソコンで行うべき仕事が記されている

・仕事やアルバイトなどで働いた場合、その内容により、プリペイドカードに毎日チャージされる五千円とは別に、労働賃金がチャージされる

・公共交通機関も、プリペイドカード使用により使用可能

・インターネットも問題なく使える。ただし、個人サイトなど、更新されないサイトがかなり多い

・テレビはアニメやドラマなど、再放送しか放送されない


 といった感じだ。要するに普通に暮らす分には、ほとんど元の世界と同じように問題なく暮らせる、というようなことだった。


「あ、今日バイトがあるのか……って、別に行かなくてもいいのか。でも、使える額が増えるのはありがたいよなぁ」


 真玄はシフト表を見ながら、今日のアルバイトに行くかどうか悩んだ。

 しかし、予定は何もなく、「アルバイトに行ったらどうなるのか」ということが気になり、昼からのアルバイトに出ることにした。


 午前中は暇なので、パソコンを開いてネットサーフィンでもしようとした。そのとき、真玄のスマートフォンが鳴り響いた。

 電話の相手は、昨日知り合った芹井寒太だった。


『白崎か? 寒太だ。あの冊子、読んだか?』


「えっと、『試験世界での過ごし方』ってやつ?」


『ああ。そのことで、ちょっと話をしたいと思ってるんだが、今から昨日のファミレスでどうだ?』


 真玄は時計を見る。時刻は午前十一時過ぎ。ちょうど、朝食を兼ねた昼食を摂ろうと思っていたところだ。


「わかった、今から準備して行く」


 そう言って通話を切ると、だらしないシャツを着替えて出かける準備をした。


 ****


 真玄がファミレスに到着すると、既に寒太が席を取ってコーヒーを飲んでいた。

 相変わらず、他に誰も居ない店内に響き渡る入店音が、見た目以上の寂しさを醸し出している。

 ただ、昨日と違って、どこかで聞いたことあるような音楽が、小さな音で流れていた。


「やあ、待ったかい?」


「別に、問題ない。先に食事は済ませてしまったがな」


 真玄は寒太の座る席の向かい側に座ると、マークシートのオーダーを一枚手に取る。ランチメニューを見て一瞬迷ったが、「僕には構わないでくれ」と寒太がいうので、日替わりランチを注文した。


「夏なのにホットコーヒーって珍しいな」


「別にそんなこともないだろう。食後に飲む人は結構いるぞ?」


 ちょうど寒太がコーヒーを飲み終えたタイミングで、二人は飲み物を取りに行く。その間は、特に何も話をしなかった。


「それで、これについてなんだけど」


 真玄は、自分の荷物から「試験世界での過ごし方」の冊子を取り出した。


「どう読んでも、書いてあることは、特にいつもの世界と過ごし方は変わらない、としか読めないんだけど」


「ああ。しかし、もし本当にそうだとすると、わざわざこんなものを作る必要はあるのだろうか、と思うのだ」


「というと?」


「この冊子に書かれていることに、何か不備や罠がないかってことだ」


「罠?」


 途中でチン、と音がした。テーブルの近くの料理運搬用の箱を開けると、ハンバーグのいい匂いが漂う。

 真玄はそれをテーブルに運ぶと、フォークとナイフで肉を切り分けて口に運んだ。


「いつもと変わらない生活ができる……っていうのが、どうも怪しい。それに、この条件だと、別にだらだらしてても生活できることになる。まさに非リア充のためのシステムじゃないか」


「ん、まあ、確かに。でも、それがどうしたのさ」


 慌てて食べていた真玄は、肉が詰まってせき込んだ。それを見て寒太は、「慌てるなよ」とため息をついた。


「リア充を爆発させるなら、わざわざ非リア充優遇のシステムを作る必要はないだろ。何しろ、リア充ができなければ、奴らは実験できないはずだからな」


「あ、確かに。って言うことは、別にリア充を作る方法があるってことか?」


「どうかな、そこまではわからない」


 そう言いながら、寒太は残ったコーヒーを飲み干した。同時に、店内の音楽が別の音楽に切り替わる。


「どちらにしろ、いつ奴らがリア充にするための行動を起こすかわからないから、気を付けるに越したことはない。それに、ここに書かれていることが、何かの手がかりになるかもしれない」


 寒太は、自分の「試験世界での過ごし方」をしまうと、コーヒーのお替りを取りに行った。


「手がかり、か。しばらくは、この冊子を読んで、対策を立てた方がいいよな」


 そうつぶやきながら、真玄は残っている食事を済ませようとした。


「あー、いたいたー。え、二人きりで誰も居ないファミレス? ホモ? ホモが始まるの?」


 突然、聞いたことのあるうるさい声が、店内に響き渡った。真玄が入り口を見ると、十条麻衣の姿があった。


「いやいや、何でこんなところでホモが始まるのさ。腐女子かよ」


「そりゃ、非リア充と言ったら腐女子が代表でしょ! 男と男がいたらカップリングを考える。これぞ非リア充女の楽しみよ!」


「何で自分の性癖を、あたかも一般腐女子の性癖のように言うのさ?」


「な、性癖とか言うな! まあそれはいいとして、私もごはん食べるんだから!」


 そう言うと、寒太が座っていた席に座り、マークシートのオーダーに素早く記入し始めた。


「なんだ十条、来てたのか。せっかくなら、一緒に話をすればよかったな」


 コーヒーのお替りから戻ってきた寒太は、麻衣に席を取られたため、真玄の隣に座った。


「ほっほー、昨日も思ったけど、これはよい眺めだのぉ」


「いや、今腐女子っぷりを発揮されても」


 麻衣の口元を見ると、何故か涎が見えてくる気がする。真玄は麻衣のなんとも言えないいやらしい視線を感じながら、残ったハンバーグを全て平らげた。


「んでんで、どんなホモプレイしてたの?」


「んなことするか。それより、十条にも、少し話をしておこうか。大した話ではないがな」


 寒太は「白崎の意見も聞きたいし」と、真玄にも言った。しかし、真玄が食事を終え、スマートフォンの時計を見ると、既に時刻は十二時を過ぎていた。


「ごめん、この後アルバイトがあるから」


 そういうと、真玄はテーブルの食器を箱に入れ、席を立った。


「えー? マクロン、まだいるんじゃないのー? どうせ仕事しなくてもお金入るんだから、もっとだらだらすればいいのにー」


「え、ま、まく……? いや、どうせすることないから、バイト先がどうなってるのか気になって」


 そう言って、真玄は荷物を持つ。


「働くのは悪い選択ではないだろう。この先、どれだけお金を使うかわからないし、収入があるならそれに越したことはない」


 寒太がそういうと、真玄は「また今度」と言ってファミレスを後にした。

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