EP10:秘密基地
結局麻衣はそんなに酷い病状ではなく、一日入院したもののすぐに退院することができた。今回のこともあり、寒太から徹夜は当分避けるようにきつく言われ、あまり元気がなさそうだ。
病院に麻衣を迎えに行った後、真玄たちは麻衣を家まで送り届る。そのまま、アマミヤから貰った地図を頼りにそのままクオンがいるという場所まで向かった。
場所は案外近く、いつも集まっているファミレスから歩いて二十分ほどの所だった。ただ、特に道中の交通手段がないため、歩いて行くしかないのが少々辛い。
住宅街の日陰を通るとはいえ、まだまだ気温が高く、汗を滴らせながら真玄たちは歩き続けた。
「……それにしても、本当にこんなところにあるの? まだ住宅街続くみたいだけど」
太地が息を切らせながら真玄に尋ねる。途中で買ったペットボトルのジュースは、もう空っぽになりそうだ。よほどのどが渇くのだろう。
「この辺のはずなんだけど……ここか?」
真玄が足を止めたところは、よくある鉄筋コンクリート造りの四階建てのビルだ。外からはいくつかの部屋があることくらいしか分からない。事務所の一覧を見るが、三階以外は何も書かれていない。
「一階や二階の部屋はどうしたんだろうね?」
「さあ、前いたところが出ていってそのままなんじゃないのか?」
改めて建物全体を見る。よく見ると、三階だけ窓からブラインドのようなものが見える。事務所の一覧の通り、三階だけ誰かがいるようだ。
「とにかく行ってみよう。他に人がいるならそれに越したことはない」
そう言うと、真玄はビルのドアを開けた。
中はこの時期とは思えないほどひんやりとしている。まるでどこかから冷房の空気が漏れているような感じだ。
一応一階と二階も確認してみたが、何も残っておらずもぬけの殻だった。
真玄たちは階段で三階へ足を進める。コツコツと乾いた音だけが、辺りに響く。
三階のドアからは、少し明かりが漏れていた。太陽の明かりではなく、蛍光灯のような人工的な光だ。
真玄は恐る恐るドアを開ける。ひんやりとした空気が部屋から流れ込んでくる。部屋の中は、事務机とソファ、周りには何らかの資料だと思われるファイルがたくさん並んだ棚がいくつも目に付く。まるで応接室のだ。
「やあ、いらっしゃい。まあまあ、座ってよ」
奥からチャラチャラとした声が聞こえる。ソファで横になってくつろいでいたクオンは、座り直して真玄たちを招き入れた。
クオンを前にして、真玄たち三人は言われるがままソファに座る。応接セット用の黒い革のソファは、なんとも座り心地がよい。
「何か飲む? のどが渇いたでしょ?」
クオンは席に立つと、奥にある部屋に向かった。
「いや、俺は別に……」
「僕も別にいらないよ」
真玄と太地はそう言って断ったが、寒太は「熱いお茶でももらおうか」とクオンに要求した。
「へぇ、こんな暑い日に熱いお茶なんてね。まあいいや、ちょっと待ててね」
クオンは奥に引っ込むと、しばらくして急須と、湯のみを人数分持ってやってきた。お茶を一つ湯のみに入れると、それを寒太に手渡す。
寒太は軽く頭を下げると、「ではいただく」と言ってお茶を一口だけ口にした。
「さて、何から話せばいい? 珠子さんのこと? 僕の目的? それとも他に聞きたいことでも?」
手を広げてどっかりとソファに勢いよく座ると、クオンは上から見下すように真玄たちの顔を一人一人眺める。
「珠子さんはどこだ? あの後、一体どこに……」
「落ち着け白崎、話には順序というものがある。ここは僕が話をつけよう」
身を乗り出す真玄を押さえながら、寒太は冷静に言った。
「その方がよさそうだね。君は冷静で話が付けやすそうだから助かる」
「それはどうも」
寒太は再びお茶に口を付けると、「さて」と話を切りだした。
「そうだな……まずは白崎も気になっているようだが、姫束珠子さんは今どうしている? 白崎の話によると、お前がどこかに連れていったようだが?」
クオンは「ああ、そんなことか」と言いながら片手で湯のみを持ってお茶を飲む。
「君達……といっても、真ん中の君は知らないかな、ファミレスでのことがあった後、珠姫……珠子さんは家に帰ったよ。少しは連絡を取っているけれど、特にこれといったことはしていないね」
「なるほど……一応は無事だ、と考えていいのだな」
「そうだね、普通にやりとり出来ていたから、彼女になにかあったとは思えないね」
「そうか。ひとまずは無事だと考えてよさそうだな」
寒太が一人で納得していると、隣で真玄が「おい、寒太」と声を荒げる。しかし、寒太は首を横に振ってそれ以上言葉を紡がせない。
「珠子さんについては、とりあえず無事だということが確認できれば十分だろう。それ以上追究しようとしても恐らく無駄だ」
「うぅ……」
クオンは恐らくそこまで詳しくは知らないだろう、と加え、寒太は次の話に進むことにした。
「次は……そうだな、クオン、お前の目的についてだ」
「目的、ねぇ」
クオンはブラインドの閉まっている窓を見ながらため息をつく。
「アマミヤからある程度は聞いた。結婚詐欺師、らしいが何故そんなことをしているのだ? 大体、この世界では対象となる相手などそうそう出会えないだろう。それに、金ならプリペイドカードがあるはずだ」
そもそもの話、この世界に来ている人間は、ほとんどが家に引きこもっている。確かにフレンズシーカーを使えば外に呼び出すことは可能だが、この世界でそこまでする必要も感じられない。
「プリペイドカード? ああ、珠子さんが持っていたあれか。僕はもらってないぞ?」
「もらってない? どういう……ああ、それもそうか」
寒太は一人で納得しているが、太地は腕を組んで考え込んだ。
「どういうこと? プリペイドカードって、みんな持ってるんじゃないの?」
「桜宮、以前白崎から聞いただろう。アマミヤの話によると、犯罪者予備軍はプリペイドカードを持たされていないんだ」
「あ、そういえばそうだったね」
寒太に説得され、太地はうんうんと頷いた。
「そうなんだよね、珠子さんから聞いた時にはびっくりしたよ。食べる物もろくに無かったしね。それで、仕方なく珠子さんのプリペイドカードを使わせてもらっているわけ。もっとも、水は出るみたいだし、食べ物以外はそんなに困らなかったけれど」
「ふぅん、だとすると、他の犯罪者予備軍の人たちって、どうやって生活してたんだろうね?」
「さあね。生えている草でも食ってたんじゃない?」
太地の話に、クオンは笑いながら答えた。
「……もっとも、白崎がアマミヤから聞いた話から察するに、そういう欲求が満たせないためにすぐさま犯罪に走ったと考えられるがな」
「なるほどねぇ、僕みたいなのは特殊だった、ってことかな」
クオンはお茶を飲みながら、「そうそう、詐欺師の話だけど」と続けた。
「もちろん、僕は最初この世界でも詐欺を働こうと思っていたんだ。食糧を手に入れる手段がないから、ネットを使って適当な相手からお金を巻きあげようとしてね」
「なるほど……しかし、外に対象となる相手がいなかった」
「その通り。相手を探すのに困ったよ。幸いパソコンが使えたから、フレンズシーカーでなんとか探すことが出来たんだ。で、見つかったのが珠子さん」
「それで、金を巻き上げようと思った」
「まあね。その過程で、君たちが何かしているっていうのも分かったわけだけど」
クオンが不敵な笑みを浮かべると、真玄と太地はバツが悪そうに俯く。
「で、珠子さんを言いくるめて資金源は確保できたわけか」
「まあね、といっても少し食べ物とか生活用品とかを援助してもらった程度だけどね」
「それで……まだ続けるつもりなのか? その、結婚詐欺師は」
寒太はいささか呆れながら、クオンに尋ねる。
「そう思ったんだけどね、残念ながら詐欺にかける相手を見つけるのは大変だし、今のところこの世界で続ける気はないよ」
「それはそうだ。やる意味がまったくない」
「その代わり、新しい目標なら見つけた」
「新しい目標?」
寒太は飲みかけていたお茶から、思わず口を離す。
「そう、それが、多分君たちも気になっている、『リゲルズ・サーバー』さ」




