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EP9:病院

 麻衣が運ばれたのは、街で一番大きな病院だった。治療室に運ばれた後、二十分ほどで治療が終わり、一般病棟に移された。

 病院が発行する患者の病状などを伝えた書類、オートカルテには、「熱中症の疑いあり。疲労の蓄積により体力が低下し、衰弱している」とある。真玄たち三人は、ロボットに渡されたオートカルテを見ながら、「特に命に別状はない」の一言にほっとした。


「マイちゃん、疲れてるのかな。この世界に来て長いけど、まだ慣れていないのかも」


「さぁ、どうだろうな。十条のことだから恐らく……」


「カンタ君、何か心当たりでも?」


「いや、まあ、察しはつくと思ったのだが……」


「……?」


 首をかしげる太地をよそに、真玄と寒太は麻衣の病室へと向かった。

 オートカルテによると、二階の215号室とのことだ。広い病院のため、移動に少し時間がかかる。

 エレベーターに乗り、病室案内に沿って215号室に入ると、すぐさま麻衣が寝ているベッドが目に入った。病室は八畳程度の個室で、ベッドの他には小さな冷蔵庫とテレビ、そしてトイレと洗面所があるくらいで簡素な造りになっている。

 三人がベッドに近寄ると、麻衣はスースーと寝息を立てていた。


「寝ているだけのようだ。どうやら問題は無いようだな」


 寒太はそう言うと、近くにある椅子に座る。しばらく様子を見ていると、麻衣が「うぅん」と言いながらもぞもぞし始め、ゆっくりと目を開けた。


「……あれ、私、一体……」


 麻衣がきょろきょろし始めると、真玄は「麻衣、大丈夫か?」と声をかける。


「急に倒れたから驚いたよ。大丈夫? 具合悪くない?」


 真玄はほっとしたように息を吐く。


「今はまだ暑いからね。ちゃんと冷房とか使わないとダメだよ」


「あー……うん、冷房は点けてたんだけどね、ただ……」


「ただ?」


「昨日は徹夜でゲームしてて、寝不足なの」


 麻衣がてへっと舌を出しながら言うと、真玄と太地は「あらら」と拍子抜けしたようにがっくりとうなだれた。


「ふん、そんなことだろうと思った。寝不足な上に熱い中走り回ったそうだからな。結構きつかったんじゃないか?」


「そうそう、ファミレス出た後そのまま寝ようかと思ったんだけど、マクロンがクオンの所に行くって言うからさ」


 それを聞いて、真玄は「ごめん」とつぶやくと、麻衣は「何で謝るの?」と尋ねた。


「いや、まさかそんな状態だなんて思わなくてさ……ちょっと焦りすぎているのかな」


「確かにマクロ君、見ているとずっと焦ってる気がするね。少しは落ち着いて行動した方がいいと思うよ」


「……気を付けるよ」


 真玄は近くにあったパイプ椅子に座ると、病院内の自動販売機で買ってきたペットボトルのジュースを開けた。

 しばらく誰も口を聞かない。冷房の風がカーテンをゆらし、静かな時間が流れていく。


「そういえば、ここ、やけに静かだね」


 静寂に耐え兼ねたのか、麻衣がぽつりと漏らす。


「誰もいないから、だろうな。病院のお世話になるような奴がこの世界にいるとは思えないし、中で働いているのはロボットだらけだからな」


「悪かったねぇ、病院にお世話になる人がいて」


「おっと、これは失礼」


 病床にいる麻衣のことをすっかり忘れていたのか、寒太は中指で眼鏡を上げながら謝る。


「病院……そういえば、トモミちゃんのお父さん……知宏さんだっけ? 病院で働いてるって言ってたよね」


 太地は持っているスマホをいじりながらつぶやく。


「あ、知宏さんはこの街で住んでいる……っていうことは、もしかして、ここが知宏さんが働いている病院?」


「可能性は高いな。これだけ大きな病院があるのに、他の街で働いているとは考えにくい」


「じゃあ、この病院を調べれば、もしかしたら……」


 真玄はすっと立ち上がるが、寒太が「落ち着け」と言って止める。


「ここに向かう途中に軽く調べてみたが、どうやら立入禁止のところはもちろん、使っていない病室も鍵が掛かっているようだ。調べるにしても、病院の許可を取るなりなんなりの手続きが必要そうだ」


「うっ……それもそうか」


「……たしかにこの病院は気になるな。いずれは調べることになるだろう。気には留めておこう」


 寒太は病室を見回しながら、「ただし、まずは十条の回復が先だ」と続ける。


「まあでも、マイちゃんは大丈夫そうだし、僕たちはそろそろ帰らない? あ、マイちゃんが心配なら、ここに泊まってもいいけど」


「タイチと一緒なんて不安すぎるわ。私は大丈夫だから、もう帰ってもいいよ」


「ええ、そんなぁ」


 太地はがっくりとうなだれた。寒太はその様子を見ながら、「そろそろお暇させてもらう」と病室を抜け出した。真玄も、「それじゃ、お大事に」と麻衣に言葉を掛けて寒太の後に続く。

 病室を出ると、近くでクロミナが壁に寄りかかっていた。


「クロミナ、どうしたんだ?」


「どうしたもこうしたも、当然麻衣ちゃんが心配になって見に来たのよ。あ、主にあんたたちが変なことしてないか、だけど」


 クロミナは「ふっふーん」と言いながら地面まで着くほどの長い髪をかきあげる。


「桜宮ならともかく、十条に変な気を起こすことなんて無いと思うのだが」


「え、ちょっとカンタ君、それは酷いんじゃない?」


 後からやってきた太地が、寒太に向かって寂しそうに言う。


「男はなんとやら、って言うからね。麻衣ちゃんに手を出したら、私がお仕置きしてあげるわよ」


「へぇ、クロミナちゃんがお仕置きしてくれるの? じゃあ手を出しちゃおうかなぁ」


「んなー! サクラミヤタイチ! 気持ち悪い発想はやめなさい!」


 クロミナは太地に向かって地団駄を踏み続ける。寒太はそのクロミナに対し、「病院だ、おとなしくしろ」となだめた。


「ま、まあいいわ。後はこのクロミナちゃんに任せなさい。あんたたちは……クオンのところにでも行ってれば?」


 そう言うと、クロミナは「じゃあね」と言いながら病室に入ろうとする。


「あ、クロミナ、一つ聞きたいことがあるんだけど」


 真玄がクロミナを止めると、クロミナは「何?」と言って入口の前で立ち止まった。


「この病院って、調べることはできない? その、かわいいクロミナちゃんならやってくれるかなーって」


 多少お世辞を交えながらクロミナにお願いしてみるが、クロミナの表情は曇る一方だ。


「……あのね、私たちナビゲーターは、あんたたちの手伝いをするためにいるわけじゃないの。そこらへんは勘違いしてほしくないわね」


 クロミナは病院のドアに手を掛け、真玄たちを無視してバタンと閉めた。


「え、ちょ、ちょっと、クロミナ?」


「はいはい、ここは女だけの世界よ。あんたたちはさっさと帰りなさい」


 真玄は何とか話を聞いてもらおうと思い声を掛け続けるが、寒太が真玄の肩に手を掛けて止める。


「白崎、今日はおとなしく引き下がろう。あっちはあっちで都合があるのだろう」


「で、でも……」


「クロミナのあの言い方、何か引っかかる。一度様子を見た方がいいかもしれない。慌てるほどのことでもないからな」


 寒太の言い分に、太地も「今日は帰ろう」と賛同する。真玄はそれを聞いて、ようやく「分かった」とドアから手を引いた。


「……クロミナのあの様子……ナビゲーターの方にも、何か隠していることがあるのかもな。クオンの後には、アマミヤにも話を聞いた方がいいかもしれない」


 真玄と太地が廊下を歩く中、寒太は途中で立ち止まって麻衣の病室の方を見ながらそう思った。

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