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EP8:罠

 ファミレスで別れてから一時間が経とうとしている。

 時刻は午後一時前。真玄はいつもの公園でブランコに乗って寒太達が来るのを待っていた。

 陽が当たる国道と違い、日陰になっている住宅街はとても過ごしやすい。


「……沙羅ちゃんは、大丈夫なのかな」


 ブランコをこぐたびにキィ、と音が鳴る。

 本頭沙羅は、いつもこの場所で本を読んでいた。今は、どこにいるのか分からない。

 空を見上げると、あの時沙羅が言った言葉が頭をよぎる。


 ――私も私の考えで動く。真玄達は真玄達の考えで動けばいい――


 彼女には彼女なりの考えがある。しかし、それが何なのかは、真玄にはまったく見当がついていなかった。


「……何も無ければいいけど……」


 そう思っていると、遠くから声が聞こえてきた。聞きなれた、男女三人の声。寒太たちだ。

 公園の入口から三人の姿が見えると、真玄は「こっちだ」と手を振る。寒太は相変わらず不愛想な態度だが、対照的に太地は笑顔でこちらに手を振り返してきた。


「ちょうどカンタ君とそこで会ったんだ」


「そう……じゃあ、行こうか」


 真玄がそのまま行こうとすると、寒太が「待て、白崎」と手を引っ張った。


「桜宮から話は聞いた……本当に大丈夫なのか? 罠という可能性はないのか?」


 手がかりはアマミヤからもらった住所と、簡単な地図のみ。それが正確という保証はない。


「……手がかりがない以上、行ってみないと分からない。それに、クオンはともかく、アマミヤが罠を張るとは思えない」


「ほお?」


「それに、日時の指定もされていないし、俺たちがいつ来るのかクオン本人が分かっていないはずだ」


「……たしかに、そう考えるといつ来るか分からない相手に罠を仕掛ける必要もない、か」


 寒太はあごに手を当てながら頷く。しかし、太地と麻衣はさっぱり分かっていないようだ。


「ええ、そうなの? いつ来てもいいように罠を張ってるかもしれないじゃん」


「十条はいつくるか分からない相手に対して、ずっと罠を張って待っているのか?」


「いや、ほら、落とし穴とか、トラばさみとか」


「……僕たちをケガさせたり殺したりする理由がないと思うのだが?」


「ほ、ほら、身代金目的とか! 特に、私なんてか弱いから!」


「どこがだ。そもそも金と言ってもプリペイドカードだし、大金なんて持っているわけないだろ」


「うぅ、確かに……」


「それに、相手は犯罪者予備軍だ。プリペイドカードなんて持っていない。どうやって受け取る気だ?」


「あっ」


 麻衣は「てへっ」と言いながら自分の頭を軽くこづく。


「うーん、僕たちを殺しても、何もメリットないよね。まあ、マクロ君やカンタ君の言う通り、罠なんて無さそうだね」


 太地も真玄たちの考えをようやく理解したのか、うんうんと頷いた。


「それはそうだけど、慎重に動かなくて大丈夫? もう少し調べるとか」


「へぇ、マイちゃんでも慎重っていう言葉を使うんだね」


「わ、私だって、そのくらいは考えるよ」


 麻衣は太地に怒鳴るように言う。


「たしかに麻衣の言う通りだけど、今は急がないと」


 真玄はそう言うと、公園から出て住宅街の道へ歩きだした。その後を、太地が慌てて追いかける。

 寒太も「やれやれ」と言いながらついて行こうとするが、ふと振り返ると下を向いている麻衣が気になった。


「十条、さっきから気分が悪そうだが、休んだ方がいいんじゃないか?」


 寒太に声を掛けられ、麻衣は思わず「え?」と聞き返す。


「だ、大丈夫だよ。別に、何ともないから」


「そうか? なんだかフラフラしているように見えるし、顔が青ざめているぞ。それに……」


 寒太は麻衣に近づき、そっと右手を麻衣の額にあてる。


「え、ちょ、ちょっと、カンタ?」


「……汗が出ていないし、熱もあるようだが?」


「そ、そんな……こと……な……」


 最後まで言えず、麻衣は寒太に体を預けるようにその場で倒れ込んだ。


「……! おい、十条! しっかりしろ! おい! 白崎、桜宮、十条が大変だ!」


 大声で叫ぶ寒太に驚き、真玄と太地が慌てて引き返す。


「ちょ、マイちゃん、しっかりして!」


 太地が麻衣の身体をゆするが、麻衣は「うーん」とうなるだけで反応しない。


「多分熱中症だ。とりあえず応急処置が必要だ。桜宮、確かいつもタオル持っていたな。それを水に濡らしてきてくれ。白崎は十条をそこのベンチに休ませるのを手伝ってくれ」


「セリイカンタ、早く救急車呼びなさい! 手遅れになるわよ!」


 真玄が麻衣に肩を貸した時、不意に公園の入口から聞きなれた女の声が聞こえた。


「クロミナ? どうしてこんなところに?」


「そんなことはいいじゃない。それより、早く救急車を!」


「救急車? この世界でも来るのか?」


「あーもういちいち細かいわね。スマホ持ってるでしょ? それで110! 知ってるわよね」


「それを言うなら119だ。110だと警察が来てしまう」


 寒太に指摘され、クロミナは地団駄を踏みながら「うるさい!」と叫ぶ。


「と、とにかくその、119しなさい! あとはスマホのGPS拾って勝手にこっちに来るから!」


「えらい便利だな。しかし事態は一刻を争う。白崎、お願いできるか?」


 麻衣を近くのベンチに横にすると、真玄は慌ててスマホを取りだし、119番にかける。すぐにつながったが、ノイズのような機械音しか聞こえない。しばらくすると、「受け付けました。ただいま救急車を手配しています」という音声が流れた。


「……これでいいのか? そもそも119番だけじゃ、火事と判別つかないと思うんだけど」


「ふっふーん、この世界の救急システムは優秀なのよ。そもそも火事があったなら、とっくに消防車が向かっているわよ」


「なるほど……しかし、救急車が到着する前に、応急処置はしておかないと……」


「その必要はないみたいね」


 クロミナは視線を公園の外に向ける。すると、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。


「……早いな。いくらなんでも」


「言ったでしょ? この世界のシステムは優秀なのよ」


 クロミナが腕を組みながらふっふーん、と胸を張っていると、サイレンの音はどんどん近づき、やがて近くで消えた。同時に、公園の入口に救急車の姿が見える。

 しばらくすると、ロボットが何台かこちらに向かい、麻衣の横たわっているベンチに近づいてきた。ペタペタと麻衣の身体に触れて様子を確認すると、担架を持ったロボットがやってきてそこに麻衣の身体を乗せた。

 あまりの手際の良さに、真玄たちは麻衣が救急車に収容されるまで、終始その様子を黙ってみるしかなかった。


「えっと……病院までは少し距離があるけど、あんたたちも乗る? あと三人くらいなら乗れると思うけど」


「当然でしょ。女の子を放ってはおけないよ。ね、マクロ君」


 太地は真玄に向けて言ったが、真玄は下を向いて動こうとしない。


「……白崎、気持ちは分かるが、慌てて行く必要はないだろう。僕たちは病院に行くが、どうする? 一人でクオンの所に行くか?」


 そう言い残し、寒太は太地と共に救急車に向かった。真玄はそれを見て、焦る気持ちを押さえて寒太の後を追った。


「……俺も行く。クオンのことは気になるけど、麻衣のことは心配だから」


「うん、それでこそ男だよね」


 救急車の中では、既にロボットによる応急処置が施されている。最後に真玄が乗り込むと、ドアが閉まり、救急車はゆっくりと動き出した。

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