EP7:種類
太陽は真上に昇り、日差しが容赦なく照り付ける。真玄は部屋に戻ると、汗でぐっしょりとなってしまった服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びた。
今日はいろんなことが同時に起こって疲れた気がする。それに、気になる点がいくつもある。
「……あの女の子、やっぱり死んだのだろうか?」
真玄が見た、殺人鬼が少女の胸をひと刺しにする光景。遠くから見ても心臓に刺さったことがわかった。そのあとの、刃物を抜いた後に溢れ出す血しぶきが頭に蘇る。
「……助かるわけないよな……助けられなかった……」
この世界に来て、初めて犯罪者予備軍以外の人間の死を見た。
人が死ぬところを見るのは慣れている。そのはずだった。しかし、何故か心のもやもやが取れない。
「……やっぱりこの世界はおかしい。とにかく、アマミヤに話を聞かないと」
真玄は風呂場から出ると、すぐさま出かける準備をした。
せっかくシャワーを浴びたのに、この日差しの下ではすぐに汗ばんでくる。しかし、吹きぬける風は以前よりも涼しく感じる。
いつものファミレスに着くと、聞きなれた入店音が迎えてくれる。今日はよく聞くアニメの音楽が流れているようだ。
「やあシロサキマクロ、待っていたよ」
どこに座ろうか迷っていると、入口から一番近い席で既にアマミヤがコーヒーを飲みながら待っていた。
「アマミヤ……話っていうのは……」
「おっと、それはみんな集まってからでいいだろう。えっと、あと来るのはジュウジョウマイとサクラミヤタイチか。セリイカンタは忙しいって言ってたからな」
「寒太は来ないのか……何か調べものをしてるのかな?」
「さあね。とりあえず座って何か頼むといいよ。今日は僕のおごりだ」
そう言うと、アマミヤはマークシートを手にして真玄をこちらに手招きした。
言われるまま席に着くと、とりあえずミックスピザを頼んで席を立つ。
「おや、そんなものでいいのかい?」
「別に、そんなにお腹が空いているわけじゃないし」
「おごりの時は、それなりに値が張るものを頼むものだよ。じゃないと、おごる側の立場が無いからね」
アマミヤの話を聞いてか聞かずか、真玄はドリンクバーでウーロン茶を注ぐと、その場で一気に飲み干した。よほどのどが渇いていたのだろう。
もう一杯ウーロン茶を注ぐと、アマミヤのいる席に座る。何か聞こうかと考えたが、この様子ではアマミヤは恐らく答えてくれないだろう。
コーヒーをお替わりするアマミヤをしり目に仕方なく窓から景色を見ていると、入店音が聞こえた。
「あ、マクロン、もう来てたんだ」
「やあ、マクロ君。なんだか久しぶりだね」
入口に目をやると、汗だくになった麻衣と太地がこちらに手を振っている姿が見えた。
「全員そろったようだね。あ、君達も何か頼みなよ。今日は僕のおごりだから」
「やった! じゃあ、一番高いやつを頼もうっと」
麻衣は席に座る前にテーブルからメニュー表を取ると、マークシートにチェックを入れて太地に手渡した。太地も、メニューを見ながらチェックを入れる。
マークシートを受け取ったアマミヤは、自分のプリペイドカードと一緒にマークシートを機械に入れた。同時に、真玄が頼んでいたピザが出来たようだ。
「先に食べなよ。食べながらでも話はできるし」
アマミヤがピザをテーブルに運ぶと、真玄の前に差し出す。真玄は何も言わず、そのうちの一切れに手を伸ばした。
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「さて、さっきの殺人鬼だけど、こっちの手違いでとんでもない奴を呼び出してしまったようだね。余計な不安を持たせてしまって申し訳ない」
アマミヤはそう言うと軽く頭を下げた。軽い感じだとはいえ、今まで謝ったことがないアマミヤの姿に、真玄たちは思わず食事の手が止まる。
「……手違い? あの変な奴、本当はこっちに来るはずじゃなかってこと?」
麻衣はステーキを切りながら、アマミヤに尋ねる。
「まあ、端的に言うとそうだね。今回は……というか、今回も、なんだけど、コノルーの奴が連れてきた犯罪者予備軍なんだけど……」
「え、あのセクハラしてくる変な奴が?」
「そう」
アマミヤは何杯目か分からないコーヒーにスティックシュガーを入れ、スプーンでかき混ぜながら言った。
「まったく、あいつは全然仕事ができないんだからね。欲求を満たさない犯罪者予備軍に人殺し予備軍。こんなんじゃ、本来の目的を果たせないっていうのにね」
「本来の目的? リア充を爆発させる実験のことか?」
「その通り」
真玄が尋ねると、アマミヤはコーヒーに口をつけながら答える。
「犯罪者にもいろいろあるんだけど、大体大きく分けて二つのタイプがあるんだ。一つは自分の欲望を満たすための犯罪、もう一つは復讐のための犯罪さ」
「欲望を満たすためと、復讐のため……つまり、欲望を満たす方を呼び出して、実験をしようと?」
「さすがに物分かりがいいね、シロサキマクロ。理由は……なんとなくわかるよね」
「欲望を満たさせて、爆発するかどうかの実験をすること、か」
「そうさ。そのために、前者のタイプの犯罪者予備軍が必要なのさ」
アマミヤは残ったコーヒーを一気に飲み干すと、はぁ、とため息をついた。
「それなのに、コノルーの奴はクオンのような復讐のための犯罪者予備軍を連れてきたのさ。さっきの殺人鬼にしたって、あんなに凶暴な奴、誰かに危害を加えるに決まってるのに連れてきて」
「ふぅん、一応、そこらへんは考えているんだねぇ」
「そうだよ、サクラミヤタイチ、君と違ってね」
「ちょ、僕と違ってって、どういうことさ?」
太地がテーブルから乗りだそうとすると、危うく注文していたパフェの容器が倒れそうになり、麻衣が慌てて支える。
「だってタイチ、全然考えてなさそうじゃない?」
「もう、マイちゃんまで……」
太地が服に着いたクリームを拭いていると、アマミヤは「続けてもいいかな」と呆れた顔で言った。
「そういうわけで、コノルーには厳しく言っておくけど、とりあえずはお詫びってことで」
そう言ってアマミヤがお替わりに立とうとすると、真玄が「ちょっと待って」とアマミヤを止めた。
「復讐のため? クオンは、誰かに復讐しようとしているのか?」
一瞬立ち止まったアマミヤだが、構わずコーヒーのお替わりに向かう。カフェラテのボタンを押すと、アマミヤは席の方には向かずに答えた。
「そうさ。キハナクオンは結婚詐欺師。その目的は、とある人物への復讐さ」
「とある人物? それは一体……」
カフェラテを持ってアマミヤが戻ると、座る直前にふぅ、と一息ついたように見えた。
「さてね。そこまで詳しいことは知らないよ。なんなら、本人に直接聞いてみたらどう?」
「直接っていわれても、居場所なんて知らないし……」
「そのぐらい、自分で何とかするしかないね」
カフェラテを手に持ち口にしようとしたが、アマミヤは「……と言いたいところだけど」と続けた。
「今回はこっちのミスもあるわけだし、特別にキハナクオンの居場所を教えてあげるよ」
思わぬ一言に、真玄は「えっ?」と声に出してしまった。
「へぇ、案内人って、個人情報は教えてくれないんじゃなかったっけ、確か」
太地が突っ込むと、アマミヤは「まあね」と答える。
「本当は知っている個人情報を教えるのは良くないんだけど、特別だよ。それに」
カフェラテを半分ほど飲むと、アマミヤはゆっくりと席を立つ。
「彼も、君達と話をしたいみたいだからね」
そう言って、アマミヤは店から出ようとした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、一体どういう……」
「さあね、後は彼から直接聞くといいよ。あ、居場所ならここだから」
そう言うと、アマミヤは何かの紙きれを地面に落とし、その場を去っていった。
「……クオンが復讐ねぇ。一体、何が目的なんだろうね」
「とにかく、行ってみるしかないな。そうだな……一時間後に、公園に集合しよう」
「公園、ね。一時間もかかんないと思うけど、何か準備でもあるの?」
太地は残ったパフェを食べあげると、コーラを一気に飲み干した。
「いや、特に用事ってほどでもないけど……」
「そう? まあいいや。えっと、カンタ君は誘うとして……マイちゃんはどうする?」
麻衣に話を振るが、麻衣はステーキを食べるのに必死だ。
「え、あ、ごめんごめん、行く行く! 私だって、何か役に立ちたいし」
「うーん、大丈夫かなぁ」
心配そうに麻衣を見る太地を見て、真玄は「珍しい光景だな」と突っ込んだ。




