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EP5:過ち

 知美がどこかに行ってしまってから丸一日が経った。何度か沙羅や知美に電話を掛けてみたが、一向に連絡が取れない。


「知美も沙羅ちゃんも、一体どこに行ったんだろう?」


 真玄は飲み物の補充をしながら、一人呟いた。

 こういう時に、お互いの住んでいる場所が分からないことがもどかしい。もちろん簡単に教えることはできないのは分かっているが、やはり聞いておくべきだったか。

 そんなことを思いながら一通り作業を終えると、真玄はバックヤードに向かった。ちょうどバイトの終わる時間だ。


「はぁ、今日もやっと終わった……お客さん来ないと暇だな」


 真玄のバイト時間は、一日三時間。普段は接客が中心なので経つ時間も早い。

 しかし、客が来ない上にやってもやらなくてもいいような仕事ばかりしかなく、今は時間が経つのが遅く感じる。もっとも、今はほとんどバックヤードで休憩しているので、それほどでもないようだ。

 荷物をまとめ、着替えようとした時だ。珍しく入店音が鳴り響いた。


「……知美!?」


 脱ぎかけた制服を慌てて着直すと、すぐさまレジに向かった。途中、机の脚に引っかかってこけそうになる。


「マクローン、暇だったから来てあげたで!」


 そこにいたのは、のんきにこちらに手を振っている十条麻衣だった。


「なんだ、麻衣か。珍しいな」


「なんだ……って、酷いなぁ。それとも、突然美人がやってきてドキドキしているとか?」


「そんなわけないだろ」


「そういう時は『そうだよ、君のことを待っていたのさ』とか言うべきじゃないの?」


「俺に言われてうれしいのか?」


「全然」


 真玄ははぁ、とため息をついて、バックヤードに戻った。


「ちょ、ちょっとマクロン、お客さんいるんだからちゃんと接客しなさいよ!」


「もうバイトは上がりなんだ。着替えるからちょっと待ってくれ」


「えぇ、お客さんいるのに帰る気? ねえ、ジュース欲しいんだけどさぁ」


「セルフレジがあるだろ。そっちで会計しな」


「まったくもぅ……」


 麻衣は仕方なく手に持ったジュースをセルフレジに通し、会計を済ませた。

 数分と経たないうちに、真玄が荷物を持ってレジに戻ってくる。着替えると言っても大して時間がかからなかったようだ。


「……で、何をしに来た?」


「いやぁ、たまにはマクロンの仕事ぶりでも見ようと思ったんだけど」


「タイミング悪かったな。また明日でも来ればいいさ。もっとも、ほとんどやることなんて無いからバックヤードに引っ込んでいるだろうけれど」


「うわぁ、サボりだぁ、サボってお給料もらってるんだぁ」


「仕方ないだろ、やることなんてほとんど無いんだから」


 真玄もジュースコーナーから一本適当に取ると、セルフレジで会計を済ます。


「でもいいなぁ、何もしないでバイト代もらえるなんて」


「麻衣だって貰っているだろ、毎日五千円」


「それはそうだけどさぁ」


 店を出ると、いつも通りの熱気と日差しが真玄たちを襲った。徐々にマシになってきているとはいえ、まだまだこの暑さは続きそうだ。


「……ところで、知美ちゃんとは連絡取れた?」


「それが全然。電話にも出ないよ」


 知美がどこかに行ってしまったことを聞き、麻衣からも電話を掛けてみたという。しかし、やはりつながらないようだ。同じく沙羅とも連絡がつかない。

 自転車を押しながら、焼けたアスファルトの道を歩く。車が通らないので、少し道路にはみ出しているのが気にはならない。


「うーん、二人ともどこに行ったのかなぁ。やっぱり、あのクオンっていう奴のところ?」


「まさか……いや、でも知美の方はわかんないな。クオンにそそのかされて、そっちに行っちゃったかも」


「えぇ、大丈夫かなぁ……」


「さぁ……心配だけど、今の所クオンが手を出す様子もないし、そもそもクオンの居場所が分からないことには……」


 頭を掻きむしる真玄を見て、麻衣はクスクス笑い出した。


「な、何がおかしいのさ?」


「マクロン、ちょっと慎重になっているよね。今までだったら、『早く助けに行かなきゃ!』とか言ってそうなのに」


「え、そうか? 今までそんなこと考えたことがなかったけど」


「多分、だんだん人を信用するようになってきたのよ。沙羅ちゃんだって知美ちゃんだって、少し前だったらちょっといなくなっただけで心配していたじゃない? でも、今はそうでもないんじゃない?」


「まあ……沙羅ちゃんは何か考えがあるんだろうし、知美にしたって、一応空手が使えるし、一人で何もできないわけじゃないし、知宏さんのことも一番詳しいだろうし……」


「そこまで考えているんだったら、やっぱりそうだよ」


 途中、住宅街に入る道の段差で麻衣は転びそうになった。真玄が手を引っ張り、「気を付けろ」と言うと、麻衣は舌を出して笑った。


「えっと……あれだよ、過保護っていうのかな。信頼していなかったら、離れちゃうと不安になるでしょ? 不安にならないってことは、『あいつは大丈夫』って思ってるってことだよ」


「そんなもんかなぁ。心配していないことは無いんだけど」


「まあでも、あの二人なら大丈夫じゃない? 戻ってくるまで待っていようよ」


「……それもそうだな」


 麻衣の一言で、なんとなく気が楽になったような気がした。

 今までが心配し過ぎだった……もしかしたら、そうかもしれない。これからは、もう少し人のことを信頼するようにしよう。真玄はそう心に決めた。


 住宅街に入ると、建物の影で幾分か涼しくなる。しかし、吹く風は生ぬるくて少し気持ち悪い。


「……ところで、今どこに向かってるの?」


 当てもなく歩いている真玄に、麻衣が尋ねる。


「ああ、公園だよ。もしかしたら、沙羅ちゃんがいるかと思って」


「それは無いんじゃないかな。マクロンに見つかるようなところには行かないと思うな」


「そうだけど、念のためだよ、念のため」


 向かっているのは、沙羅と初めて出会った公園だ。わずかながら期待を込め、住宅街を歩いていく。カラカラという自転車の音と風の音くらいしか、聞こえる物がない。


「……何回歩いても、やっぱりこれだけ静かだと不気味やなぁ……」


「そう? 俺はもう慣れたけど」


 いつの間にか麻衣は、真玄の自転車のサドルに捕まっていた。何故そんなところを捕まえているのかは分からない。


「……もしかして麻衣ちゃん、怖がり?」


「え、いや、そういうわけじゃないけど、ほら、こういうのが苦手っていうか……」


 麻衣が両手を振って必死に否定していると、突然奥から悲鳴が聞こえてきた。


「……! マクロン、さっきの声って……」


「女の子? でも沙羅ちゃんや知美の声とは違う。もしかして……」


 真玄は自転車にまたがると、急いで声のした方へ向かった。麻衣も慌ててついて行こうとするが、まるで追いつかない。


「ま、待ってよ、ちょ、マクロン?」


 麻衣の声などそっちのけで、真玄はさらに自転車をこぐ速度を上げる。

 嫌な予感がする。とにかく急がないと。そう直感し、真玄は自転車をこぎ続けた。

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