EP3:木花クオンの狙い
冷房の効いた店内は、真玄のよく知っている音楽が流れている以外は実に静かだ。いつものように客が居らず、店内には真玄一人しかいない。
いつものように掃除や商品の補充をするものの、これも別にやる必要がないことだ。しかし、仕事の時間である以上、何かやらないと手持ち無沙汰になってしまう。
「……それにしても、一体いつやっているんだろうな」
真玄が店に来ると、バックヤードにいつも商品が置かれている。真玄は発注する担当ではないので、誰かがやっているのだろう。他にも、客が来ていないにも関らず適度に汚れていたり、毎回のように賞味期限切れの食品が見つかるので、適度に退屈せずに済んでいた。
「仕事も、充実した生活を送るのに必要ってことだろうか?」
真玄は、太地が言ったことを思い出した。
「そもそも、リア充の基準って何なのだろう?」
世間では「リア充爆発しろ」などと言われるが、そもそもリア充というものについて深く考えたことは無かった。今までは、彼女が出来ればリア充だの、金持ちならリア充だの、友達と遊びまくっていればリア充だの騒いでいたのだが、真玄自身「リアルが充実している」という状態が実際どんなものなのか、分かっていない。
「はぁ……こんなにリア充について考えることになるなんてな……」
フライヤーを掃除しながら、真玄はため息をついた。
パーツを洗い終わり乾燥させていると、入店音が聞こえた。この世界での客は珍しいので思わず肩をピクリとさせたが、いつものクセで、真玄は入口のほうに振り向く。
「いらっしゃいませ……あっ」
客は風野知美だった。いつもどおりのワンピース姿で、少し俯いて何かを考えているように暗い表情をしている。
「知美、大丈夫なのか?」
「……」
知美は真玄の方を向かず、弁当の置いてあるところまで歩く。数あるおいしそうな弁当の中からから揚げを手に取ると、すぐにレジに向かった。
「えっと……温めますか?」
弁当を差し出された真玄は、反射的に口に出す。知美が小さく頷くと、真玄は手馴れた様子で弁当をレジで温め始めた。差し出されたプリペイドカードをレジに通し会計を済ますが、知美は何も話そうとしない。
「……知美、まだ気にしているのか? 珠子さんのこと」
「……」
何とか話をつなげようとするが、知美は口を開かない。ピーッというレジの音が鳴ると、真玄は温めた弁当をレジ袋に入れる。真玄は温めの時間を利用して何とか知美と話がしたいと思っていたのだが、さすがに数十秒では難しかったようだ。
レジ袋を知美に手渡そうとした時、再び入店音が鳴った。知美以外に客が来るのは珍しい。
「いらっしゃいま……えっ!?」
入ってきた客の正体が分かったとき、真玄の顔が引きつる。珠子を唆して真玄から引き離した男、木花クオンだったからだ。
「あ、いたいた。君だね、風野知美ちゃんって。あ、君はこの前僕達のことを盗撮していた……」
「……何しに来たんだ?」
突然の来訪者に、真玄は警戒の色を強める。
「僕がコンビニで買物しに来ちゃ駄目なのかい? あんまり料理は得意じゃなくてね、いつもコンビニ弁当なんだ。あ、でも今日の用事は弁当じゃなくて、知美ちゃんなんだけどね」
「知美に? 一体何の用なんだ?」
ちらりと知美の様子を伺うと、知美も少し警戒しているのか、体が引き気味になっている。だが、真玄ほどではないのか、表情はさほど変わらない。
「君には関係ないでしょ。いや、多少は関係あるかもしれないけれど、だからってどうってことは無いんだけれど」
クオンはゆっくりと知美のほうへ近寄る。知美は少し驚いて一歩引いたが、逃げる様子はない。
「知美ちゃん、君の友達から預かり物があってね。ついでに、僕の連絡先も渡しておくから、何かあったら連絡してよ」
知美の目の前で立ち止まると、クオンは知美の手に紙切れのようなものを渡す。
「……君の父さんのこと、もっと知りたくはないかい?」
「……!」
クオンが知美の耳元で呟くと、知美はピクリと肩を震えさせる。
「じゃ、連絡待ってるよ、知美ちゃん」
「ちょ、おい、待てよ! お前の目的は何なんだ?」
「目的? さぁ、君と同じじゃない? ま、どうでもいいじゃない。今は、ね」
真玄がクオンを引きとめようとするが、クオンは背中越しに右手を上げて出て行ってしまった。入店音が、静かに店内に響き渡る。
「ったく、一体何をしに来たんだ」
一旦は追いかけようとおもったが、カウンターを離れたときにはもうクオンの姿は見えなくなっていた。
「あんな奴なんて、放っておけばいいよ、知美……知美?」
知美は先ほどクオンから渡された紙切れを見ながら、ずっと黙ったままだ。
「知美、一体何が書いてあるんだ?」
「……ごめんなさい、私、行かなくちゃ」
「知美、どうしたんだ? あいつに脅されているとか……」
「お父さんが待ってるから……」
知美はおぼつかない足取りで店から出ようとする。しかし、真玄は知美の手をつかんで引き止める。
「待て、行っちゃだめだ! きっと罠だ!」
「どうして? お父さんの手がかりがあるかもしれないのに、どうして行っちゃ駄目なんですか?」
「その紙に何を書いているのか知らないけど、あいつはとても信用できない」
「じゃあ、真玄先輩は、お父さんについて何か手がかりをつかんだんですか?」
「それは……」
真玄の手の力が抜けると、知美の手がすっと離れる。
「罠でもなんでも、今はお父さんの手がかりが欲しいんです。たとえ罠でも、行ってみないと分からない。このまま何も進展が無いよりは、少しでも……」
そう言って、知美は店を出ていった。真玄はそれをただ呆然と見届けるしか出来なかった。
「……あんなに強く言うなんて、あの手紙、よほど知美の心を動かすことを書いていたんだな」
既に知美の姿は見えない。真玄はため息をつきながら、レジカウンターに戻った。
「せめて、俺が知宏さんの手がかりをつかんでいれば……」
今は何も出来ない、そう思いながら、真玄は乾いたフライヤーのパーツを組み立てた。




