EP5:不明点
窓から見える空は、夕焼けから藍色へと染まっていく。少しばかりの街灯が、暗くなるにつれてその場所だけ昼間のように明るく感じる。
おそらく外から見れば、ファミレスの店内はかなり明るく見えるのだろう。
数少ない店の明かりの中で、四人はテーブルで今後についてを話そうとしていた。
「まずは、わからないことを挙げていこう。そうすれば、今後僕たちがするべきことが見えてくるはずだ」
「そうだね、とりあえずはその、リア充が爆発するっていう仕組みかな」
真玄が言うと、寒太がA4ノートにスラスラと丁寧に、言ったことを書いていった。
「それが一番の問題だな。何しろ、どんな仕組みで爆発しているのか、わからないと対処のしようがない。それに、『リア充』と言っても、何をもってリア充とするかが分からない」
「えー? リア充って、彼氏彼女がいる奴らのことじゃないのー?」
麻衣は飲んでいたジュースのコップをタン、とテーブルにたたきつけると、歯がゆそうに言った。
「別に、恋人だけの話じゃないでしょ? 例えば幸せな学校生活を送っていたり、ゲームしてるだけで幸せになったり、毎日好きな物食べてたりするリア充だっているじゃん」
「そりゃ、タイチはそうかもしれないけどさぁ、やっぱり恋人って欲しいじゃん」
「そりゃまあ、恋人がいた方が楽しいことが多いかもしれないけど、恋人がいたって、ケンカしてたり、なんかこう、冷めていってたら楽しくないじゃん。それって、リアルが充実してるって言うのかな?」
「うぅ、それはそうだけどさぁ……」
麻衣が太地に反論されて俯いていると、真玄が「あ、そうか」と声を上げた。
「つまり、リアルで充実していたらダメなんだ。ってことは、パソコンとかスマホとかゲームとか、そういうので生活が充実していても爆発はしないってことなんじゃないかな」
「なるほど。ただ、あいつらは『研究』だか『実験』だか言っていたから、二次元に逃げようと何だろうと、何らかの形で幸せだと思ったらアウトなのかもしれない。念のため、そういうことには注意した方がよさそうだな」
寒太はそういうと、「リア充にはならない」と書いてそれを丸で囲った。
「後は、目的だよね。一体何のためにリア充を爆発しようとしてるんだろう?」
「どうせリア充が爆発したら、非リア充が救われるとか、そういう変な思想を持ってるんじゃないの?」
「うーん、でも、リア充爆発させたら、働き手がどんどんいなくなって、結局非リア充たちも困るんじゃないの? それに、非リア充たちだって、いつかはリア充になるかもしれないし」
「あ、そうか。そう考えると、よくわからないわね、やっていることが。あ、ちょっとジュース取りに行ってくるから、どいてくれる?」
窓際にいた麻衣は、太地に断りを入れて、ドリンクのお替りに向かった。
「それと、この世界って、人がいないんだろ? 俺たちはどうやって生活すればいいのさ? 電気は通ってるみたいだけど、ガスや水道はどうなのかな。お店は開いてるの? 学校やアルバイトは?」
一気にまくしたてる真玄に、寒太は書く手が追いつかないようだ。一旦、書くのをやめてボールペンを置く。
「ファミレスが開いてるんだから、他の店も似たような感じで開いてるんだろ。そのためのプリペイドカードだしな。料理が作れるってことは、ガスも水道も通ってるだろうし、今は八月だから、学校は休みだ。問題ない。仕事は……わからんな。それは調べてみるしかない」
「つまりは、ここで暮らす分には、不自由はしなさそうってことだな」
「わからんことは、案内人にでも聞けばいいだろう。『実験』のことについては教えてくれなさそうだが、生活のことについてはサポートすると言ってたからな」
「それもそうか。帰ったら聞いてみよう」
「白崎、お前あの案内人の連絡先、わかるのか?」
「……あっ」
寒太の冷静な質問に、真玄は思わず口を手でふさいだ。それを見て、太地はぶっ、と飲みかけたジュースを吐きそうになった。
「ま、どうせそのうち現れるだろう。一応、ファミレスで食事はできることだし、いざとなったらここでしばらく居座ればいい」
「いや、それはどうかと思うけど……」
「ともかく、少なくとも食事に関しては問題なさそうだ。あと、自宅はそのままだったから、寝る場所も服も大丈夫だろう」
そういうと、寒太はまた何か書きこんだが、手が邪魔でよく見えない。
「あ、トイレは使えたよ。水流れてたし、ウォシュレットも使えた」
ふと、テーブルの向こうから、麻衣がジュースを持って戻ってきた。太地が一つ隣に詰めると、麻衣は太地の座っていた場所に座った。
「そういうわけだ。住むだけなら問題ないだろう」
寒太は再びボールペンを走らせたが、書いている途中で手を止めた。
「それよりも問題なのは」
そして、持っていたボールペンをノートの上に置く。
「あいつらの言っている『実験』のことだ。一体どうやって実験をするのか」
寒太の言葉に、他の三人もジュースを飲む手を止めた。
「どうやってって、言われても、まず何の実験かわからないと」
「アマミヤははっきり『リア充を爆発させる実験』と言っていたよな。つまり、あの映像みたいに、人間を何らかの方法で爆発させる実験なんだろ?」
「あの映像? あの時、何かやってたの?」
「あ、そういえば、麻衣は寝てたんだっけ」
真玄が言うと、隣で寒太が「あの映像のことを詳しく十条に言うのはまずい」と耳打ちした。
「とにかく、やつらの目的は、リア充を本当に爆発させることだ。『研究』や『実験』が行われている以上、おそらく、まだ完全に制御はできていないのだろう。そこで、僕たちが呼ばれたというわけだ」
「俺たち非リア充たちを、実験台にするってことか」
「ああ。きっと、非リア充がどのくらいリア充になると爆発するのか、それを監視しているのだろうな。あるいは、選別のための火力調整、か」
そういうと、寒太はさらさらとノートを取り終え、ノートを閉じて手提げかばんに入れた。
「そういうわけで、僕たちがやるべきことはある程度は決まってきたな。一つはリア充にならずに生き残ること。一つは『研究』『実験』の正体を突き止めること。そして……」
「この『試験世界』と呼ばれた世界から脱出する方法を探すこと」
真玄と寒太が眉間にしわを寄せて言うと、太地と麻衣も真剣に聞き入れた。が、麻衣は途中でジュースを手に取ると、一気に飲み干した。
「ま、まあ、今日のところはこれくらいでいいんじゃない? もしかしたら、寝たら元に戻るかもしれないし、また何か思いついたら話し合えばいいじゃん」
「散々寝てたくせによく言うよ」
太地が突っ込むと、麻衣は肘鉄を一撃、太地の脇腹に入れた。太地から「げふっ」という声が漏れる。
「それもそうだな。ひとまず、連絡先だけは交換しておこう。何かあった時に、お互い連絡が取れるようにな」
「あれ、電話って使えたのか?」
「電波は入るようだ。ただ、外に掛けても通じなかった。一応、確かめてみるか?」
そういうと、寒太は真玄に、自分のプロフィール画面を見せた。それを見ながら、真玄は自分のスマートフォンに電話番号を打ち込み、通話を開始する。すると、ほどなくして寒太のスマートフォンの着信が鳴り響いた。
「こういうことだ。この世界の中に限り、電話も通じるみたいだな」
「なるほど、とりあえず、全員の番号とメールアドレスを交換しておこうか」
真玄は自分のプロフィール画面を開き、太地と麻衣にも見せた。同様にして、全員の携帯番号とメールアドレスを、自分のスマートフォンや携帯電話に登録していった。
****
外に出ると、既に辺りは真っ暗になっていた。空が晴れているおかげで、星空がきれいに見える。
頼りない街灯の下を、四人は固まって歩いていた。いつもなら車がどんどん通るはずの大きな道路も、今は静かなものだ。
「……コップ、片付けなくてもよかったのかな」
「あの程度片付けられなければ、無人で営業なんてできないだろう」
店から出る直前、真玄はドリンクバーのコップを置きっぱなしにしていたのを気にしていた。しかし、寒太を始め残り三人は、そんなことどうでもいいといった感じでさっさと店から出ていった。
大通りをしばらく歩き、交差点に差し掛かったところで赤信号に引っかかる。別に通る車もないのだが、つい習慣が出て四人は立ち止った。
「ひとまず、今日はそれぞれ自分の家で休もう。何かあったら、さっき交換した連絡先に連絡してくれ」
「ええ、女の子を一人で置いていくつもりぃ?」
麻衣は男三人を、何かを求めるような目でじっと見た。
「ほぅ、そんなに心配なら、僕が泊まりに行こうか、マイちゃん?」
太地が麻衣に言い寄ると、「余計危ないわよ!」と腹に鉄拳制裁を加えた。思いっきり入ったのか、太地は「げふん」とうめいた後、地面に倒れて腹を抱えた。
「信用できる相手がいない以上、一人の方がまだマシだろう。僕たちとて、初対面だからな。心配ならついてやってもいいのだが、安易に居場所を知られても困るだろ」
「あ、それもそうね。もし私の家がタイチにばれたら、変な時間に夜這いかけてくるかもしれないしぃ」
麻衣が倒れている太地を見ながらそう言うと、太地は「そんなことは……」と口ごもって言った。
「そういうことだ。だからみんな、帰る際は周囲に気を付けること、あと戸締りはしっかりとすることだな」
寒太がそう言っていると、信号が赤から青に変わった。そこで麻衣は「じゃあ、またね」と横断歩道を渡って別れた。太地もしばらく真玄たちと一緒だったが、途中の道で別れた。
「なあ白崎、本当に、リア充が爆発すると思うか?」
狭く暗い道を歩きながら、寒太は周りに聞かれないよう小声で真玄に言った。
「さあ、どうかな。あの映像、合成には見えなかったけど」
「結局、まだまだ分からないことだらけだ。明日から、一つずつ答えを探していくしかなさそうだな」
しばらくすると、大きな道と細い道に分岐する丁字路にたどり着いた。真玄は「俺はこっちだから」と、寒太に告げた。
「とりあえず、また明日あのファミレスで話そう。時間はまた連絡する」
そう言い残して、寒太は自分の家へと向かって行った。
「本当に爆発するか、か。確かに、怪しいものだな」
一度調べてみようか。そう思いながら、気が付けば真玄は、アパートの前まで来ていた。