EP2:作戦会議
いつになればこの暑さは収まるのだろう。そんな日がまだまだ続く。冷房の利いた室内から外を見ると、窓が太陽の光を反射してまぶしい。
木花クオンと会って今日で三日が経つ。白崎真玄たちは芹井寒太の兄の部屋で、これからどうするか話し合いをすることにした。風野知美は父知宏や姫束珠子のことでふさぎ込んでおり、今日は来ていない。猫丸千草も仕事で来れないそうだ。
今日集まったのはいつもの「非リア充同盟」の四人と、本頭沙羅の五人である。
「これからのことなんだけど……」
十条麻衣と桜宮太地が食べ物や飲み物をテーブルにセットし終わると、真玄が切りだした。
「俺はもう少し様子を見た方がいいと思う。今動いてもしょうがないだろうし、クオンが珠子さんに危害を加えるとは思えないからね」
「言動から察するとそうだが……しかし、あの木花クオンとかいう男、単純に放っておくというわけにもいかないだろう。それに、あいつ以外にも同じような奴がいるかもしれない。外に出ずとも出来ることはあるはずだ」
温かい紅茶を飲みながら、寒太が返す。
「だったらさ、他の方向から攻めるっていうのはどう? クオンって奴とか犯罪者とかじゃなくてさ」
話を聞いていた麻衣は、体を乗り出して寒太の顔を覗く。
「あてはあるのか?」
「うーん、そうだねぇ、例えば、クロミナちゃんに何か情報がないか聞いてみるとか」
「あいつがそんなに話すとは思えんがな。僕がいろいろ聞いても無視するだけだし」
「それはカンタの聞き方が悪いだけでしょ? 私だったら、きっといろいろ話をしてくれると思うよ」
「ほう、自信があるようだな。ではお願いしようか」
寒太がそう言うと、麻衣は「任せなさい」と胸を張った。こっそり太地が「無い胸を張られても」とつぶやくと、麻衣が太地の頭に肘鉄を食らわせる。
「……やっぱり、珠子さんはクオンに騙されているとしか思えない。もう一度、珠子さんを説得してみるよ」
「白崎、気持ちはわかるがそれは難しいと思うぞ。口だけなら僕たちよりもあいつの方がはるかに上だ」
「そうはいっても、このままじゃ……」
真玄が言いかけたとき、ダン、とテーブルを叩く音がした。すると沙羅が急に立ち上がる。
「くだらない。こんな話し合いで何か進展するとは思えない。私は降りる」
「な、何を突然……」
沙羅の思わぬ言葉に、真玄は言葉を失う。
「そもそも、この世界から抜ける理由なんて無い。ここでは沢山時間があるし、自由に本も読める。食べるものにも不自由しない。なのにどうしてこの世界から抜けようとする?」
「それは、この世界にいると爆発して死ぬかもしれないし、それにここは現実とは違う世界で……」
「偽りの世界なんて関係ない。私はこの世界で過ごしてもかまわない」
「じゃあ珠子さんはどうするのさ?」
「彼女は彼女の考えで動いている。そもそもあの男……クオンが間違っているのではないかもしれない。私も私の考えで動く。真玄達は真玄達の考えで動けばいい」
そう言うと、沙羅は部屋から出て行ってしまった。
「待て、一人じゃ危ない……」
「白崎、放っておけ。本頭は本頭なりの考えがあるのだろう」
「で、でも……」
「それに、本頭の言うことも一理ある。僕達はまだこの世界から抜けるための完全な手がかりはつかめていない。一方でクオンは、もしかするとこの世界から抜ける方法を知っているかもしれない。だとすると、僕達のやっていることは、あるいは間違っているのかもしれない」
「そんな……」
真玄は肩を落としながら言葉を詰まらせた。
「ふぅん、カンタ君、随分とサラちゃんの肩を持つんだね。もしかして、デキてるとか?
重苦しい空気を断ち切るように、太地が茶々を入れる。
「そんなわけ無いだろう。僕はただ、本頭の意思を優先させたいと思っただけだ。それに、もし僕が本頭と深い仲になっているとして、何か問題でもあるのか?」
「あ、いや、ちょっと気になっただけなんだけどさぁ」
「そもそも、そういった質問が出るということは、この世界の基本的なルールを分かっていない、ということか?」
寒太に言われ、太地は「うーん」と腕を組む。
「リア充になると爆発する、っていうこと?」
「そういうことだ。後は分かるな」
「うん、まあ……」
太地はつまらなそうな顔をするが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「そういえば、リア充になると爆発するって、そもそもリア充の定義って何だろう?」
「うーん、確かに、どうなったらリア充なのかって、よく分からないわよね」
太地と麻衣は腕を組みながら「うーん」と考え込む。
「アマミヤが言っていたな。『強い欲望を満たした状態が長く続いた場合』と」
「強い欲望、ねぇ。例えば僕達がご飯食べたくらいじゃ爆発しないってこと?」
「そういうことだろう。そのための『犯罪者予備軍』だしな。しかし、僕らもその対象になっているのは間違いない。日ごろ満たされない欲求がある場合は注意が必要だ」
「じゃあ、僕が女の子と仲良くしちゃったら……」
「まあ、そういうことだ。気を付けることだな」
太地が「それは困る」などと言うのを聞きながら、麻衣は腕を組んで頭をひねる。
「うーん、なんだか難しい話やなぁ。マクロンはどう思う?」
「え?」
急に話を振られ、真玄は慌てて麻衣のほうに振り返った。
「そ、そうだね、俺は……」
「白崎、いつまで珠子さんのことを引っ張るつもりだ? 少しは話に加わったらどうだ」
「……」
「まったく、会議をしようと集めた本人がこれでは、話し合いにならん。今日はこの辺にしておこう。後は各自で出来ることをやったほうが有意義だろう」
寒太は席を立つと、飲み上げたコーヒーカップをシンクに戻し、玄関に向かった。
「それと、ここの鍵は開けておく。どうせ取られて困るものは無いしな。自由に使ってもらってかまわない。もちろん、いつものファミレスでもいいがな」
そういうと、寒太は部屋から出ていった。
「マクロ君、大丈夫かい? なんだか疲れているみたいだけれど」
「……大丈夫だよ。それにしても、確かに寒太の言うとおりだな。いつまでも考え込んでいても仕方ない」
真玄は立ち上がると、ふらふらと玄関に向かう。
「……そろそろバイトの時間だから、行ってくるよ。何かあったら、連絡する」
そう言って、真玄は部屋を出た。
「さて、じゃあ僕も家に戻って続きを……」
「タイチ、あんたはここの片づけを手伝いなさい!」
「えぇ、そんなこと言われても、僕だってやることが……」
「私一人で片付けれっていうの? まったく、男ってやつはこれだから……」
テーブルに広げられた食べ物や飲み物を見て、麻衣はため息をついた。




