EP-EX1:プリペイドカード
ファミレスに入店音が鳴り響くと、二人の客が入ってきた。二人は適当な席に着くと、すぐさまメニューを見てマークシートにマークしていく。
「まったく、何でこんなにイライラしないといけないのよ! 今日は反省会よ、反省会!」
地面まで着くほどの黒い長髪の少女、クロミナはそう言うと、ドリンクバーに向かった。
「相変わらずにぎやかだねぇ。少しは落ち着いたらどうだい?」
コーヒーを入れながらクロミナが振り向くと、青いジャケットを着た少年が席に座ってジュースを飲んでいた。
「あらアマミヤ、一人でこんなところにいるなんて、珍しいわね」
「別に珍しいことではないよ。案内人だって、普通の人間と変わらないからね。眠りもするし食事だってする。それのどこがおかしいというんだい?」
そう言うと、アマミヤはテーブルに置かれているフライドポテトを口に入れた。
「んまあ、それはそうだけれども、一人でファミレスって、なんか寂しくない? 私なんて、一人で外食っていうことが考えられないもの」
コーヒーカップを二つ手に持つと、クロミナは自分の席に戻った。
「……で、反省会、とか言っていたけれど、何かあったのかい?」
アマミヤが振り返らずに言うと、クロミナが「そうそうそれそれ!」と大声を出した。
「こいつ! コノルーの奴がへんなの呼んだせいで、犯罪者予備軍の爆発実験が上手くいかなかったのよ! しかもそのあとの対応をちゃんとしないし、どうしてくれるのよ」
クロミナは連れてきた猫耳の人物、コノルーを指さして一気にまくしたてる。アマミヤはそれを聞いて、店中に聞こえるような大きなため息をついた。
「なんだ、そういうことか。別に爆発しなくてもいいじゃないか。この実験の目的は、どれくらい欲望を満たせば人間を爆発させることができるか、ということだから」
「んなこと言われても、爆発しなかったら爆発しなかったで、何が原因か考えなくちゃいけないじゃない? あーもう、頭がくらくらする」
クロミナは頭を抱えながらうずくまる。
「クロミナ、それは貧血じゃないのかい? 女の子には多いみたいだね。生理とかあるし。鉄分が不足しているなら、レバーなんかを食べたらいいんじゃないかな」
「お、おいらはケツ分が不足しているぞ! アマミヤ、お前の尻を揉ませろ!」
突然コノルーが、アマミヤの座っているテーブルに向かって両手を挙げた。
「……猫はペットボトルが苦手だっていう話があったな。確かカバンに……」
「これはネズミだ、ハムスターの耳!」
「この店、たしか殺鼠剤置いてなかったかな」
「チュー! ネズミ虐待反対!」
コノルーが騒いでいるのをよそに、アマミヤはマークシートを取りだし、追加注文を始める。マークシートを機械に通すと、続けてプリペイドカードを入れた。
「しかしこのプリペイドカードっていうシステム、この世界では効率がいいとは思えないんだよな」
戻ってきたプリペイドカードを、アマミヤは胸ポケットにしまいながら言った。
「プリペイドカード? ああ、これね。いいじゃない。お金を持たずに済むし、何もしなくても毎日五千円もらえるし」
クロミナが答えていると、メニューボックスから出来上がりを示す音が鳴った。扉を開けると、注文していたチョコレートパフェが二つはいっている。それを、クロミナはテーブルに並べた。
「それにしても、別に私たちにまで毎日五千円しか入らないっていうのはどうなの? ちゃんとナビゲーターっていう仕事もしているし、際限なく使えていいと思うんだけど?」
「そんなことしたら、換金性の高いものや自分の欲しいものを買いたい放題じゃないか。いくらなんでも、それはダメだと思わないかい?」
「ま、まあね。わかってるわよそんなこと」
「もっとも、このプリペイドカード、際限がないも同然なんだけど」
「え?」
クロミナが驚いていると、アマミヤが胸ポケットに入れたプリペイドカードを手にして、体ごとクロミナの方に向けた。
「プリペイド、とは言うけれど、残高が不足していても使えるんだ。その気なれば何百万、何億とね」
「へ? じゃあ何でも買えるってこと? それって上限のないクレジットカードじゃない」
「まあ、『クレジット』っていうのは『信頼』っていう意味だから、使う人の支払い能力を信頼して契約するものだけどね。でも、『プリペイド』っていうのは『前払い』っていう意味なんだ。毎日五千円『前払い』している、と解釈しても、残高が無くなっても使えるのは名前の意味としてはおかしい」
「えっと、つまりは、どういうこと?」
クロミナが尋ねると、アマミヤは立ち上がってクロミナの席までやってきた。
「つまり、このカードが『プリペイド』カードという名前である以上、何かを『前払い』しているってことさ。別に、それはお金とは限らない」
「ってことは、何か別のものですでに払っているっていうこと……かな」
「まあ、そこまではわからないけどね。マスターの説明では、このプリペイドカードは今回の実験で必要なアイテムの一つ、っていうことだけだ。しかし、このプリペイドカードのシステムも同時に実験しているとも考えられる。もっとも、それを僕らが知ったところで、別に仕事に支障はないんだけどね」
「なるほど……でも、気になるわね、それ」
話しているうちに、アマミヤのメニューボックスから出来上がりの通知音が鳴り響いた。アマミヤはその中から注文していたフライドポテトを取りだすと、クロミナたちの席に運んだ。テーブルに置かれた瞬間、真っ先にコノルーが手を伸ばす。
「それにしても、キハナクオン、か。僕たちにとっても厄介な相手だね」
「そうそう、その話よ。そもそもなかなか犯罪を起こさないし、どうするのよって話」
「他の地域だと、この世界に連れてこられた犯罪者予備軍は、こちらの想定通りの犯罪を起こし、全員が爆発している、っていう報告があるからね。そんな中で、爆発しない犯罪者予備軍という例外が出たとなれば、それはそれで研究対象になりそうだけれども」
「だーかーらー、そうなった時にその原因を突き止める役が私たちに回ってくるのよ! ただ爆発するか見ていて、『やっぱり爆発しました。実験は成功です』って報告した方が楽に決まってるでしょ!」
「それはそうだけれども……」
言葉に詰まると、アマミヤはフライドポテトをつまんで口に入れた。
「どちらにしろ、僕たちの役割は、非リア充たちを案内することと、犯罪者予備軍が爆発するかを確認すること。今後も彼が爆発しないことがあれば、行動を分析する必要があるよね」
そう言うと、アマミヤは持っていたコップのジュースを飲み干し、席を立った。
「あら、もう帰るの? フライドポテト残ってるけど?」
「残りはあげるよ。ちょっとやることを思い出したから」
「やることなんて、そんなにないと思うけどねぇ……」
クロミナの言葉を無視するように、アマミヤはファミレスから出ていった。
「……相変わらず変な奴。さて、私らは私らでゆっくりしましょうか」
「そう、ゆっくり、ケツ分補給」
「んなー! 私の尻を狙うなー!」
ゆったりとしたファミレスのBGMは、二人の声にかき消されていく。




