EP16:偵察
隣駅の改札を抜けると、雲一つない空が真玄たちを出迎える。多少は涼しくなるかと思われたが、時間が経つにつれてどんどん気温が上がっていく。
真玄と太地、そして一緒についてきた十条麻衣は、「珠姫」と「クオン」の待ち合わせ場所であるファミレスへと向かっていた。駅からおよそ十五分の道のりは、自宅からいつも行っているファミレスまでの距離よりも長い。
午前十一時を少し回ったところで、真玄たちは隣駅の最寄りのファミレスについた。真玄たちがいつも行っているファミレスよりも駐車場が広く、店も少し大きいようだ。
「とりあえず、店の中で待ってみようか。遠く離れたところで様子を見よう」
そう言って入口に向かう真玄の手を、太地は引っ張った。
「ちょっと待って。確かに元の世界だと、少し変装すればそれでばれないかもしれないよ。でも、ここは僕たち以外誰もいないんだからすぐにばれちゃうよ」
真玄は「あ、そうか」と言いながら引き返す。
「でもさ、どうするの? 中に入らないんじゃあ、二人が何を話しているかわからないんじゃないの?」
麻衣がそういうと、太地は背負っていたリュックを下した。
「そうそう、これを使おうと思うんだ」
そう言うと太地はリュックから小型のカメラと、ピンマイクのようなものをいくつか取りだした。
「カメラ? って盗撮と盗聴する気かよ」
「もちろん。カメラをある程度席を見渡せる場所に設置して、このマイクを各テーブルに設置すればどこに座っても様子を見ることができるし、会話の内容も分かるよ」
「どこで買ったんだよこんなもの」
「え、ネットショッピングで。今は大体何でもネットで買えるからねえ。しかもこの世界では送料無料だったし」
「いやいや、そういう問題かよ」
「本当はピンホールカメラが欲しかったんだけど、結構高かったんだよねぇ」
こんなものが簡単に手に入るとは怖い世の中だ、と思いながら、真玄はそれらをリュックに詰める太地を見てため息をついた。
「んじゃあ、準備してくるよ。あ、モニターは隣のコンビニのを借りよう。距離はそんなにないから、延長コードが届くはず」
そう言うと、太地はリュックを背負って店の中に入っていった。
「……あいつ、将来犯罪者になるんじゃないのか?」
「ああ、タイチならやりかねないなぁ……」
太地の準備が終わるまでの間、真玄と麻衣は隣のコンビニの事務所で待つことにした。事務所は当然誰もいないが、誰も来ないためか裏口も鍵がかかっていない。
「なあなあマクロン、ここの商品、タダで貰っちゃダメかなぁ?」
麻衣が置いてある缶コーヒーを手に取って真玄に尋ねるが、真玄は「ダメダメ」と首を振った。
「そもそも万引きしようとしても無理だよ。俺も前、後でお金払おうと思って缶コーヒーを事務所に持って行ったら、すごい警告音が鳴ってうるさかったんだ。怖くなってすぐに会計を済ませちゃったよ」
「マクロンは度胸ないなぁ。そんなもん無視すればいいのに」
「いやいや、そのあと何されるかわからないじゃないか。それに残高が有り余ってるプリペイドカードがあるのに万引きなんてしなくてもいいし」
「なるほどねぇ、じゃあ今日はそんな金持ちなマクロンにこのコーヒーをおごってもらおうかな」
「え、いや、何でさ」
「嫌なら万引きしようとしたらどうなるか、確かめてみる?」
「うっ……」
結局麻衣に押され、真玄はコーヒーをおごることにした。
事務所のテーブルで缶コーヒーを飲みながら太地を待っていると、太地が裏口からコードを持って入ってきた。
「えっと、これをコンビニのモニターにつなげば、向こうの様子が見れるはず」
そう言うと、太地は事務所のモニターにつながっている、店内カメラの配線をはずし、持ってきたコードをつないだ。真玄は「店のカメラの配線抜いて大丈夫なのか?」と言いながらも、作業の様子を見守る。
しばらくすると、モニターにファミレスの様子が映った。テーブルと椅子、それにレジの位置からすると、入口から近いところに配置しているようだ。
「あれ、マイクは?」
「各テーブルに一つずつ仕込んでるよ。何とか足りたから。無線でつながってるから音はこれで拾えるから」
太地は小型のラジオのような物を机に置いた。スピーカーの下に番号が振ったボタンがあり、そのボタンによって音声を拾うマイクが決まるらしい。今はどのボタンを押しても、店で流れている音楽しか聞こえない。
すべてのボタンの音声とモニターの画像の位置を確認すると、太地は「さすが僕、ばっちりじゃん」と自画自賛しながらテーブルの椅子に座る。
「後はモニターの画面で様子を見ながら、マイクで拾った音を聞いて情報収集すればOKさ」
「うわぁ、なんか、ドッキリの番組みたい。ドキドキしちゃう」
「椅子に何か仕掛ければよかったかな」
「それだっ! マクロン、ブーブークッション置いてきて」
太地と麻衣が盛り上がっている中、真玄は「目的を忘れるなよ」と叫んだ。
「もう、冗談に決まってるでしょ。マクロンは冗談通じないなぁ」
「まったく、呼ぶんじゃなかったかなぁ……」
ため息をつきながら、真玄は缶コーヒーを一口飲む。それと同時に、どこからかぐぅ、とお腹が鳴る音がした。
「あ、マクロ君、お昼も近いから、ごはん食べながらにしようよ。ちょうどお弁当もレンジもあるし」
「そうね、じゃあお弁当もマクロンのおごりね」
「え、マクロ君がおごってくれるの? ありがとう!」
騒ぐ太地と麻衣に、真玄は「俺はおごらないから勝手にやってろ」と事務所から出て店に向かう。
「じょ、冗談だって。もう、マクロンはお堅い人やなぁ」
「マクロ君、こういうのにも慣れないと、この先しんどいよ?」
太地と麻衣も慌てて、店に向かう真玄の後についていった。
それぞれ弁当やおにぎり、お茶といった食料を買うと、弁当はレンジで温めて事務所に戻った。時計を見るともうすぐ昼の十二時だが、まだモニターに誰かが来る様子はない。
時々麻衣が、「マクロンのから揚げ一つ貰った!」などとおかずの強奪を狙う中、真玄はずっとモニターを見ていた。
「そう言えば、今日来るその、『クオン』っていう人、どんな人なの?」
奪えなかった真玄のから揚げを見ながら、麻衣は尋ねた。
「えっと、黒いシャツに青いジーンズ、黒い帽子をかぶってるんだったかな。十九歳の大学生らしいけど」
「大学生? そんな話聞いてないぞ?」
から揚げを狙う麻衣の箸から弁当を守りながら、真玄は太地に言った。
「あれ、『クオン』のプロフィール見てないの? まあ、プロフィールなんていくらでもごまかせるから当てにはできないけど」
「どっちみち、来ればわかるんじゃないか? 他に誰もやって来ないだろうし」
「それもそうだね。そのためのカメラなんだし」
そう言いながら、太地は自分の弁当のとんかつを一切れ、麻衣のごはんに乗せた。麻衣は「さすがタイチ、マクロンとは違うなぁ」と言いながらそのとんかつを口にする。
マクロンが「ケチで悪かったな」と、最後のから揚げを口に入れようとした時、ピンポン、とファミレスの入店音がスピーカーから聞こえてきた。
「お、ついに来たね。はたしてどんなやつなのかな」
三人は小さなモニターに注目する。すると、色はわかりにくいが帽子をかぶった背の高い男性と、緑色のワンピースを着た女性が入ってきた。
体型と服装から、女性は姫束珠子であることは明らかだ。やはり「珠姫」は珠子だったようだ。
珠子が席に向かっている時、男性が一度ちらりとカメラの方を見た。しかし、気づいた様子はなく、そのあとあたりを見回すと、珠子が座った席に向かった。
「どうやらこいつが『クオン』みたいだね。じゃあ、さっそく調査開始と行きますか」
そう言うと、太地はスピーカーにボイスレコーダーをセットした。




