EP12:リゲルズ・サーバー
徐々に夕暮れが早くなってくる、八月ももう終わる時期。それでも、午後七時現在、まだまだ明るさが残っている。
芹井寒太の兄のアパートでは、真玄たちがテーブルを囲んで座っていた。テーブルには、猫丸千草の会社提供の、冷凍食品やレトルト食品が並べられている。
「他に食料の提供先はないのかしら」
と言いながらも、千草はレンジやお湯で温めた食品の盛り付けをしていく。
桜宮太地の意外な盛り付けの才能もあり、全て冷凍食品やレトルト食品であるにも関わらず、豪華な食卓になった。
「さて、じゃあ始めようか」
寒太がそう言うと、集まった全員が席に着く。千草はそのあとバッグから、姫束珠子から貰った資料を取りだした。「新規システムの開発について」と書かれた資料には、「COPY」と赤文字で書かれている。
「それにしても、姫束さんも随分と不用心だな。会ってそんなに経ってない人に、コピーとはいえこんな重要な資料を簡単に渡すなんて」
「信頼度の問題よ。どうせ真玄君たちは、いきなり『この資料は僕たちが預かります』みたいなことを言ったんじゃないかしら?」
千草に指摘され、真玄はぎくりと肩を動かした。
「ま、まあそれはそうとして……今回はこれが役に立ったよね」
そう言うと、真玄はボイスレコーダーを机の上に置いた。
このボイスレコーダーは桜宮太地が持っていた物で、「何か役に立つかもしれないから」と、買っておいたものらしい。
当初は真玄たちに「何に使うんだよ」と突っ込まれたが、今回ばかりは千草と珠子の会話を録音することに役立っている。
「マクロ君、盗聴なんて、いい趣味じゃないんじゃなかったっけ?」
太地が得意げな顔で真玄に対して言うが、真玄は「うるさいな、もう」と一蹴した。
今日は手に入れた資料と、千草と珠子の話をもとに、風野知美の父である風野知宏の手がかりを考えるために真玄たちは集まっていた。
テーブルに広げられたごちそうを手に取りながら、まずは全員で資料を見て回す。「リゲルズ・サーバー」という名称と、大まかなシステム以外情報を知らなかったが、この資料にはかなり詳しいことが書いてある。
資料によると、「リゲルズ・サーバー」は基本的に、知宏の働いている病院の患者のデータを管理するためのシステムである。患者の詳細データについては、本人のカルテや問診票はもちろんだが、他の病院のデータや市役所と連携し、詳細な個人情報を収集することまでに至る。また、遺伝による発病も考えられるため、患者の家族の情報も取得する予定であるとのことだ。
すなわち、どこの誰の個人情報でも取得でき、管理できるシステムということになる。
そのため、管理状態やセキュリティが万全でなければ、思わぬところに情報が洩れ、悪用されかねない。当然、それらの方法も盛り込まれているが、本当に大丈夫なのかという懸念がされているようだ。
「なるほどな、当然、他の企業も狙っているわけだ」
寒太は一通り目を通した後、ふとつぶやいた。
「いくらセキュリティをしっかりするからって、外部に漏れないとは限らないでしょ。セキュリティ問題なんて、インターネット社会の問題の一つだし、ウイルスだっていつ侵入してくるか」
「あらタイチ、自分の分野になるとよくしゃべるなぁ。普段は出会いの話ばっかりなのに」
「う、うるさいな麻衣ちゃん。別にいいでしょ、こういう時くらい」
太地と十帖麻衣の痴話喧嘩をよそに、今度はボイスレコーダーの再生に入る。
「え、ちょっと、僕も話に入れてよ!」
「静かにしろ桜宮、始まるぞ」
寒太が太地を制止すると、寒太はボイスレコーダーの電源を入れ、再生ボタンを押す。音声は、千草が珠子とレストランに入ったところから始まった。
何気ない会話から、珠子のプライベートについての話になる。
「だ、だうーって……」
「静かにしろ、白崎」
時々、真玄が珠子の口癖に反応する以外は、再生中全員黙ったままだった。たまに食べ物に手を伸ばすくらいで、誰もしゃべらない。
レストランを出るところまで終わると、寒太は停止ボタンを押した。
「ふむ、結局わかったことは、知宏さんの人柄と、姫束さんが知宏さんと結婚を考えていること、あと猫丸さんが話を聞きだすのが上手いと言うことくらいか」
「それに珠子さん、物事を深く考えない人のようね。今の状況も結構おかしなことのはずなのに、あまり深刻に思っていないようだし、彼氏さんのシステムも、どれくらい大変なものか考えていなかったみたいね」
千草はそう言うと、資料を手に取った。そして、「だからコピーを簡単に渡してくれたのよ」と続けた。
「なるほどねぇ。つまり、考えが単純ということ?」
「タイチ、それは女性に失礼でしょ。でも、ということは、どうにかすればこっちの仲間になってくれる可能性は高いってこと?」
麻衣の質問に対し、寒太は「どうかな」と返す。
「とりあえず、猫丸さんには申し訳ないが、今のところはっきりとした手がかりとはいかなさそうだ。資料については、もう少し詳しく調べてみる必要があるな」
寒太は資料をしまうと、深くイスに座り、コーラの入ったコップに手を伸ばした。
「じゃあ、しばらくは資料の調査ってことになるのかな。俺としては、もう少し珠子さんに話を聞きたいところなんだけど……」
「あら、真玄君、この前珠子さんと話をして、失敗したんじゃなかったかしら?」
千草に突っ込まれ、真玄は食べていたピザを詰まらせそうになった。隣で風野知美が、「大丈夫ですか?」と背中をさする。
「チグサ、これ、続き、ある?」
真玄の様子を見て周りが笑っていると、ボイスレコーダーを示して本頭沙羅が千草に聞いた。
「あ、そうだった。みんな資料のことが気になっているみたいだから、私もすっかり忘れていたけれど、この後珠子さん、気になることを言ってたのよね」
「気になること?」
げほげほとせき込みながら、真玄が千草に尋ねる。
「実際に聞いてみた方がいいわね」
そう言うと、千草はボイスレコーダーの再生ボタンを押した。
内容は、レストランから出て、資料のコピーを取った後のことだ。
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「あ、ありがとう」
「いえ、もし何かわかりましたら、私に連絡をしてください」
「ええ、いいわよ。それにしても、ずっと一人で大丈夫かしら? 前も言ったと思うけれど、恐らくあなたはリア充っていう枠でこちらの世界に呼ばれているの。もしかしたら、犯罪者予備軍に狙われるかもしれないわよ?」
「ご心配ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ。ちゃんと味方がいますから。それでは、今日はごちそうさまでした」
「え、味方って? ちょっと、珠子さん?」
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「味方? この世界に?」
真玄は手に持っていたピザを皿に置き、ボイスレコーダーの声を聞き入っていた。
「ええ。私もおかしいと思ったのよ。それで慌てて珠子さんを追いかけようとしたのだけれど、どうも話が聞けそうな雰囲気ではなかったからやめたの」
千草は「やっぱり引き留めるべきだったかしら」とつぶやきながら、ため息をつく。
珠子が言う味方とは一体だれなのか、この場にいる全員が考え込み始めた時だった。
「珠子さんの味方って、もしかしたら、僕が追いかけている人と同じかな?」
話を聞いていた太地が、うわごとのようにつぶやいた。それを聞き、他全員が太地に視線を向けた。
「あ、ほら、一昨日言ってたじゃん。怪しい動きをする人がフレンドシーカーにいるって。それで少しはそいつのことがわかったから、もしかしたらと思って」
太地が一通り話すと、寒太は席を立って太地のそばまでやってきた。
「詳しく話を聞かせてもらおうか。その怪しい動きをする奴のことについて」




