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EP11:会談

 このさわやかな空を、一体何日見続けたのだろうか。ずっと室内で作業していたからわからなかったかもしれないが、以前一度だけ雨が降った日以降天気が悪かった記憶がない

 雲がわずかばかりある青空に、時々聞こえる鳥の声、向こうの世界にいたときと変わらない風景。ただ、にぎやかな雑踏だけが、この街には欠けている。


「それにしても、真玄君も急よね。いきなり珠子さんに話を聞いてくれなんて」


 猫丸千草はため息をつきながら、隣駅の出口で姫束珠子を待っていた。昨日真玄から電話があり、珠子と会って話をしてほしいと言われたのだ。

 時々溢れ出してくる汗をハンカチで拭いていると、遠くから背の低い、緑色のワンピースを着た女性がやってきた。


「ごめんなさいね、突然呼び出したりして」


 千草が声を掛けると、その女性、姫束珠子は「別に構わないわ」とバッグからハンカチを取りだした。


「今日も暑いわね。とりあえず、私たちが初めて会ったレストランでいいかしら」


「ええ、あそこが静かでいいわ」


 千草の提案に珠子が乗ると、千草はゆっくりと駅前のデパートへ歩きだした。

 相変わらず静かなデパートでは、デパートのテーマ曲のようなBGMと、エスカレーターとエレベーターの機械音しか聞こえない。千草たちはエレベーターを使い、最上階のレストラン街へ向かった。

 店内は誰もいなかったので、窓際の席に座る。千草はマークシートを取ると、珠子に注文を聞いた。


「何がいいかしら? 今日は私のおごりだから何でもいいわよ」


「え、わ、私出しますから!」


「遠慮しないで。誘ったのはこっちなのだから」


 プリペイドカードを差し出そうとする珠子を、千草はすっと手で止める。


「だぅー……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 結局珠子は千草と同じランチコースにすることにした。店内には静かにクラシックの音楽が流れる。注文したものが来るまでの間、千草は水を飲みながら、珠子のことを聞いてみることにした。


「そういえば珠子さんって、この世界に来てから何かお仕事はしているのかしら?」


「いえ、たまに仕事場には行きますけれど、特にやることがないのですぐに帰ってしまうのです」


「何のお仕事を?」


「工場の事務の仕事です。今は誰もいないので、特に仕事はないですけれど」


「私と同じね。今はほとんど自動で作業をやっているし、いざとなれば仕事をしなくてもいいもの」


 スープとサラダが運ばれてくると、珠子はそれを一人分、千草へ渡した。そのあと、自分の分を運ぶ。


「本当、この世界はどうなっているの? 働かなくてもよければすることもない。一応、お店は機能しているみたいだけれど……」


「慣れればどうってことないわよ。気兼ねなく外食できるから、別に自分で作らなくてもいいし、一日何もしなくても五千円ももらえるもの」


「じゃあ、猫丸さんはどうして働いているのですか?」


 珠子に言われ、千草はスープを飲む手を止める。


「特にやることがなかったから、かな。退屈でしょ? 誰もいない世界なのだし」


「彼氏とか、友達とかは?」


 珠子に聞かれ、千草は「そうねぇ」とつぶやいた。


「今はいないわね。それに、仕事ばかりで、そういう人を作る時間もなかったし」


「そうなのですか」


 気が付くと前菜が来たので、千草は飲み終えたスープを台車にのせ、代わりに前菜をテーブルに乗せた。今日の前菜はかぼちゃのキッシュだ。


「まあ、休みの日が少し退屈になるのが、ちょっと寂しいくらいで」


「どこかに遊びに行ったりしないんですか?」


「たまに映画を見に行ったり、買い物に行ったりするくらいね。会社の人と飲みに行く以外は基本一人だから」


「買い物は、服とかアクセサリーとかですか?」


「そんなところかしら」


 珠子は「そう」と言いながらフォークでキッシュを切り分けて口にした。BGMのクラシックが途切れ、少しの間静かな時間が流れる。しばらくして、別のクラシックが流れ始めた。


「珠子さんはどうなの? お休みの日は何をしているのかしら?」


 サラダを食べている珠子に、千草が尋ねる。


「私ですか? 珠子さんと同じように、買い物とか、本を読んだりとか、かな。向こうにいた時は、彼氏とよく遊びに行っていましたが」


「彼氏さんって、どんな人なの?」


「彼氏ですか? えっと、ですね」


 珠子はサラダを食べる手を止め、一度水を飲んだ。


「とても真面目で、誰にでも好かれる人ですね。医療関係の仕事をしているのですが、人望が厚くて、患者さんも彼が担当だと、いつも笑顔でした」


「じゃあ、病院で知り合ったのかしら?」


「はい。ちょうど、私が仕事で彼の病院に行った時に」


「結構長いのかしら?」


「もう五年ほどになりますね」


 珠子が話し終えた時、ちょうどメインである舌平目のムニエルとバケットが運ばれてきた。千草はそれをテーブルに運ぶ。


「結構長いのね」


「そうですね、私も驚いています。ただ、私は歳が歳なので、そろそろ結婚も考えているのですが……」


 言い切らない珠子の話に、千草のムニエルを切る手が止まる。


「のですが……? 何かあるのかしら?」


「彼氏は、今急に仕事が忙しくなって、だんだん会う日も少なくなってきたんです。それに、誰かに追われているみたいで、たまに連絡取れなくなることもあって……」


「追われてる? 心当たりはあるかしら?」


 千草の質問に一瞬戸惑ったが、珠子は一息ついて話し始めた。


「彼のプロジェクトを狙っている企業がたくさんあって、そのうちの一つから執拗に迫られているそうです。それで、欠勤することが多くなって……」


「プロジェクトっていうのは、その、彼氏さんのお仕事に関することかしら。たしかに優秀な計画なら、いろんな企業が欲しがるでしょうね」


「リゲルズ・サーバーっていう、患者のデータベースを自動的に作るプログラムだそうで……あ、そういえば資料を持ってましたね」


 そういうと、珠子はナイフとフォークを皿の上に置いて、ハンドバックを手に取る。そして、中からA4サイズの資料の束を取りだした。

 表紙に「新規システムの開発について」と書かれた資料を千草に手渡すと、千草は一ページずつめくっていった。

 珠子は千草が読んでいる間にスープとサラダを食べあげ、それを片付け用の台車に載せる。そしてムニエルを切り分けようとフォークとナイフを手に取った時だった。


「なるほど、つまり、彼氏さんが働いている病院の患者さんのデータを自動的に取得して、管理しようっていうシステムね。市役所や県庁なんかにも協力を仰いで、個人情報を提供してもらう、と」


「大体そんなところです。このシステムを使って、少しでも早く患者さんの治療を行えるようにって言ってました」


「病状を管理するっていうのはわかるわ。でも、個人情報の収集システムって、必ず悪用されるものよ」


 資料をテーブルの脇に置くと、「少し味が落ちたかしら」と文句を言いながら、千草はムニエルを食べ始めた。


「例えばダイレクトメールとか、通信販売関係とか、宗教関係とかの勧誘とかね。それだけならいいけれど、最近はやっている電話での詐欺なんかにも使われる可能性が高いわ」


「だ、だうぅー、そういえばそうですね」


 システムについてあまり深く考えていなかったのか、珠子は感心したように千草を見つめた。千草はそれよりも珠子のしゃべり方が気になっているようだ。


「珠子さん、そのしゃべり方って、癖なのかしら?」


 珠子は思わずフォークを落とした。慌てて拾い上げると、「ご、ごめんなさい」と謝る。


「たまに口にしちゃうんです。だうー、とか、ぐぬぬ、とか」


「あ、いえ、別に構わないのだけれど、ちょっと気になったものだから」


「あんまりこういう場では言わないようにしているんですけど、つい……」


 珠子は顔を赤くして俯くと、照れ隠しなのか、ムニエルを切る手が早くなった。それを見て、千草は思わず吹き出す。


「気にしなくてもいいのに。どうせ二人しかいないのだから」


 気が付くと、千草のムニエルは付け合わせの野菜も一緒に食べあげられていた。食後のデザートとコーヒーが運ばれてくると、千草は食べあげた皿を片付け、デザートとコーヒーをテーブルに運んだ。


「あ、そうだ。このシステム、少し興味あるわね。コピーして私にいただけないかしら?」


 千草は資料を手に取ると、珠子に尋ねた。珠子は困った表情で考え込む。


「でも、それは彼氏の仕事のものだから、勝手には……」


「ちょっと興味があるだけよ。別に、このシステムを使おうなんて考えてないわよ。それに、どんなシステムかは書いているけれど、詳しいことまでは書かれていないから、これだけ見ても悪用しようがないわよ」


 千草に言われ、珠子はフォークとナイフを置いてしばらく考える。千草がさらに「お願い」と手を合わせて頭を下げると、珠子は一息ついて答えた。


「わかりました、後でコピー機で印刷して差し上げます。でも、悪用はしないでくださいね」


「ありがとうね、珠子さん」


 そう言って資料を珠子に返すと、二人はお互いのプライベートについて話を続けた。

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