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EP6:父親

 次の日、コンビニへアルバイトに行った真玄は、一通りの日常業務を終えると事務所の事務机に座った。

 今日は月に何度かある、夜番の日だ。時刻は午後十九時。空はまだ少し明るく、照明なしでも十分あたりが見える。しかし、マニュアルに定められた通り、真玄は店外の照明を付けた。

 その後、監視カメラのモニターを見ながら、次の行動を考える。

 姫束珠子から大体の話は聞いたものの、まだ珠子の彼氏については情報が不十分だ。しかし、これ以上珠子から話を聞けそうにはなかった。となると、後は風野知美からいろいろと聞きだすしかない。


「しかし、知美ははなしてくれるのかな……」


 真玄はスマホを見ながら、ため息交じりにつぶやいた。画面に映っているのは、珠子の彼氏、つまり知美の父親の写真が入ったロケットだ。

 おとといから何度も見ているが、やはり見覚えはない。


「やっぱり、知らない人を探すのは無理か……」


 そう思っていると、入店音とともにモニターに人影が見えた。見慣れたワンピース姿の女性、知美だ。

 真玄はすぐに席を立ち、カウンターへと向かった。


「いらっしゃいませ」


 真玄が声を掛けると、知美は不意打ちを受けたように驚いてこちらに振り向いた。


「え、あ、ま、真玄先輩、今日は遅いですね」


「今日は夜からの日だから、三十分くらい前に来たばっかりなんだけど」


「そ、そうなんですか……あ、私、用事を思い出しちゃって」


「ま、待ってよ」


 帰ろうとする知美に声を掛け、真玄はレジカウンターから店の中へと出る。出口へ向かおうとした知美は、真玄がやってくる気配を感じて立ち止った。


「どうして俺を避けようとする?」


 真玄が知美に尋ねると、知美はぎこちなく真玄の方へ振り向く。外の暑さのせいだろうか、せっかくのワンピースが汗でびしょびしょになっている。


「べ、別に避けようとはしてませんよ? ちょっと用事を思い出しただけですから」


「どうせあれだろ、珠子さんや父さんのことを聞かれるのが嫌なんだろ?」


「……」

 

 父親の話が出た途端、知美の表情は苦笑いから一転して暗くなる。それを見て真玄は少しかわいそうに思えたが、それを振り切って続ける。


「俺たちだって、知美の力になりたいんだ。君のお父さん、もしかしたらこの世界にいるかもしれないんだろ?」


「……」


「教えてくれ。お父さんがどんな人なのか」


 真玄の右下に視線を落としている知美の両肩を手で抱えながら、真玄は必死に説得を試みた。

 少し前に流行ったJ-POPの音楽が流れる店内で、知美はしばらく黙ったまま俯きつづける。

 そして、知美は真玄が肩に乗せた手をそっとどけると、小さく頷いた。


「……わかりました。お話します」



 少し埃っぽい事務所の中は、先ほどまでの店内とはうってかわって外からセミの声が聞こえるほど静かだった。話に集中するために、真玄が店内放送を切ったためだ。

 真玄が事務所に戻ってくると、パイプイスに座っている知美に冷たい缶コーヒーを差し出した。


「カフェオレでよかったよね」


 真玄が声を掛けるも、知美は返事をしない。真玄は持ってきた缶コーヒーをそっと机の上に置き、自分は事務机のイスに座った。


「私の父さんは……」


 真玄が自分の缶コーヒーを開け、口元まで持ってきたとき、知美はようやく口を開いた。


「私の父、風野知宏かぜのともひろは、病院で医療関係のシステム開発の仕事をしていました。特に患者の病状や病歴を、効率的に管理する仕組みを考えていて、いつも遅い時間まで働いていました。母は随分前に病気で亡くなっていましたから、私は父が帰るまで一人きりで、ずっと寂しい思いをしていました」


 知美はテーブルに置いてある缶コーヒーを手に取るが、両手で抱えたままひざに置いて飲もうとはしない。


「三年前から、新しいシステムが完成しそうだという話があったんです。それから父は、いつもより帰るのが遅くなったり、時には何日も家を空ける日が続いたりしていました。そんな父でしたけれど、いつも私のことを心配してくれていました。私がいないときは手紙で私の様子を聞いたり、私が家にいないときは、こっそり、ご飯を、準備して、くれたりして……」


 昔のことを思いだしたのか、知美の声は徐々にかすれていく。途中で言葉が詰まることもあった。

 真玄が知美の顔をみると、少しうるんでいるようにも見える。それを察したのか、知美は右手で両目の涙をぬぐった。


「……やさしいお父さんだったんだね」


「はい。仕事ばかりで、趣味といえば散歩と、途中で寄った公園でハトに餌を与えることくらいでした。あまりおもしろい人生を歩んでいるとは思いませんけれど、仕事に一生懸命で、私のことを心配してくれる、私の誇りです。でも、あの女は……」


 知美の握っている手に力が入る。真玄はその様子を気にしながらも、知美に尋ねた。


「あの女って、珠子さんのこと?」


 知美は黙ったまま、少しだけうなずいたように見えた。


「私が大学に入学する前くらいからでしょうか。大体私が起きるときにはまだ父は寝ているのですが、それが私が学校に行くより早く仕事に出かけるようになったのです。新しいシステムの完成が近いから、早い時間から仕事に出ているのかと思いました。でも、どうやらそうじゃないみたいなんです?」


「え?」


「父が考えた新しいシステムは、患者の情報を溜めていくことで過去の病歴を検索したり、家族構成からかかる危険性の高い病気を推定したりする、医療現場に役立てるためのものです。でも、その高い管理能力から、医療関係者はもちろん、他の企業からも目を付けられていました。中にはそのシステムを悪用して、大金を稼ごうとしている人もいるそうです」


「それと珠子さんと、どういう関係が?」


 今までの話と珠子の関係がピンと来ない真玄は、缶コーヒーを机に置いて知美に尋ねた。


「何しろ大金を産みだすシステムらしいですから、いかなる手段を使ってでも、他の企業は利用しようと考えているそうですよ。わいろだったり、脅迫だったり、そういう手段を取る企業もあるそうです」


「そんなにすごいシステムなんだ」


「ええ。特に、父と親しくなろうと近づく人が多くて、病院内でも警戒をしていました。きっと、その珠子っていう人も、その中の一人に違いありません。父に近づいて、新しいシステムに関わろうとしているに決まってます!」


 興奮からか、知美は徐々にヒートアップし、声が大きくなる。真玄は知美が最後まで言い切るかどうかのとき、事務机をダン、と叩いて立ち上がった。その振動で、置いていた缶コーヒーが倒れて中身がこぼれていく。


「違う、珠子さんはそんな人じゃない! もしそうなら、この世界に来てまで君の父さんを探す必要はないし、第一わざわざロケットなんて作ると思うか?」


「そ、それは……きっと、そこまでしないといけない理由が……」


 真玄に強く言われ、知美はたじろぐ。少し怯えている様子の知美を見ながら、真玄は知美のそばによって肩をつかんだ。


「とにかく、お父さんを探しに行こう。そのためには、知美の力も、珠子さんの力も必要なんだ」


「そんな……この世界にいるのかどうかもわからないのに……」


「それも、みんなで話し合って考えよう。協力、してくれるね?」


 知美はまっすぐ見つめる真玄の視線を少しはずして間を取る。数秒の間の沈黙の後、知美は口を開いた。


「……わかりました。父がこの世界にいるかどうかわかりませんが、私にできることなら協力します」

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