EP5:質問
珠子と別れた後、真玄はこれからのことを考えながら家路についた。
結局わかったのは、珠子と彼氏との出会い、そしてわずかな彼氏の素性くらいだ。この中に彼を見つけるヒントがあるのだろうか。
そう思いながら電車を降り、改札を抜ける。相変わらず静かな駅前の道を歩いていると、徐々ににじみ出る汗が真玄のシャツを濡らしていった。
太陽がまぶしい日向から日陰に入り、しばらく歩いたところで真玄足を止める。そして、静かにはぁ、とため息をついた。
「さっきからこそこそ何やってるんだよ」
真玄はそう言うと、後ろを振り返った。すると、物陰から地面につくほど長い髪の女が現れた。
「あらー、ばれちゃった?」
「クロミナ、っていったっけ。お前たちは単なる俺たちの案内人じゃなかったのか? あるいはストーカー?」
「ストーカーとは人聞き悪いなぁ。ちょっと興味を持ったから後ろから見守っていたのだぁ」
「それをストーカーというのでは?」
「うなー、断じて私はストーカーなどではない!」
そう言いながら、クロミナは地団駄を踏んだ。
「なら何で俺の後をつけてくるんだよ」
真玄がそう言うと、クロミナは両腕を組んで仁王立ちする。
「ふっふーん、この世界の人間の監視も、私たちの仕事なのだ。お前たちがどのように行動し、どうなると爆発するのか、そのデータ収集をしているのだよ」
「非リア充なんか見てもどうしようもないだろう。大体、大半は引きこもってるんだろ?」
「そうそう、だから珍しく動いてるあんたらを監視してるのよ。なんか面白いことやってないかとか」
「暇人かよ。忙しいんじゃなかったのか?」
真玄が突っ込むと、クロミナはびくっとして視線をそらした。
「ま、まあ、こう、忙しい合間を縫ってあんたらを見てるんだから、感謝しなさいよね」
「感謝とかしねえよ。ったく」
はぁ、とため息をついたとき、真玄はふと何かを思いついた。
「クロミナ、一つ聞きたいことがあるんだが」
「んな、よ、呼び捨てとはいい度胸ね。まあいいわ。何よ」
「お前たちは、ここに呼び出された人全員を把握しているのか?」
真玄が尋ねると、クロミナは「ふっふーん」と声をあげた。
「この世界の住人は大体把握済みよ。そもそも、住人を調査して呼び出したのは、ナビゲーターである私たちなんだからね」
「ってことは、誰が何の理由でここにいるかっていうのもわかるわけだな」
「まあね。データを知っておかないと、実験にならないし」
「一人この世界にいるか、調べてほしい人がいるんだが、教えてくれないか?」
「もちろん……って、んなー、そんなに簡単にばらすかぼけぇ!」
クロミナは思わずしゃべりそうになり、真玄に怒鳴った。
「ふうん、教えてくれないんだ。かわいいクロミナちゃんなら、教えてくれると思ったのになぁ。教えてくれないのはかわいくないからかなぁー」
真玄は体を反転させながら、からかうようにつぶやく。それを聞いて、クロミナはぴくぴくと体を震えさせた。
「な、クロミナちゃんはかわいいんだからね! ふ、ふっふーん、仕方ないなぁ、ちょっとだけなら教えてあげるわよ」
クロミナは長い髪をかき上げ、腕を組み直す。真玄はこんなので大丈夫なのだろうかと思いながら、作戦成功を鼻で笑った。
「で、誰のことを知りたいの?」
「この人なんだけど」
真玄はスマホに保存してあった、ロケットの写真をクロミナに見せる。
「顔だけじゃなんともねぇ。名前わかんないの?」
クロミナに言われ、真玄は「あっ」と声をあげた。
「名前聞くのを忘れた……」
「まったく、シロサキマクロ、あんたは抜けてるのかどうだかわからない人よね」
「うるさいな……あ、でも苗字ならわかる。"風野"っていうんだけど?」
「カゼノ? カゼノトモミなら、あんたらも知ってるでしょ?」
「違う違う、その子の父親なんだ」
「父親、ねぇ」
そう言いながら、クロミナはジャケットのポケットからコミックサイズの手帳のような物を取り出し、指で操作し始めた。真玄が覗くと、どうやらタッチパネルのようだ。
「んなー、乙女の秘密をのぞき見するなこの変態め!」
「誰が変態だよ」
真玄が顔を離すと、クロミナはそっぽを向いて操作を続ける。
「んー、他にカゼノなんて苗字の人、いないわよ? その写真の人と一致する人も」
「そうか……」
真玄はクロミナの言葉を聞き、がっくりと肩を落とした。
「で、用件はこれだけ? なら私、帰るけど?」
「ああ、そうだな。また聞きたいことがあったら呼び出すから」
「んな、私はあんたの担当でもなければ所有物でもないのよ! 聞きたいことがあるならアマミヤに聞きなさいよ」
「ん、わかった。じゃあね」
真玄がそう言って自宅へ向かおうとすると、後ろから「んなー!」と聞こえた。
「か、かわいくない奴! 帰りに田んぼにおっこちて泥まみれになれ!」
「帰り道に田んぼは無いぞ。何で呪いの言葉っぽく言ってるんだ」
「な、なら、途中で車に水溜りの水掛けられてしまえ!」
「今は晴れてて水溜りなんてないし、車なんて通らないじゃないか」
「んなー! どうでもいいから不幸になってしまえ!」
ムキになるクロミナに、真玄はやれやれと手をあげた。
「まあ、せいぜい不幸にならないように気を付けて帰るよ。クロミナも、気を付けてな」
「あ、あんたに言われなくても怪我なんてしな……んなー!」
クロミナの叫び声とともに、ドサッという音がした。真玄が振り返ると、案の定クロミナが自分の髪の毛を踏んでこけていた。
「……これ、お約束なのか?」
真玄はじたばたしているクロミナを放置し、家に戻ることにした。
「ん、んなー! 助けなさいよ! ちょっと、シロサキマクロ! んなー!」
「ったく、仕方ないなぁ」
真玄は仕方なくクロミナの元に戻り、手を引いて引っ張り起こした。
「ふ、ふっふーん、あ、あんたもこうならないように気を付けることね」
そう言ってクロミナは駅の方向に振り向き、手を振って数歩歩いたが、再び「うなー!」という叫び声とともに豪快にこけた。さすがに二度目は真玄も助けなかった。




