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EP4:彼の娘

 真玄は自分の部屋に戻ると、荷物を置いてスマホと名刺を取り出した。

 珠子が持っていた名刺には、会社の電話番号と珠子自身の携帯電話の電話番号が書かれてある。間違えないように番号ボタンを押し、通話する。


『もしもし、どなたでしょうか?』


 受話器から聞こえてきた女性の声は、間違いなく珠子のものだ。


「もしもし、白崎真玄です。珠子さんがバッグを落としたときに拾い忘れていた名刺を見て、連絡しました」


 本当は千草がくすねたものだが、それについては触れなかった。


『……それで、ご用件は?』


「珠子さん、今日ロケット落としませんでした? 預かっているので返したいんですけど」


『あ、あなたが持っていたのね。じゃあ明日、駅の入口でいいかしら』


「わかりました」


 珠子と約束を取り付けると、通話を切った。そしていつも通りパソコンの電源を入れ、「フレンドシーカー」のサイトを開く。

 いつも通り、宮地太地から来たインナーメールに、真玄はため息をついた。返信を考えながら、ふと珠子の彼氏探しを依頼することを思い出した。

 スマホに撮っておいたロケットの写真をメールに添付し、「この人を探してくれ」と返信した。

 ついでに寒太にも連絡しようとスマホの電話帳を開いたところで、太地から早速返信が帰ってきた。


「人探し? いるかどうかもわからないし、面倒だからそっちでやっておいて」


 真玄はそれを読んで「手伝う気ないのかよ」と独り言で叫んだ。仕方なく、スマホで寒太に連絡を取るが、「情報が少なすぎる。出来る限りのことはするが、期待しないでくれ」と返された。


「……ったく、男どもは……」


 非協力的な態度に、真玄はイラつきを隠せず、ひとまずシャワーを浴びて落ち着くことにした。


****


 翌日、真玄は隣駅で珠子が来るのを待った。かばんからロケットを取り出し、写真の男性を見つめる。


「……本当にいるのかな」


 いるかどうかもわからない人探し。真玄に不安がないわけではなかったが、いざ探すとなるとやはり不安の波が押し寄せる。

 静かな駅前をきょろきょろしていると、昨日とあまり変わらない、薄いグリーンのワンピースを着た珠子がこちらへやってくるのが見えた。

 真玄が軽く会釈をすると、珠子も真玄に会釈し返す。珠子が近くまでやってきたところで、手に持っていたロケットを珠子に手渡した。


「大切なものなの。拾ってくれてありがとう。それじゃあ……」


 そう言って珠子が立ち去ろうとするが、真玄は「あの」と呼び止めた。


「何か?」


「少し、お話しませんか? その、彼氏さんについて。俺たち力になりたいんです」


「あなたたちには関係ないことでしょ? それじゃ」


 再び去ろうとする珠子に、真玄は「待ってください」と声を掛ける。しかし、珠子の足は止まらない。


「彼氏さんを探す手がかりになりそうな情報があるんです」


 それを聞き、珠子は足を止めた。そして、すっと一つの店を指さす。


「……あそこのお店でいいかしら。ここで話すのも何だし」



 真玄たちが住んでいる地域でよく見かけるチェーン店のコーヒーショップに入ると、涼しげな空気が迎えてくれた。気温は幾分かマシになったとはいえ、まだ日陰にいても汗がにじみ出るほどに熱い。その熱と汗を、店の空気が奪っていく。

 珠子が適当に席に着くと、真玄はその向かい側に座った。同時に、珠子がアイスコーヒーを二つ注文する。


「私の彼氏は」


 真玄が店内を見回していると、珠子がロケットの写真を見ながら言った。


「とある病院で医療関係の仕事をしていて、そこで出会ったの。その時にはまだ奥さんがいて、まだ憧れと言うか、恋愛感情はそこまでなかったの。でも、しばらくして奥さんが病気で亡くなって、落ち込んでいる彼を慰めている時に好きになって……」


 珠子が話している途中で、注文していたアイスコーヒーがメニューボックスに運ばれた。真玄がそれをテーブルの上に移すと、珠子は「ありがと」と言ってストローを刺した。


「彼には娘がいるんだけど、娘さん、再婚には反対らしくて。それで、なかなか会えなくて、デートできないから、せめて記念日くらいは、と思っていたのに……」


「そうでしたか……」


 真玄はアイスコーヒー飲みながら、珠子の寂しそうな顔を見て言った。


「最近は彼も仕事が忙しいらしくて、以前よりも会える機会が減ったわ。なんでも、リゲルズ・サーバーとかいうシステムを作っているだとかで」


「リゲルズ・サーバー?」


「私もよくわからないのだけれど、医療現場で使われるシステムらしいの。夜中に帰ってくることも多いらしいわ」


 珠子はアイスコーヒーにガムシロップを入れてストローでかき混ぜると、一口だけストローで飲んだ。


「それに、奥さんが亡くなってからというもの、娘さんがずっと彼のそばにいるから、連絡取りづらいの」


「その、娘さんって、おいくつなんですか?」


 さりげなく、真玄は珠子に尋ねる。


「えっと、今十九って言ってたかしら。たしか、大学生って言っていたわ」


「なるほど、やっぱり……」


 真玄がつぶやくと、窓を見つめていた珠子は「え?」と真玄の方へ振り向いた。


「実は、その彼氏さんの娘さん、この世界にいるんです」


「え? ウソでしょ?」


「本当です。風野知美さん。知っていますよね」


 知美の名前を聞き、珠子は目を丸くしている。


「知美ちゃんがこの世界に? どうして?」


「珠子さんと同じです。この世界の近リア充として呼び出されたんです」


「私と同じ……」


「昨日も話した通り、この世界はリア充を爆発させる実験をするための世界なんです。それで、近リア充と犯罪者予備軍を接触させて、犯罪者予備軍の様子をうかがっているんですよ」


 真玄の話を聞き、珠子はしばらく口を開かなかかった。


「……今、知美ちゃんはどうしているの?」


 アイスコーヒーの氷がカタリと鳴ると、それをきっかけに珠子が口を開く。


「俺たちと一緒に行動しています。もっとも、いつも一緒の場所にいるわけではないですが」


「そう……」


 珠子はストローを加えると、窓の外を見つめてため息をついた。


「一度、二人で話をしてみませんか? もしかしたら、彼氏さんの手がかりが見つかるかもしれないじゃないですか」


「……」


 珠子は静かな外の風景を見ながら、ちびちびとアイスコーヒーを飲む。しばらく沈黙が続き、真玄もアイスコーヒーに手を伸ばした時だった。


「手がかりって、知美ちゃんのことだけ?」


 そう言うと、珠子は持っていたハンドバッグにロケットを入れた。


「ええ、今のところは。ただ、もし彼氏さんがこの世界にいるとすると、近リア充として呼ばれている可能性が高いです。つまり、珠子さんたちと同じ立場になるわけです」


「……犯罪に巻き込まれるってこと?」


「はい。実際、俺たちの仲間になった女の子は、なんらかの形で犯罪者予備軍の犯罪行為に巻き込まれています。だから、珠子さんも、近いうちにそういう連中と接触するはずなんです」


「そう。別に私のことは心配しなくていいわ。一人で生きていく自信があるし、彼さえ見つければ、後はどうだっていいのよ」


「千草さんも、最初はそう言ってました。でも、人間一人じゃ生きていけないんですよ」


「きぃぃぃ! しつこいわよ! 私は私で彼を探すんだから、あなたたちはあなたたちで勝手にやってちょうだい!」


 鬼の形相でそう言うと、珠子は「ふんっ」と席を立って店を出ていってしまった。

 あまりの珠子の豹変ぶりに、真玄はしばらく呆然としていたが、落ち着くと残ったアイスコーヒーを飲み干した。


「……珠子さんって、あんな人だったんだ」

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