EP3:非リア充同盟
集まっていた大半がいなくなった体育館内、真玄が呆然としていると、そこに残った人のうちの一人が、立ち上がって真玄の前にやってきた。
「あれ、君は逃げないんだね。いや、ただどうすればいいのかわからないだけなのかな?」
にやにやとしながら近づいてくる男。身長は真玄よりやや低く、百七十前半といったところか。金髪のチリ毛にピンクのTシャツと、なんだか感覚がズレている気がする。
「まああれだよ。この世界は人と人とのつなりでできているからね。大事なのは二次元でも三次元でも出会いだよ、出会い」
クスクスと笑いながら、男は真玄を見ていた。
「えっと、君は?」
「あ、すみません。僕は桜宮太地。高校二年生です。常に出会いを求める、出会いの伝道師ですよ」
「出会いの伝道師、ねぇ」
厄介な奴が出たな、と思いながらも、真玄は差し出して来る太地の手を握り返した。
「俺は白崎真玄。大学生だ」
「え、大学生? あらら、年上でしたか」
太地がつかんだ真玄の手をブンブンと振ると、真玄が「痛い痛い!」と言ったので、すぐに弱めて手を離した。
かと思うと、「ふぅん」と真玄の顔を舐めるように見回した。
「な、何だよ?」
「いやあ、結構イケメンなのに、彼女とかいないのかなって」
「余計なお世話だ」
ふん、と真玄が鼻を鳴らすと、前の方からガタン、と音がした。
「まったく、出会いだのなんだのうるさいんだって。出会いなら、二次元で十分じゃないか」
体育館内からは、別の男の声。高いとは言わないが、まるでイケメンを担当しているかのようなきれいな声が、あたりに響き渡った。
声の方を向くと、白いズボンに白いシャツを着た、メガネをかけた背の高い男がパイプいすから立ち上がっていた。
「えーっと、君も大学生? 僕は……」
遠くから太地が声をかける。が、メガネの男は手を振って言葉を止めた。
「わかっている。さっきのやり取りは聞いていたからな。僕は芹井寒太。今年高校を卒業したばかりだ」
「おー、卒業したばかりっていうことは、マクロ君と同じ大学生?」
いきなり君付けで呼んだ太地に対し、若干いらだちを見せながら、真玄は太地と寒太のやり取りを見ていた。
「いや、就職はしている。が、どうもハズレを引いてしまってね。残業が多くて大変だ」
「つまり、ブラック企業ってこと?」
「ダイレクトに言えばそうだな」
そう言いながら、寒太は真玄たちのそばまでやってきた。コツコツという音が、体育館中に響く。
「しかし、全員が逃げてしまったというのに残ってるとは、一体何を考えているのだか」
「僕は、もう少し何かあるのかなって思って、待ってただけだよ。カンタ君こそ、何をしてたのさ?」
「か、カンタく……、まあいい。僕は、今後どうするべきか考えていたところだ」
「へえ、そうなんだ。別に、特に何もすることがないんだったら、何もしなくていいんじゃないの?」
「そういうわけにもいかないだろう。何もしなければ、下手をすれば僕たちに何か起こるかもしれない」
「そんなものかなぁ」
真面目に話す寒太と、頭の後ろに腕を組んで軽く話す太地。真玄はその二人の様子を見ながら、もう一つ気になることが残っていた。
「残っているといえば、ほら、あそこ」
真玄は、寒太が座っていた席の、少し後ろの方を指さした。そこには、女性が座ったまま動かずにいた。
「まだ人が残ってる」
「あれだけの騒ぎがあったのに、一体何をしているんだ?」
気になった三人は、その女性の元に向かった。近づく間も、女性はピクリともしない。
「……寝てる。よくこんなところで寝てられるものだ」
そういうと、寒太は肩をゆすって女性を起こした。
「おい、起きろ。もう集会は終わったぞ」
「う……ん……ふにゃ?」
しばらくゆすっていると、よだれを垂らしながら寝ていた女性は目を覚まし、眠そうに目をこすった。
「あれ、もう終わっちゃったのぉ? まだ眠いのにぃ」
「こんな中でよく眠れたもんだ。みんなもう帰ったぞ」
女性は「んー」と背伸びをすると、手荷物からハンカチを取り出し、口元を拭いた。
比較的小柄な体格で、身長は百六十あるかないかと言うところだろうか。黒いTシャツに黒いミニスカート、黒いロングヘアと黒一色に染めた彼女の肌は、対照的に真っ白だ。
「はあ、良く寝た。え、もう帰っていいの?」
「えっと、いいんじゃないかな。みんなもうどこか行っちゃったし」
「ふぅん、そうかぁ」
真玄に言われ、女性はあたりをきょろきょろと見回した。ここにいる四人以外は、誰も残っていない。
それを確認すると、今度は真玄たち三人をじっと見つめた。
「……で、あんたたちは何で残ってるの?」
女性に言われ、真玄は思わず口ごもった。
「えっと、俺は……」
「ああ、僕たちは、これからどうするか、話し合おうと思っていたところでね」
「え?」
割り込んで入った寒太の言葉に、真玄は突然驚いた。
「どっちみち、白崎も桜宮も、これからやることは決まってないんだろ? だったら、これからどうするか話し合った方がいいだろう」
「そ、それもそうか」
寒太に圧倒されるように、真玄は退いた。
「え、何それ、面白そう! 私も混ぜてよ。私は十条麻衣。よろしくね!」
そういうと、黒づくめの女性、麻衣は真玄と寒太に両手で握手をした。
「……あれ、マイちゃん、僕には?」
「え、あ、あんたもいるのね。一応しておいてあげる」
麻衣は嫌そうに太地の右手の人差し指を、右手の人差し指と親指でつまんだ。
「せっかくだからさ、私たちの集まりに、何か名前つけようよ」
麻衣は寒太をねだるような目で見ながら言った。しかし、寒太は顔をそむける。
「名前? どうでもいいだろ」
「えー? じゃあ、私つけてもいい?」
「勝手にしろ」
不機嫌そうに顔をそむける寒太をよそに、麻衣は「うーん」と腕を組んで名前を考える。
そして数秒後、「よし、じゃあ」と左手のひらに右手こぶしをポンと乗せた。
「非リア充同盟、これで行こう!」