EP1:高級レストラン
見飽きるほど見続けた空は、今日も雲一つない青空だった。試験世界と言う作られた世界で、この空も作られた物なのだろうか。そんなことを考えながら、真玄は一人最寄りの駅で待ち合わせをしていた。
真玄の家から歩いて二十分ほど、自転車で五分ほど離れたところにあるこの駅の周辺は、あまり栄えているとは言えない。大きなロータリーと、複数の行き先があるバス停があるものの、近くには飲食店が数軒と、ビルが二つほどしかない。専門店が多く立ち並ぶバイパスまでは少し距離があり、買い物には不便だ。
いつもは、車通りと電車の通過音、そして発車ベルでうるさい駅前だが、今日はそれらすべてが聞こえず、とても静かである。見慣れたはずの街並みが、音がないだけでまるで別の世界のように感じてしまう。
真玄がその街並みを見渡していると、遠くから一人の女性が手を振っているのが見えた。おしゃれな外出用の白いドレスを着た、猫丸千草だ。
大きめの日傘をさしている姿は、まるでお嬢様である。
「お待たせ、真玄君。さ、行きましょう」
千草がそう言うと、真玄は駅の改札へと向かった。
プリペイドカードを通して改札を抜けると、相対式ホームに既に扉を開いた電車が待っていた。そのまま車両に乗り込むと、扉の近くの「閉」ボタンを押す。これですべての扉が閉まり、動き出す仕組みだ。
「乗ってる途中で動き出したらどうするんだろう?」
「これ、プリペイドカードを通した人が全員乗ってないと動き出さないらしいわよ。仕組みはよくわからいけれど」
「へえ……」
隣駅までの数分間、真玄と千草は座らず、立ったまま外の景色を眺めていた。
駅前の商店街が見え、国道沿いに進むと田園風景へと切り替わる。しかし、しばらく進むとまたにぎやかな街並みが姿を現した。
隣駅に到着すると、高架化されたホームから降りて改札口へ向かう。電車は隣駅まででしか行かず、そこから先は閉鎖されているようだ。
「この先……なんで行けないんだろう」
疑問を持ちながらも改札を抜けると、目の前には大きなデパートが見えた。
真玄の地域では見られない七階建てのデパートは、市民の買い物場所として人気が高い。
本来なら買い物客でにぎわう駅前も、今は人一人いない。
デパートの最上階がレストラン街となっている。真玄と千草はデパートに入ると、エレベーターで最上階を目指した。
デパート内も、やはり誰もいない。わずかにいつも流れる音楽だけが、館内に響いていた。
最上階のレストラン街は、ファミレスのようになんでもあるところは少なく、ほとんどがピザ専門店、中華料理店などの専門的な店となっている。真玄と千草は、その奥の方にあるお店に入った。
「レストラン街って、何度か行ったことあるけれど、あんまり中に入ったことないんですよね」
「そうね。特にここは、このレストラン街で一番高級なところだから」
「え!?」
真玄たちが入ったレストランは、赤いジュータンに、白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルがいくつも並んでおり、デパートにあるレストランとは思えないほどおしゃれな印象を受ける。
千草はすたすたとテーブルに向かうが、真玄は入口からの光景に足が止まってしまった。
「真玄君、何しているの?」
千草の一言ではっとなり、真玄は慌てて千草の後を追った。
丸テーブルに向かい合わせに座ると、千草はすぐにマークシートを手にした。
「真玄君も、ランチコースでいいわよね?」
「は、はい」
真玄の返事を聞くと、千草はマークシートにオーダーを記入した。
「それにしても、なんだか高そうなお店ですね……一体どんな料理が出てくるんですか?」
真玄はそう言いながら、恐る恐るメニューを開く。そして、思わず「えっ」と声を上げた。
「ち、千草さん、値段全部四桁じゃないですか! 大丈夫なんですか?」
「あら、ランチはリーズナブルな値段なはずだけど?」
「ランチでも五千円って……」
「まあいいじゃない、たまにはこういうランチも」
そう言うと、千草はマークシートを読み取り機にいれた。
高級なレストランだからだろうか、ファミレスや喫茶店とは違い、メニューボックスのような箱は見当たらない。
代わりに、自動で運搬される台車が、料理を運んでくれる。
最初に水とスープ、そしてサラダが運ばれてくると、真玄はそれをテーブルに並べた。
「……これ、もしかしてフルコースですか?」
「ええ。といっても、ドレスコードもマナーも気にしなくていいわよ。私、そういうの苦手だし、今は誰もいないしね」
「そういう問題なのでしょうか……」
真玄のことは気にせず、千草はサラダとスープを口に運ぶ。
新鮮ならレタスとトマト、それにコーンというシンプルなサラダは、器を持った瞬間によく冷えているのだろうと感じた。一方、運ばれてきたコーンポタージュは対照的に、火からおろしたばかりのように湯気が立っていた。
「ところで、今日はどうしてここへ?」
真玄が尋ねると、千草はスープを飲む手を止めた。
「お礼がしたかったのよ」
「お礼?」
「ええ。私、今までずっと一人で何でもできると思っていたけれど、やっぱりそうではなかったのよね。もし一人の時にあんなことがあったら、とても対処できなかったわよ」
「ああ、犯罪者予備軍のことですか」
真玄がスープを口にしようとすると、自動台車が前菜を持ってやってきた。真玄はそれを、それぞれテーブルに並べる。
「本来なら、俺たち非リア充がいなくても、彼らは勝手に爆発していたのでしょう。でも、やはり女性に怖い思いをさせるわけにはいきませんから」
「そう。この先も、私のように怖い目に遭ってる女の子を助けようと思ってるの?」
「女性とは限りませんが……やっぱりこういう世界ですから」
「そうね。誰もいない世界が、こんなにも自由で、こんなにも寂しいものだとは思わなかったわ」
千草はそう言うと、前菜のサーモンカルパッチョを一口取り分けた。
「ところで、これからどうするの? 結局この世界のことは、まだきちんと分かってないんでしょ?」
「ええ。でも、少しずつ分かって来ているんです。三種類の人間がいるということもわかりましたし、どうすれば人間が爆発するかもわかりましたから、後は……」
「目的、かしら」
千草は残ったスープをスプーンですくい、空いた皿を片付け用の台車に乗せた。
「どうしてこんな実験をしているのか、それさえわかれば、何か対策が取れるかもしれない、ということね」
「はい。ただ、さすがにそこまではまだ分かっていません。リア充を爆発させる実験が、一体どのような意味を持つのか」
「そうね。でも大体、何かを消そうとするということは、その存在が邪魔だから、あるいはそのような結果をちらつかせて脅すためかだと思うの」
「存在を消す、あるいは脅しのため、か……」
真玄は腕を組むと、手を付けていないスープをじっと見つめる。
「焦っていてもしょうがないわ。時間はまだありそうだし、ゆっくり考えましょう」
「そ、そうですね」
「それに、今日は私と食事に来ているのよ? 真玄君、さっきから料理に手を付けていないけれど、体調でも悪いのかしら? それとも、こういうのは苦手?」
「え?」
真玄はふと、自分の目の前にある、手を付けていない料理を見つめた。
「い、いえ。ちょっと驚いてしまって、食べるのを忘れていただけですよ」
「話に夢中になっているからよ。今は、この世界のことを忘れましょう」
千草はそういうと、サラダの残りを平らげ、片付け用の台車に乗せた。その台車が厨房に向かうのとすれ違いに、メイン料理とブレッドを載せた台車が、こちらにやってきた。
真玄がメイン料理であるチキンの香草焼きをテーブルに並べると、カラン、と店の入口から音がした。
「あら、誰も来ないと思ったのに、お客さんかしら。珍しいわね」
真玄と千草が入り口を見ると、一人の女性が店内へと入ってきた。




