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EP11:欲求解消

 室内に漂う、血の臭い。そして、座ったままの、太った男の遺体。社内食堂は、社員が安心して食事ができる場所から、見るも無残な地獄絵図と化していた。


「な……何が起こったの? これが、人間が爆発するってこと?」


 千草は震えながら、沙羅にしがみついていた。


「千草、一旦外に出た方がいい。ここは、気分が悪くなる」


 そう言うと、沙羅は千草を外に誘導し、自分は男の遺体へと近寄った。


「真玄、寒太に連絡。私は、こいつを調べてみる」


「……一人で平気か?」


 机の下から出てきた真玄は、改めて遺体を見て、少し吐き気を催した。


「私は大丈夫。真玄の方が、顔色悪い。外に出た方がいい」


「あ、ああ、わかった」


 真玄は沙羅に言われ、青ざめた顔のまま外に出た。


「それと、手袋、無いかな」


 沙羅は手袋を求めて水道周りと掃除用具を探し始めた。そして、掃除用具から、掃除用のゴム手袋を探し、自分の手に付けた。そして、爆発した男の遺体を調べる。

 その間、真玄は寒太に現状を報告した。食品会社「サイジョウ・ウイング」の社員食堂で、犯罪者予備軍と思われる男が爆発したこと、それは食べようとしていたハンバーグセットを全て食べてしまった後のこと、その他、何故ここにいるかの経緯などを伝える。寒太は、「現場に向かいたいから、しばらく待ってくれ」と言い、電話を切った。

 真玄が話しているそばで、千草は突然の出来事にショックで震えていた。


 しばらくすると、男の体を調べ終わった沙羅が、真玄たちのもとへ帰ってきた。


「何かわかったか?」


 真玄が尋ねると、沙羅は首を縦に振った。


「爆発の状態は、前私を襲った男の時と、同じ。体の隅々まで調べたけど、特に目立った外傷はない。この前と、同じ」


「じゃあ、やっぱりメシをたらふく食べたから爆発したってことか」


「もう一つ、持ち物を調べてみた。ポケットの中に、アパートの部屋のだと思うけど、鍵が一つ。あと、ポケットティッシュ。これだけしか、なかった」


「食料を求めてやってきたんだから、特に何も持つ必要がなかったんじゃないか?」


 真玄がそういうと、沙羅は首を振った。


「おなかが減って、食べ物探して、ここまで来た。だとすると、絶対に持ってないとおかしいものがある」


「持ってないとおかしいもの?」


「真玄、店でごはん食べるとき、どうする?」


 沙羅に質問され、真玄は一瞬考えてしまう。


「えっと、まず店に入って、席について、メニューみて、決まったらマークシートに記入して、読み取り機に……あっ」


「そういうこと」


 真玄が手をぽんっと叩くと、沙羅は腕を組んで続けた。


「あの男、プリペイドカード、持ってなかった。あれがあれば、一日五千円までは、ごはん、食べられるのに」


「残高がなかったとか、家に置いてきたとか?」


 真玄の問いに、沙羅は首を振った。


「それは、考えにくい。残高無くなっても、例えばどこかでお金を拾えば、おつりはプリペイドカードにチャージされる。それに、家に置いて失くしたら、面倒。普通は、貴重品、肌身離さず持っておくはず」


「ってことは、つまり?」


「あの男、多分、最初から……」


 沙羅が言いかけた時、後ろからパチ、パチと手を叩く音が聞こえた。


「さすが、ホンドウサラ、前回あの状況で遺体に近づいただけあるよ」


 声の主は、社員食堂と反対側、つまり工場側から聞こえてきた。振り返ると、見たことのある青いショートヘアに、青いジャケット。


「あ、アマミヤ!? 一体どういうことだ?」


 真玄はその声の持ち主、アマミヤに尋ねた。


「さっき爆発した男は、プリペイドカードを最初から持ってなかった。それだけのことさ」


「どうしてだ? 俺たち非リア充も、沙羅ちゃんや千草さんのような近リア充も、みんなプリペイドカードを持ってるじゃないか」


「どうしてって、簡単なことだよ。実験のためさ」


 アマミヤはそういうと、歩いていた足を止めた。


「今回の実験は、『リア充を爆発させる』という実験、これはわかるよね。しかし、『リア充』という状態がどんな状態か、それがわからないだろう。だから現在の実験では、『欲求を満たした状態』を継続していることを『リア充』と定義しているわけさ」


「……なるほど、寒太が言った通りか」


「もちろん、それだけが『リア充』の条件ではないけれどね。それで、三種類のタイプの人間を、準備したわけさ」


「非リア充、近リア充、犯罪者予備軍の三種類か」


「その通り」


 アマミヤは「お見事」と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「もともと非リア充というのは、この世界の住人兼最終被験体として、しばらくこの世界で暮らしてもらおうと思っていたんだ。だから、生活に不自由しないよう、プリペイドカードを渡しているし、ほとんどの情報を与えているわけ。それに対して、犯罪者予備軍は、現在の被験体、つまりすぐに爆発させる対象だ。『欲求を満たした状態』を作り、爆発させる。それには、彼らに犯罪をさせるのが手っ取り早いのさ」


「何故だ? 欲求を満たすだけなら、プリペイドカードで欲しいものを好きなだけ買わせればいいじゃないか」


「シロサキマクロ、君は人間と言うものを理解していないのかい?」


 アマミヤははぁ、とため息をついた。


「人間の欲求というのは、確かにそれが満たされた時点で満足するけれど、その満足の度合いはそこに至るプロセスも関係するんだ。例えば、必死に働いて稼いだお金で欲しかったものを買うのと、最初からお金をたくさん持っていて簡単に買うのでは、買ったものに対する思い入れが違うはずだよ。同じことを利用して、より強く、長い『欲求を満たした状態』を作りたかったのさ」


「同じこと?」


「人間ってね、禁止されたことほど、やりたくなるものなんだ。ほら、未成年がタバコを吸いたくなるとか、人が持っているものを奪いたくなるとかあるでしょ? だから、彼らにはプリペイドカードという、正当な方法で欲求を満たす方法を断ち、犯罪に走らなければ欲求が満たせないように仕向けたのさ」


「そんな理由で、沙羅ちゃんや千草さんを危険な目に遭わせたのかよ!」


「もともと近リア充は、犯罪者予備軍が爆発したということの目撃者で配置したんだ。それにより、近リア充たちにこの世界でのルールを覚えさせる。その上で彼らを実験対象にし、成果を挙げるのが目的さ。本来なら非リア充には引きこもってもらって、情報を遮断したかったんだ。けれど、君たちはどういうわけか近リア充たちを探し出し、集めてくれている。何もせずとも楽して暮らせる世界なのに、一体なんでそんなことをするのか、僕には理解できないな」


 やれやれ、とアマミヤが腕を組んでため息をついていると、沙羅が真玄の前に立ってアマミヤに言った。


「アマミヤ、真玄たちは、元の世界に戻るのを望んでいる。そして、私たちを助けてくれた。私たち、元の世界に戻るために、あなたたちの実験、必ず阻止する」


 沙羅の言葉に、アマミヤはため息をつく。


「実験を阻止、ねえ。どうやって止めるつもりだい? 僕だって、そんなことができるなら、やり方を教えて欲しいくらいだけど」


「それは……」


 沙羅が言いあぐねていると、真玄が沙羅の前に出て言った。


「何を考えているのかわからないけど、必ずお前たちのマスターを見つけ出し、やめさせてみせる!」


「……シロサキマクロ、マスターを見つけるだけじゃあダメなんだよ。マスターの目的を探るだけというのもね。自分たちがやっていることが正しいというのなら、それを証明する必要がある。そんなに簡単じゃないと思うよ」


 そういうと、アマミヤは工場の方へと歩いていった。


「おい、アマミヤ、ちょっと待て!」


「死体の始末は僕たちがしておくから、心配しないで。明日には元に戻っているよ。もっと調べたいなら、好きにすればいいけど」


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 真玄が引き留めようとするも、アマミヤはそのまま姿を消してしまった。



「千草さん、大丈夫ですか?」


 アマミヤが去った後、あまりのショックで震えて座り込んでいた千草を、真玄はなんとか引っ張って立ち上がらせた。


「え、ええ。少しは落ち着いたわ。なんていうか……あまりに衝撃的過ぎて」


「一人でいたら、今後もこう言うことが続くかもしれないんです。こんな異常な世界から抜け出すためにも、仲間が欲しいんです」


「……だけど、私なんて、仕事しかできない女よ? 役に立つのかしら?」


 千草が自信なさげに言うと、沙羅が「大丈夫」と声を掛けた。


「私も、真玄たちと会う前、そう思ってた。でも、こんな私でも、役に立つこと、あった。千草の居場所も、きっとある」


「……そう。ありがとう。不思議ね、年下の子に慰められるなんて」


「人を助けるのに、年上も年下もない。助けたいから助ける、頼りたいから頼る。それだけ」


「そうね。ちょっと考えが固かったかな」


 千草はそう言うと、突然力が抜けたように壁に寄り掛かった。


「やっぱり大丈夫じゃないみたいですね。ちょっと座って休んでいてください。仲間も来ますから」


「……ええ、そうさせてもらうわ」


 真玄は社内食堂から、汚れていない椅子をいくつか持ってくると、千草をそれに座らせた。

 しばらくすると、芹井寒太から近くまで来たという連絡を受けたので、真玄は沙羅に千草を任せて寒太を迎えに行った。

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