EP10:社員食堂
事務所を出ると、千草は真玄たちを工場の建物へと案内した。
本社が縦長でビルのような建物で、工場は横幅と奥行きが広い。建てられて既に十年ほど経っているらしいが、本社と同じく白一色で統一された建物は、妙に新しく感じる。
いくつかある入口のうち、千草は入口から向かって一番右奥の入口へ真玄たちを案内した。
「せっかくだから、工場も見学していったら? 結構おもしろいわよ?」
「え、大丈夫なんですか? 関係者じゃないのに」
「大丈夫よ、小学生が工場見学に来るくらいなんだから」
千草はそう言いながら入口の扉の鍵を開け、真玄たちを招き入れた。
工場内に入ると、ガラス張りの通路があり、ガラスの向こうではテレビでたまに見かける、食料品を作る工場内部によく似ていた施設が稼働していた。
いくつものラインに分かれ、大きな機械から加工された食品が、ベルトコンベアから流れてくる。
それらの商品を見ると、どうやらここは、ピザやフライといったものの冷凍食品を作っている工場であるようだ。
「ここで作業をしている様子が分かるの。中で仕事する人たちは、別の入口で着替えたり消毒したりして入るんだけど、今は誰もいないわ」
機械の大きな音の中で、千草は真玄たちに聞こえるように大きな声で言った。
「これって、全部機械で作ってるんですか?」
工場の中を見て、真玄は千草に質問する。
「本当は中に作業する人が入って、機械でできないことをやるの。でも今はどういうわけか、作業員がいなくても機械が全部してくれているみたいなの」
「工場は、ずっと稼働しているんですか?」
真玄が尋ねると、千草は首を縦に振った。
「ええ。私がいなくても、ずっと動いているみたい。大体人がそんなにいないのに、こんなに作ってどうするのかしら」
「……需要は、ある」
千草がため息をついていると、沙羅がつぶやいた。
「え、沙羅ちゃん、聞こえない」
「冷凍食品やレトルト食品は、もともと日持ちがするもの。だから、これを飲食店に持って行けば、ほとんど人の手がかからない。全部温めるだけ。多分、家からパソコンを使って届けてもらうのも、ほとんどここで作ってる」
沙羅がそう言うと、真玄は「なるほど」とつぶやいた。
「沙羅ちゃんが言う通りよ。ほとんどがスーパーに行ってしまうけれど、レストラン用や弁当屋用の加工品もあるの。ただ……」
「ただ?」
歯切れの悪い千草の言葉に、真玄が言葉をはさむ。
「そういえば、初めてこの世界に来た時から、別のラインができているみたいなの。もしかしたら、それがレストラン用に増設されているのかも」
「なるほど、今まで人の手がかかっていたものを、全部レトルトや冷食にしているのか」
「そうね。冷凍食品の生産ラインが、少し減っている気がするし」
しばらく三人は、冷凍食品が流れるベルトコンベアを眺めていたが、千草が「次に行きましょう」と声を掛け、先に進んだ。
冷凍食品と同じように、レトルト食品の加工場と缶詰の加工場を見学する。そして、一通り見終わった後、事務所へ通じる通路へと向かった。
「この先は、社員食堂になってるの。うちは食品会社だから、ほら」
千草は社員食堂の扉を開けると、入ってすぐ右側にある、いくつもある自動販売機を指さした。
「冷凍食品とレトルト食品の自動販売機。ここで買って、向こうの電子レンジで温めて食べるのよ。冷凍食品やレトルトと言っても、社員食堂用の特殊なレトルト食品もあるし、何より社員割引が効くから、普通よりかなり安く買えるのよ。ごはんと味噌汁も、別に販売してるわよ」
そういうと、千草は奥の自動販売機でレトルト食品をいくつか購入した。
「お腹が空いたでしょう? これが、社員食堂用のハンバーグセット。ごはんもセットになっていて、ワンコインなの。お皿は反対側の棚にある食器を好きに使っていいから」
「すごいですね。食品加工会社って、全部こんなのなんですか?」
レトルトのハンバーグセットを持ち、電子レンジに向かいながら、真玄は千草に尋ねた。
「いえ、他の所は無いんじゃないかしら。社長が、うちの味をもっと知ってほしいからって始めたことだし」
「さすがは、大手の食品会社ですね」
レトルトのハンバーグセットは、そのままレンジにかけても大丈夫らしい。三台のレンジで三分間温め、ハンバーグと付け合わせ皿に、ごはんを茶碗へ移す。これで、ほかほかのハンバーグランチが出来上がりだ。
それらをトレーに乗せ、近くのテーブルまで運ぶ。お茶はセルフサービスとなっている。
外に食べに出る社員もいるそうだが、空調が効いていて好きなものが食べられるとあって、社員食堂はいつも満員だそうだ。
「食事が終わったら、今日働いた分、うちの商品あげるわ。どうせ食べ物くらいしか使うことないだろうし、社員割引で安く手に入るから、普通に買うよりもお得だと思うの」
「ありがとうございます」
「いえいえ、働いた分だから、遠慮なくもらっておきなさい。ちゃんと費用として計上しておくから」
そういうと、千草は一枚の伝票をポケットから取り出して真玄たちに見せた。
「……さすが経理課のエース、抜け目ないですね」
「アルバイト代と変わらないわよ。ささ、冷めないうちに食べましょう」
千草がそう言って、ナイフをハンバーグにいれようとしたときだった。
ドン、という音が、通路の方から聞こえてきた。
「……今の音は?」
「おかしいわね、今は誰もいないはずなのに。ちょっと様子を見てくるわ」
そう言って千草が立ち上がった時、ドン、と先ほどよりも大きな音が響き、入り口から、体重百キロはありそうな太った男が入ってきた。
「おい、メシをくれ。メシだメシ!」
太った男はそう言いながらこちらに向かってくる。それを見て、千草も男に近寄った。
「ちょっと、あんた誰よ。ここは部外者立ち入り禁止よ。さっさと出ていきなさい!」
「ダメだ千草さん、近寄っちゃいけない!」
真玄が忠告するのも間に合わず、太った男は近づいてきた千草を突き飛ばした。
「キャッ!」
幸い並んでいたテーブルにはぶつからず、千草は床へと倒れ込んだ。
「千草、大丈夫?」
倒れた千草の元に、沙羅が駆け寄る。
「え、ええ。な、なんなのあいつ?」
「こいつは、おそらく犯罪者予備軍と言われる奴です。どうやら、食料を求めてここまで来たみたいですね」
真玄がそう言っている間にも、男はこちらにやってくる。
「おお、メシだ! そのメシをよこせ!」
男は真玄の方を指さす。その先にあるのは、テーブルに並べられたハンバーグセットだ。
「……食べてもいいが、お前、死ぬぞ?」
真玄はハンバーグセットの前に立ちはだかって言ったが、男はそんなことは聞いていない。
「邪魔だ! そのメシよこせ!」
男は止めようとする真玄の腕を引っ張り、思いっきり反対方向へと投げ飛ばした。
「ぐあっ、いったぁ……」
真玄は肩をテーブルの脚にぶつけ、そのまま倒れこむ。なんとか立ち上がろうとするが、力が入らない。
そうしているうちにも、男はテーブルにたどり着き、その上のハンバーグをむさぼる。
「んぐっ、んぐっ、ハンバーグ、うめえ」
千草と沙羅は男の食べっぷりを見て身動きが出来ず、真玄は肩の痛みで立ち上がるのがやっとだ。
そのうち男はハンバーグセットを全て平らげてしまった。
「んぐう、うまかったぁ」
テーブルの上のハンバーグセットを全て平らげると、男はお茶を飲んで満足そうに座った。
真玄がその様子を見ていると、顔に異変が起こっていることに気が付いた。
「沙羅ちゃん、千草さんを連れて遠くへ逃げて!」
真玄の声を聞き、沙羅は一瞬何のことかと考えた。しかし、男の顔を見た瞬間、何が言いたいのかわかったようだ。
「千草、真玄の言う通り、ここから離れる」
「え、な、何が起こるの? ねえ、真玄君? 沙羅ちゃん?」
訳も分からず、千草は沙羅に引っ張られるまま男から離れていく。真玄も何とか立ち上がり、その場から離れようとした。
「う……なんだ、苦しい。食べ過ぎか?」
男は立ち上がろうとせず、そのまま手を首のあたりにやろうとする。しかし、首に触れた瞬間、「あつっ!」とその手を離した。
「な、何だ? あ、頭が、熱い?」
男は何が起こっているのかわからず、ただ両手を広げたまま慌てている。
「……何なの、あの男? 急に顔が真っ赤になって……」
「千草、伏せた方がいい。気分、悪くなる」
「え?」
沙羅はそういうとその場で千草とともに座り込み、千草の頭を抑えた。
「な、何だ? た、助けてくれ、何が起こってるんだ!?」
自分の体に異常が起こっているにも関わらず、男は立ち上がろうとしない。
顔はどんどん赤くなり、まるで提灯のようになっていく。
「うわぁぁ、な、なんだ、く、くるしい、た、たすけ……」
数秒後、男の頭は吹き飛び、肉片と血が並んでいるテーブルに飛び散った。




