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EP9:手伝い

「クレストリア」を出ると、真玄たちはその近くにあるバス停へと向かった。

 時刻は午前十一時過ぎ。バス停の近くに建物があるため、日蔭には困らない。しかし、それでもなお、強い日差しに温められたアスファルトが発する熱で、うだるような暑さが襲ってくる。


「こんなところからバスが出ていたんですね」


 真玄は持ってきたタオルで汗をぬぐいながら、千草に尋ねた。


「ええ。普段は何も通らないのだけれど、バス停で待っている時にボタンを押せば、その時刻に合わせたバスがやってくるわよ」


 千草はかばんから扇子を取り出し、顔を扇ぎながら答えた。


「……時刻表通り? 時間守る意味、あるの?」


 沙羅はバス停の時刻表をじっと見ながら、千草に尋ねる。


「誰も乗る人いないだろうけど、もしだぶってたら事故になる可能性があるからだと思うわ。運転は自動操縦だから、大丈夫と思うけれど」


「そんな設定しなくても、誰も乗らないから、すぐに来ればいいのに」


 沙羅はふう、と一息ついて時刻表から顔を離した。そして、すぐに真玄の後ろに隠れた。


「え、な、何でそんなところに隠れるのさ」


「真玄の後ろの方が、涼しい」


「いや、俺の熱がある分、余計暑い気が……」


 真玄が言いかけた時、ちょうどバスのクラクションが聞こえた。バス停の前にバスが止まると、それぞれ読み取り口にプリペイドカードを通す。降りるときは降車ボタンを押して、出口にプリペイドカードを通すのだ。

 バスの内部は、元の世界のものとほとんど変わらない。ただ、運転席には誰もいなかった。


「……本当に大丈夫かな、このバス」


「自動操縦が信じられなかったら、この世界では生きていけないでしょ?」


「確かに……」


 真玄の心配をよそに、バスは元の世界と同じように発車した。


 ****


 バスに揺られて十五分ほどで、田園風景や商業施設は姿を消し、企業の建物や工場が立ち並ぶ工業地帯へと入り込む。いくつかあるバス停を通り過ごした後、千草が停車ボタンを押した。

 工業地帯のほぼど真ん中と言っていいほど、工場に囲まれた場所で降りると、千草は一つの建物へ向かって歩き出した。

 バス停から歩いて三分ほどの所にある建物の入口には、「株式会社サイジョウ・ウイング」と書かれている。ここが、千草が働いている会社である。

 向かって右側が工場になっており、ここで食品の加工を行っているそうだ。

 千草が働くのは、左側前方にある事務所兼本社だ。大手の会社ということで守衛所があり、そこで守衛が社員の確認をしたり、通行許可を与えたりしている。


「本来なら社員証か通行許可証が必要なんだけど、今はあまり意味をなしてないわ」


 そう言いながら、千草は「こっちよ」と事務所へと案内した。


 さすがに大手の会社だけあり、外も中も白一色で統一され、清潔感がある。入り口には受付があり、そこを左へ行くと階段とエレベーターがある。本来なら入り口で用件を聞いて取次ぎを行うのだが、今は誰もいない。

 階層ごとに、例えば二階はレトルト食品部門、と言ったように、各部門の事務所がある。

 千草が働くのは六階にある経理課だ。エレベーターを使い六階まで上がると、事務所の入口が見える。扉を開けると、社員用の机が整然と並んでいるだけで、やはり誰もいない。


「普段はここで伝票の処理をしたり、支払いや事務処理なんかをするんだけど、あいにく今は私しかいないの。本当は会社の制服に着替えるんだけど、今は誰もいないから私服のままでやってるわ」


 千草はそういうと、自分の仕事机に向かい、パソコンの電源を付けた。起動するまでの間、千草は座って自分の机の上にあるレターボックスを確認する。


「誰もいないはずなのに、こうして毎日伝票が届くのよね。最初は不気味で怖かったけれど、今は当たり前になってしまったわ」


「最初はそうですよね。俺も、アルバイトしている時に、いろいろ勝手に出来ていてびっくりしましたから」


「ええ。商品の加工や仕入れなんかは勝手にやってくれるのだけれど、こういう伝票処理とか、仕事効率を上げるためにやることっていうのは、全然やってくれていないのよ。おそらく、お金の受け渡しがないから、伝票なんて本来は必要ないのでしょうけれど」


 千草はパソコンが起動したことを確認すると、レターボックスの伝票を「未処理伝票」と書かれた箱に移し、会計ソフトを立ち上げた。


「あ、そうそう。真玄君と沙羅ちゃんにやってもらう仕事なんだけど」


 そういうと、千草は立ち上がってファイルが入っている本棚を開けた。そして、その中から一冊を取り出し、真玄たちがいる机の前に置いた。


「これ、ラベルが貼ってあるでしょ? でも、古い奴だと、はがれかけてたり、手書きだったり、読みづらかったりするものがあるの、そういうものを、ラベラーで印刷して貼っていってほしいの」


「ラベル、ですか?」


「ええ。ラベラーはその棚の下にあるし、テープはその上にあるわ。その見本通りに貼っていってね」


 真玄は言われた通り、棚の下からラベラーを取り出し、本棚の資料を片っ端から取り出した。


「……結構あるな」


「大丈夫、二人でやれば、そんなにかからない。はず」


 ざっと見た限り、資料のファイルの数は五十冊程度ある。真玄と沙羅は、千草が伝票処理をしている間、ラベル貼りに精を出した。


 ****


 ラベルを貼りはじめておよそ二時間後、すべての資料のラベル貼り替えが終わった。

 真玄がファイルを見てラベラーに打ち込み印刷、沙羅がそのラベルをファイルに貼る、という役割分担で作業した。

 途中テープの変え方が分からずあたふたしたり、ファイルに名前がなかったりといったハプニングはあったが、千草の指示でなんとかすべてに貼ることができた。


「お疲れ様。結構大変だったでしょ? ここ、こういうのこまめにやらないから、結構溜まってたりするのよ」


「もう、ファイル作った時点でラベル作りましょうよ」


「そうね、それが一番なんだけど」


 そう言いながらも、千草の伝票を取る手とパソコンに打ち込む手は止まらない。


「伝票、一日で結構来るんですか?」


「日によって違うわよ。原料の仕入れがたくさんあった時なんかはたくさん来るし、あんまり来ない日もあるわよ」


「今日は、多い方ですか?」


「うーん、少ない方、かな」


 そう言っている間に、千草は最後の伝票の処理を終わり、「処理済」と書かれた箱に伝票を入れた。


「ふう、ひとまず今日の分の処理は終わりね。後はこれをファイリングしていくだけなんだけど」


「あ、手伝いますよ。一人より三人の方が早いですし」


「そう? じゃあ、みんなでやりましょうか」


 千草は「処理済」の箱に入った伝票を適当に真玄と沙羅に分けた。そして、本棚から該当するファイルを見つけ、一枚一枚ファイルしていった。



 三十分ほどでファイリングが終わると、千草は「ご苦労様」と言って真玄と沙羅をねぎらった。


「手伝ってもらったんだし、せっかくだからいい物をあげるわ。ちょっと、工場までついてきて」


 そういうと、千草は事務所の入口へと向かった。

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