EP7:買い物
次の日、真玄は知美と約束したとおり、パン屋の買い物に付き合った。あいにく、昨日からの雨で天候は良くなかったが、それでも知美はご機嫌な顔で待ち合わせ場所に待っていた。
知美が紹介してくれたパン屋は、基本的には他のパン屋とは変わらない。店内の周囲とその中央に、商品のパンが並べられ、カウンター前には飲み物が並べられている。
また、売り場とは別に飲食コーナーがあり、パンを購入すると、店内で無料でコーヒーが飲める仕組みだ。真玄たちは一通り見て回った後、持ち帰り用の分と合わせてパンをいくつか購入した。
飲食コーナーは、さながら喫茶店のような空間だ。五つほどのテーブル席と、いくつかのカウンター席がある。真玄たちは、テーブル席の一つに座ることにした。
「それで、芹井君は何て言ってました?」
知美はコーヒーを口にしながら、真玄に聞いた。
「なんかね、近々千草さんに、犯罪者予備軍の誰かが近づくんじゃないかって」
「犯罪者予備軍?」
「ほら、知美の時も沙羅ちゃんの時も、変な男が近づいてきたじゃない。同じように、近リア充枠である千草さんにも、そろそろそんな奴が来るんじゃないかって」
「それで、怖い目に遭うってことですか?」
「え?」
知美の言葉に、真玄は思わず聞き返した。
「私はまだいいですよ。でも、沙羅ちゃんは、無理やり襲われそうになったんですよ? 同じようなことになるってことですか?」
「……かもしれない。実際はどうなのかわからないけれど」
「そんな怖い目に遭わせてまで行う実験って、一体何なんでしょうか」
「わからない。その目的を突き止めるのが、俺たちの役割だと思ってる」
「そう、ですね。こんな怖いこと、早く終わらせたいですよね」
そういうと、知美は一度店内のトースターで焼いたピザパンを口にして、「あ、やっぱりおいしい」とつぶやいた。
「それで、これからどうするんです?」
「ひとまず何回か千草さんと接触して、様子を見てみることにする。途中で説得してみるけど……難しいだろうなぁ」
「大人だから、ですか?」
「事情が飲み込めないことには、どうしようもないからね。いろいろと話を聞きたいし」
「そうですね。真玄先輩、女の人を口説くのは得意そうですから」
「口説くって……そんな人に見える?」
「なんていうか、人を丸め込むのが得意そうです」
「なんだかなぁ」
そう言いながら、真玄は買ってきたあんぱんをちぎって口に入れた。
「とにかく、一人でいるのが危険である以上、出来るだけこちらで見守りたいし、いずれは仲間になってもらわないと」
「それはそうですけど……でも、その、犯罪者予備軍の人が近づくって決まったわけじゃないんでしょ?」
「可能性がある……いや、可能性が高い以上は放ってはおけないよ。それに、この世界から脱出するためには、いろいろと情報を集めないといけないから」
「結局は、そうするしかないのですね。早く、こんなこと終わればいいのに……」
知美ははぁ、とため息をつくと、冷めかけたコーヒーを飲み干した。
「私、別にこの世界にずっといてもいいんですが……二人きりなら……」
知美はコーヒーをスプーンでかき混ぜながら小声でつぶやいた。
「え、どうしたの?」
真玄は知美のつぶやきを聞いてそう言うと、知美は慌てて「何でもないです!」と声を荒げた。
「と、とにかく動くしかないなら、動きましょう! ここでこうしていてもしょうがないですから!」
「そうだね。ひとまず今日連絡を取って……」
「あ、今日は一日私の買い物に付き合ってもらいますからね。この後は服を買いに行って、それからアクセサリー屋さんに行きましょう」
「なんでそうなるんだよ。今日はここだけじゃないのか?」
真玄がそういうと、知美は頬を膨らませた。
「むー。今日くらいいいじゃないですか。真玄先輩、なかなか一緒に遊んでくれないし。それとも、沙羅ちゃんみたいにもっと年下しか興味がないんですか? ロリコンですか?」
「違うよ! なんでそうなるのさ!」
「ロリコンだと思われたくなければ、今日一日付き合ってくださいね!」
そういうと、知美は残っていたピザパンを平らげた。そして席を立つと、「さあ、次行きましょう」と真玄の肩を引っ張る。
「え、ちょ、ちょっと、まだ食べ終わってないって」
「別に食べながら歩けばいいんですよ。飲み物は途中で自販機で買えばいいんです」
あんぱんを片手にし、真玄はなんとか荷物を持ってそのまま知美に引きずられるように店から出た。
****
結局パン屋を出た後、知美は近くの衣料品店でしばらく服を見て買い物を楽しんだ後、本屋でしばらく立ち読みをし、さらに雑貨屋で真玄にネックレスを買わせた。
真玄は「何で俺が買わないといけないんだよ」と言ったが、知美に「ロリコンと言われたくなければ……」と脅され、何故か買わされる羽目になったのだ。
夕方五時ごろに雑貨屋から出ると、「今日は楽しかったです」と言って知美と別れた。真玄はぐったりとしながら、「自転車が欲しい……」と愚痴りアパートへと向かった。
自宅に戻ると、真玄はそのまま居間で倒れ込んだ。そのまま眠ってしまいたかったが、やることがあるのを思い出し、重い体をなんとか起こす。
スマホを取り出すと、その中から最近登録した電話番号へ発信した。
『あら、こんにちは、真玄君。どうしたの?』
「千草さん、またお話を聞かせてもらいたいのですけれど、いつか空いている日はありませんか?」
真玄がそういうと、千草は『そうねぇ』と少し声を詰まらせた。
『早くてあさってかしら。今仕事が忙しくて、手が離せないの。ほら、誰もいないから、いつものようにいかなくて』
「わかりました、じゃああさって、あの喫茶店で」
『わかったわ……あ、真玄君、暇なら私の仕事、ちょっと手伝ってくれないかしら。そんなに難しいことじゃないから』
「え、いいですけど」
『ありがとう、詳しいことは会った時に話すわ。それじゃあ、また』
そう言って、千草は電話を切った。
「仕事の手伝いっていわれてもなぁ……」
切られたスマホを見ながら、真玄はつぶやく。そして、いつも通りパソコンの電源を入れた。
「疲れたし、今日もピザかなぁ。なんだか、久々に非リア充になった気分だ」
そういうと、昨日も頼んだピザ屋に注文を入れた。真玄のかばんからこぼれた荷物から、知美とおそろいで買ったネックレスが、裸のまま寂しそうに顔をのぞかせていた。




