EP2:試験世界
住宅街を抜け、大通りに入る。真玄はアマミヤについていきながら、周囲の建物を観察していた。
どう見ても、今までいた世界と同じだ。しかし、やはり細かいところで、知っている世界と違うということが分かる。
「ところで、リア充を本当に爆発させるって、一体……」
アマミヤの後ろから真玄は声をかけるが、アマミヤは振り向こうとしない。
「そのことについては、あそこに着いたら説明があると思う。とりあえず、ついてきて」
アマミヤは学校の体育館を指さしながら、大通りを横切って行った。
信号は作動しているものの、車は一台も通っていない。この時間なら、通勤ラッシュで混んでいてもおかしくないはずだ。
「今のところ、車は通ってないよ。もともと空っぽの世界だから」
道路を確認する真玄を見ながら、アマミヤはまたクスリと笑った。
何軒かの家を見たが、車が止まっている家が何軒かあった。しかし、住んでいる人はいないのだろう。
「もしかしたら、そのうち車も通るかもしれないけど」
とアマミヤは追加して言ったが、真玄はいろいろと気になることがあり、きちんと聞いていないようだ。
しばらくして、二人は小学校の体育館についた。選挙の時に何回か来たことがあるが、バスケットボールのコートが二面ある、比較的大きな体育館だ。
中からは、わずかながら話し声が聞こえる。どうやら、何人かいるらしい。
「あ、靴は脱がなくていいから」
真玄が靴を脱いで入ろうとすると、アマミヤが先に入って言った。
体育館の中は汚れ除けのシートが敷いてある。真玄は、靴を履き直してアマミヤの後について行った。
中にはパイプいすが並べられており、そこに五十人ほど人が座っていた。
「適当に、空いている席に座って」
「え、ちょ、ちょっと」
「もうすぐ始まるから」
たった一言、真玄に告げると、アマミヤは体育館の奥へ消えた。
「ったく、何なんだ、これは」
仕方なく、真玄は後ろの方の空いた席に座った。
「ん、なんだこれは?」
椅子の下には。五百ミリリットルのペットボトルが置かれており、中には透明な液体が入っている。
ラベルを見ると、ミネラルウォーターのようだ。
周りを見渡すと、他の参加者も、同じミネラルウォーターのペットボトルを持っている。中には、中身が半分ほど減っている人や、ふたを開けて豪快に飲んでいる人もいる。
「飲んでもいいってことかな。のどが渇いていたし、ちょうどよかった」
ペットボトルのふたを思いっきり開けると、真玄は一気に半分ほどミネラルウォーターを飲み干した。暑くて渇いたのどに、少しぬるくなった水が流れ込んでうるおしていく。
「ふぅ、生き返った」
汗をぬぐってペットボトルにふたをすると、辺りが急に暗くなった。体育館の照明が消えたようだ。
それに合わせて、館内のざわめきが大きくなる。「なんだ?」「どうした?」という声が、ところどころから聞こえてきた。
「ん、なんだ? 何か始まるのか?」
真玄も、ペットボトルを置いて周囲を見渡した。ウイーン、という機械音が聞こえたので前を見ると、暗闇の中でスクリーンが準備されている様子が見えた。
機械音が止まると、白いスクリーンにプロジェクターにより画像が映し出された。そこには、「ようこそ、非リア充のみなさん」と文字が書かれている。
「みなさん、静かにしてください」
館内に響き渡る、スピーカーからの男性の声で、全体が静まり返る。
「非リア充のみなさん、集まっていただき、ありがとうございます。これよりあなたたちには、我々の研究に協力していただきます」
スピーカーの声を聴くと、館内が先ほどと同じように、ざわざわとざわめき始めた。
「研究って、あれか?」
「リア充を爆発させるとか言う」
どうやらここに集まっている人は、全員リア充を爆発させる研究について、事前に何らかの説明をされているようだ。
「あなたたち非リア充のみなさんは、リア充たちが充実した生活を送っているのを見て、さぞかし歯がゆい思いをしていたと思います。そんな時、誰もが思ったことでしょう。『リア充爆発しろ』と」
その声を聴き、館内のざわめきは一層激しくなっていく。
「そうだ、リア充爆発しろ!」
「くっそ、俺だってリア充になりてえよ」
思い思いのことを口に出す館内の人たち。よほど、リア充に恨みがあるらしい。
「そこで我々は、実際にリア充を爆発させるための研究を行いました。まずはこちらをご覧ください」
スピーカーの声が止むと、スクリーンの画像が切り替わった。公園かどこかのベンチに座っている女に、男が缶ジュースを買ってきたところだ。
簡単に言うと、デート中のカップルのワンシーン。非リア充たちのイライラの原因の一つだ。
一体こんなものを見せてどうするのだろう。非リア充たちの闘争心を引き出そうとでもいうのだろうか。
そんなことを思いながら、無音で動くカップルたちの様子を見ると、男が女の肩を引き寄せたところで、急に男の顔が赤くなっていくのが分かった。
異変に気が付いたのか、女の方も急に男から離れ、両手を肩に乗せようとする。しかし、何故か女は手を離して倒れ込んだ。
まるで助けてくれ、と言っているような男の顔はどんどん赤くなり、数秒後、トマトのように真っ赤になった顔から、無数の赤い液体をまき散らしながら男は倒れた。
おびえる女の目の前にいる男の頭部は、何かに引きちぎられたように無くなっていた。
本当に、目の前で人間が爆発したのだ。
その様子を見た館内の人たちの様子は様々だった。
突然の出来事に、声を失う人。
爆発と同時に、悲鳴を上げる人。
悲鳴とは違う、歓喜に近い声を上げる人。
その中で、真玄は突然起こったありえない出来事に、呆然としていた。
「このように、この世界ではリア充になると爆発します。比喩などではなく、実際に」
無機質なスピーカーの声は、言い終わった後もククク、という笑い声が聞こえた。
「もちろん、今のまま非リア充を続けていれば、爆発することはありません。その研究のために、あなたたちをこの世界に呼び出したのです。とはいっても、あなたたちがやってもらうことは特にありません。今まで通り、生活していただければ結構です」
スピーカーの声が言い続ける間も、悲鳴や騒ぎは収まらない。何人かは立ち上がり、綺麗に並んでいたパイプ椅子も乱れ始めていた。
「それでは、リア充たちが爆発する様子をお楽しみください。この『試験世界』で」
プッ、という音が聞こえ、放送が切れた。同時にスクリーンを照らしていたプロジェクターの電源が落ち、体育館の照明が点いて明るくなった。
「お、俺は嫌だ! こんなことで死ぬなんて!」
一人の男がそういうと、すぐさま体育館から逃げ出すように出て行った。
「わ、私も嫌よ! こんなこと!」
最初の男を皮切りに、次々と体育館から集まっていた人たちが走って逃げだしていく。
呆然としていた真玄は、その人の波に押し倒されてしまった。
立ち上がった頃には、体育館には数人しか残っていなかった。
「リア充になったら……爆発する? 一体これからどうすれば」
真玄は途方に暮れ、呆然と立ちつくすしかなかった。