EP4:デート
「私は猫丸千草。ここから少し離れたところにある、食品会社で事務の仕事をやっているの」
真玄の隣に座った女性、千草はそういうと、自分で作ったカフェオレドリンクを手に取って口にした。
「俺は白崎真玄です。大学生なんですけど、今は夏休み中で、アルバイトをしています。そして、こっちは……」
「……本頭沙羅。十七歳。今は真玄の付き人」
「いや、付き人って……」
真玄は沙羅に軽く突っ込みながら、カップを手にして口に付けた。
「あら、デート中だったの。邪魔して悪かったかしら」
そして思わぬ千草の一言に、真玄は思わずせき込んだ。
「ち、違いますよ。沙羅ちゃんが一緒に喫茶店に行こうって言うから、せっかくだし一緒に来ただけです」
「……真玄、そこまで強く否定しなくても」
「え、ああ、一応デートなのはデートなのかな……うん」
「一応、じゃなくてデート」
「どうなんだ? 女の子とお茶するのはデート……うーん」
真玄が悩んでいると、千草はクスクスと笑い始めた。
「まあまあ、そんなに考え込まなくていいんじゃないの? 女の子と遊べるなんて、今のうちなんだから」
「あの、猫丸さん、今はあまりそういう状況じゃないんですけど……」
「千草でいいわよ。そういえば、あなたたちはどうしてこの世界へ?」
千草の質問に、真玄は「そうだった」と、持っていたコーヒーカップをソーサーの上に置いた。
「千草さん、実はこの世界、リア充が爆発するという、とんでもない世界なんです」
「リア充? ああ、リアルが充実している人っていう意味ね。だったらそれはおかしいわよ。私だって、リアルは充実しているわけだし」
「リア充の基準は、今のところはっきりと分かっていません。現在は『実験段階』だそうで、どうなれば爆発するのかは不明です。ですが、実際に人間が爆発したところは見ています」
「へぇ……おもしろそうな話ね。ちょっと聞かせてくれるかしら」
千草にそう言われ、真玄は今までのことを話した。
この世界は「試験世界」と呼ばれており、リア充を爆発させる実験を行っていること。リア充に近い近リア充、リア充には程遠い非リア充、そして犯罪者予備軍の三種類の人間が呼び出されていること。実際に人間が爆発しており、それらは犯罪者予備軍の人間であること。それらの原因を突き止めるために、「非リア充同盟」を結成し、仲間を集めていること。
真玄が話す間、千草はカフェオレドリンクを飲むのをやめ、その話に耳を傾けた。
「……にわかに信じがたいわね。人間が爆発するなんて」
「一応、人間が爆発したところの写真はありますが……見ますか?」
「結構よ。私、グロいのとか苦手だから」
千草は右手と首を横に振り、拒否した。
「元の世界に戻るためには、リア充を爆発させる実験を行っている人間を探す必要があります。そのために、俺たちは仲間を探しているのです」
「仲間、ねえ。確かに面白そうではあるけれど、私はなんでも自由にできるこの世界は、結構気に入ってるの。元の世界に戻ってしまえば、また忙しい日々が続くだろうし」
「なら、せめて連絡先を教えてもらえませんか? さすがに一人では危ないですし、必要な情報があれば交換したいですから」
千草はカフェオレドリンクを飲みながら、うーん、としばらく考えた。
しばらくして、ストローから口を話すと、コップをテーブルに置いた。
「携帯電話の番号くらいならいいわよ。ただ、一応私もそれなりにやりたいことがあるから、あんまり連絡は取れないと思うけれど」
「いえ、連絡先だけでも助かります」
真玄は自分のスマホを取り出すと、赤外線通信で千草とアドレス交換を行った。
沙羅にも「千草さんの連絡先を入れておきなよ」と言ったが、沙羅は「真玄がいるからいらない」と交換しなかった。
「あんまり個人情報のやりとりは良くないわよ。特に、今は誰もいない世界でしょ? 住所なんか知られたら、何されるかわからないもの」
「はい、そこらへんは分かっています。住んでいるところは、仲間内でも知りませんし、教えないようにしています」
「その方がいいわ。向こうの世界でさえ、何が起こるかわからないもの。ましてや、この世界には警察なんていないでしょうし」
「そういえば、二回ほど犯罪に巻き込まれましたけど、警察を呼んだことなんてなかったですね。もっとも、すぐに爆発してしまって、それどころではなかったですけれど」
「どちらにしろ、連絡したところで警察なんて来ないわよ。自分の身は自分で守らないと。いるんでしょう? 犯罪者予備軍っていう人たちが」
千草はドリンクを最後まで飲み上げると、トレーを持って立ち上がった。
「さて、そろそろ帰って家でゆっくりくつろぐわ。趣味のこともしたいし。いろいろ話を聞かせてもらってありがとうね」
「あの、途中まで送りましょうか?」
千草が返却口に向かう途中、真玄はそう言って立ち上がるが、千草は首を横に振った。
「結構よ。さっきも言ったでしょう。自分の身は自分で守らないとって。それに、やはりあなたたちをまだ信用しているわけではないから、住所を知られても困るもの」
そう言って返却口にトレーを戻すと、千草は「また会いましょう」と言って店内へと入っていった。
「結局、俺たちの仲間にはなってくれなかったな」
真玄は肩を落としながら席に着くと、残っていたチーズタルトにフォークを刺し、一口で食べあげた。
「……千草、きっと、今までずっと一人」
「え?」
突然しゃべりだした沙羅に、真玄は口に運びかけたカップを持つ手を止めた。
「千草が帰る時の、後姿、とても寂しそうだった。私と同じ雰囲気。私もそうだったから」
「……とてもそうには見えなかったけどな。俺からしたら、しっかりとした人に見えるけど」
「案外、そういう人には多いかもしれない。味方をしてくれる人、相談できる相手がいない、そんな孤独な感じの人が。だから、他の人には強い自分を見せようとする。きっと千草、今までずっと一人だった」
そういうと、沙羅は残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「……もう冷めちゃった。こんなにおいしくないコーヒー、初めて」
沙羅はケーキの皿とコーヒーカップを返却口に戻し、セルフサービスになっているお冷をプラスチックのコップに注いで、その場で飲み干した。
「今日はちょっと、いろいろ失敗。せっかく真玄と一緒なのに、いいところ見せられなかった」
沙羅はコップを持ったままつぶやくと、立ったままその場で俯いた。沙羅の顔を見ると泣きそうな顔をしていたので、真玄は沙羅の頭をそっと撫でた。
「そ、そんなことはないよ。今日はおいしいコーヒー飲めたし……その、沙羅ちゃんにとっては、そうでもなかったかもしれないけど。とにかく、今日はここに来れてよかった」
「……本当に?」
「うん、本当に」
「……よかった。真玄、喜んでくれて」
涙ぐんだ目を拭くと、沙羅は俯きながらも笑顔を取り戻した。
「そろそろ帰ろう。今日、天気が良くないらしい。いつ雨が降るか、わからない」
「え、こんなに天気がいいのに?」
「今日は珍しく雲が出てる。もう少し遅い時間になるかもしれないけど、今日は雨が降りそう」
「そっか。とりあえず帰ろう」
真玄がカップと皿を返却口に返すと、沙羅が店内に入った後をついて行った。
店内は相変わらずクラシックが流れるだけの静かな空間だった。しかし、一つだけ、来た時とは違う点があった。
「……まさかね」
沙羅は気が付いていないのか、そのまま店の外に出て行ってしまった。真玄はそれが気になりながらも、店を後にすることにした。




