EP3:特殊メニュー
真玄が注文をしてしばらくすると、ピンポン、という音が鳴った。同時に、テーブルの上にあった小さなモニターに、「お待たせしました。メニューボックスまでお越しください。」という文字が出てきた。
メニューボックス、つまり料理運搬用の箱を開けると、ケーキとホットコーヒーがそれぞれ二つずつ入っている。真玄は、それを沙羅と一緒にテーブルに運んだ。
「おいしそうだね。これは……チーズケーキ?」
「レモンのチーズタルト。日替わりメニューでは一番おいしい」
「へぇ……お菓子はちょっとわからないかな」
「ここの店、普通のケーキ屋とちょっと変わってるものが多い」
「そうなんだ。そういえば、あまり見たことないようなものばかりだなあ」
真玄はもう一度メニューを開き、一つ一つ写真を見始めた。普段見慣れている、ショートケーキやチーズケーキといった定番のメニューですら、見慣れないデコレーションがされている。
ほかにも、見慣れないケーキがいくつか並んでおり、ページをめくるたびに手が止まる。
「今度来るときは、他のケーキも食べようよ」
「うん。じゃあ、明日も行こう」
「いや、さすがに二日連続は……」
そう言いながら、真玄はチーズタルトをフォークで切り分け、口に入れた。
「あ、これ今まで食べたケーキの中で一番おいしい」
「……真玄、安いケーキばかり食べてた?」
「そう言われれば。普段はケーキなんか食べないし、食べるときは大体スーパーかコンビニで買ってきたものだから」
「やっぱり。真玄がケーキ屋でケーキ買うイメージ、あまりない」
「甘いもの、そんなに好きじゃないからなぁ」
真玄はフォークをケーキの皿に置くと、コーヒーのカップを手に取った。
「コーヒーもインスタントばかりだから、こういうところで飲んだことは無いんだ」
真玄はカップのコーヒーの香りを楽しむと、それを口に付けた。
「やっぱり喫茶店のコーヒーは、香りも味も違うね」
「ここのオーナーが、豆を直接買い付けているから、いい豆を使っている。それに、一杯ずつ挽きたて。だからおいしい」
沙羅もコーヒーカップを手に取り、香りを嗅ぐ。しかし、「あれ?」と口走って首をかしげると、一口飲んでソーサーに戻した。
「……味、変わってる。なんだか、コーヒーショップのチェーン店みたいな味」
「え、そんなことないと思うけど」
「なんだか、少し味が落ちた。毎回飲んでるのと違う……マスターの腕、落ちた?」
沙羅の「マスター」という言葉を聞いて、真玄は「ああ、そうか」と一人で納得した。
「そういえば、店員誰もいないから、機械か何かで淹れてるんじゃないかな。それで味が変わってるとか」
「……やはり一ヶ月のブランクは大きい」
「いやいやブランクとかじゃなくて」
真玄は落ち込んで下を向いているいる沙羅を、何とか励まそうと言葉を探す。その前に、沙羅は「あっ」と声を上げた。
「コーヒー以外にも、いいところ、ある。ここの店員さん、かっこいい人やかわいい人が多い」
「今は誰もいないけどね」
「あと、エプロンがかわいい」
「誰も着てないけどね」
「あと、えっと、オーナーの……手作りサンドイッチ……おいしい……」
「オーナーがいないから……誰が作ってるんだろうね」
「……やっぱり一ヶ月のブランクが……」
「だ、だから関係ないって」
なんとかいいところを真玄に紹介しようとしたが、沙羅の言葉は真玄に突っ込まれるたびにトーンダウンしていく。
「こ、こうなっているのも、実験とかなんとか言って無理やり俺たちを連れてきたあいつらが悪いんだ」
「……リア充エクスプローダー」
「そう。だから、早くこの世界から脱出する方法を見つけないといけないんだ」
「……オーナーがいないと、おいしいコーヒー、飲めない」
「そう。だから、沙羅ちゃんも一緒にがんばろう」
真玄は沙羅の肩にぽん、と手を乗せた。すると、沙羅は「うん」と頷いた。
「真玄の手伝い、私、がんばる」
「うん、がんばろう」
そう言って、二人が再びケーキに手を付けようとした時、後ろから扉が開く音がした。
二人が振り向くと、扉から一人の女性が出てくるのが見えた。
「あら、普段は誰もいないのに珍しいわね」
茶髪のショートボブに、無地のTシャツと短パンといった、さっぱりとした外見。妙に大人びた雰囲気が、どこか大人の余裕を感じさせる。
「あなたたちも、この世界に呼び出された人かしら。全然人がいなくて、寂しかったのよね」
「あ、はい。えっと、俺たちは……」
「まあまあ、せっかくだし、お茶を飲みながら話をしましょう。今注文するから、待っていてね」
そういうと、女性は真玄たちが座っているテーブルから、一枚マークシートを取り出した。そして、メニューも見ずにマークしていき、読み取り機に入れた。
「……常連、ですか?」
「ええ。週に二回は来ているわよ。誰もいないから落ち着けるの。特に外は眺めがいいから、お気に入りなの」
「ということは、この世界に来たのは、結構前ですか?」
「そうねぇ、一ヶ月くらい前かしら……あ、もうできたみたい」
注文してあまり時間が経ってないようだが、テーブル上にある小さなモニターには既に出来上がりを示す文字が表示されていた。女性はメニューボックスに向かうと、注文したドリンクを近くにあったトレーに乗せ、真玄たちのテーブルに向かった。
「せっかくだから、隣、いいかしら」
「ええ、もちろん」
真玄がそういうと、女性は三人掛けの空いた席に座った。
「……アイスコーヒー? ホットコーヒーの方が、香りがいいのに。それに、その牛乳とガムシロップと、ホットコーヒーについてくる生クリーム……」
「ええ、私も最初はホットコーヒーを頼んでいたの。でも、こっちに来てから、なんだか味が変わっちゃって。それで、こういう飲み方をしているの」
そう言うと、女性は別に準備してあった空のカップに、アイスコーヒーと牛乳をおよそ半分ずつ、さらに生クリームとガムシロップを加え、ストローでかき混ぜた。
「こうすると、どんなコーヒーでもおいしく飲めるの。名付けて、クリームカフェオレってところかしら」
「なんかいろんな言語、混ざってません?」
「別にいいじゃない、これだっていろいろ混ざってるんだから」
そう言って、女性はストローでおいしそうに作ったドリンクを飲み始めた。
その隣で、沙羅は下を向いて何かぶつぶつと言っている。
「……そんな飲み方……あったなんて……研究不足。やっぱり一ヶ月の……」
「ブランクは関係ないから」
三回目になるブランクの話に、真玄はさすがにため息をついた。




