EP1:お茶の誘い
変わり映えのしないいつものコンビニで、ほとんど同じような音楽を聞きながら、真玄は淡々とアルバイトの仕事をこなしていく。しかし開始三十分ほどで一通り作業を終えてしまったため、店の裏の事務所に引っ込み、客が来るまで防犯カメラの映像を見ながら休憩を始めた。客と言っても、真玄がいる間に来るのは、今のところ知美しかいない。
暇つぶしに売り上げを見てみると、時々早朝や深夜に売り上げがある。一応は他の客も来ているようだが、真玄とは時間が合わないため、顔を合わせることは無い。
「今度深夜に来てみるかな」
普段、真玄は夜遅くまでネットの無料動画を視聴している。しかし、もしかしたら深夜にコンビニに行けば、誰かに会えるかもしれない。そうすれば、仲間を増やすことが出来るかもしれない。
「それにしても、寒太の言っていたことって、本当なのかな」
昨日のファミレスでの食事中、寒太はこれまでのことをふまえて考えた、人間が爆発する基準について話した。
「今まで見てきたことを考えると、人間が爆発するのは、そいつの欲望が満たされた場合の可能性が高い。強盗の時は金が得られた時、変態の時は下着を手に入れた時だった。基準はどうかはわからないが、とにかく少しは不満を抱く程度の生活をした方がいいだろうな」
欲望が満たされたとき。
たしかにあの二人は、自らの欲望を満たすために犯罪を企み、そして爆発した。
しかし、注意するにしても、まったく基準が分からないのでは話にならない。
例えば、空腹時に食事をとることはどうだろう。これはこれで、自らの欲望を満たす行為である。
だが、その程度では爆発はしない。欲望の程度にもよるのだろうか。
「ああ、もう、考えても全然わからん」
真玄は思考が混乱し、頭を両手で掻いて髪の毛をぐしゃぐしゃにする。しばらくして一息つくと、落ち着くために店内で買ったジュースを手に取った。
一口ほど流し込むと、机の上に置いてあったスマホの着信音が鳴った。
「……バイト中に誰だよ」
寒太達はバイトをしているのを知っているはずだし、知美なら直接店にくるはずだ。もしかすると、何か緊急の用かもしれない。
そう思いスマホを手に取ると、画面には「本頭沙羅」と書かれていた。
「沙羅ちゃん? どうしたんだろう」
わざわざ電話で何の用だろうと、真玄はスマホの通話ボタンを押した。
『もしもし、私、沙羅。真玄、今時間大丈夫?』
「うん、バイト中だけど、今暇だから」
『そう。ちょっと聞きたいことがある。明日は、暇?』
「明日?」
沙羅に聞かれ、真玄は事務机の壁に貼ってあるシフト表を見た。シフト上は明日もアルバイトが入っているが、別に働かなくてもよいことにはなっている。本来なら休む場合、店長に連絡して誰かとシフトを交代してもらわなければならないのだが、今はその店長が存在しないので、連絡しようがない。
「うん、俺はいつでも大丈夫だけど、どうしたの?」
『コーヒーがおいしい喫茶店、知ってる。久々に行くから、真玄も一緒にどうかなと思って』
「喫茶店かぁ……うん、いいよ」
一瞬真玄は迷ったが、たまには息抜きもいいだろうと思い、沙羅に返事をした。
『ありがとう。あの公園で、朝十時に来て』
「わかった。じゃあまた明日ね」
そう言って、真玄はスマホの通話を切った。
「喫茶店、ねえ。そういえばここらにもいくつかあるけど、行ったことないなあ」
一人で飲食店に入る機会があまりなかった真玄は、喫茶店にも入る機会がなかった。
どんなものかな、と想像していると、不意に入店音が鳴り響いた。
「いらっしゃい、最近はいつも来てるね」
真玄が慌ててカウンターに出ると、予想通り客の正体は風野知美だった。
「こんにちは、真玄先輩。最近自炊が面倒になったんです。それに、お弁当買った方が安く上がりますし」
そう言って、知美は弁当のコーナーに向かった。どれがいいかと一つ一つ見ながら、結局から揚げ弁当を手に取る。そして紙パックのジュースを売っている棚へと向かった。
ふと真玄は、見慣れた知美の服装が気になった。
「そういえばいつもワンピース着てるけど、他にはどんな服を着てるの?」
「え?」
不意に真玄に尋ねられ、知美は手に取った野菜ジュースをうっかり落としそうになった。
「い、いつもワンピースだとおかしいですか? い、一応他の外出着もあるんですけど、その、やっぱりデートとか、そういう時に着たいなぁって」
「普段からいつもワンピースって言うのはどうなんだろう」
「別にいいじゃないですか。ワンピース好きなんですから」
「そう、でも似合うから別にいいかな」
「そ、そうですか?」
照れながら知美が弁当とジュースをレジに持って行くと、真玄はいつも通り清算をした。
「あ、そうだ。おいしいパン屋さんがあるんですけど、一緒に行ってみませんか?」
「パン屋さん? ああ、近くにあるね」
「いえ、この国道沿いじゃなくて、この前住宅街を散歩していて見つけたんですよ。焼きたてのパンが中で食べられて、ドリンクバーもあるんですよ?」
「へぇ、長くいたい時には便利かもね」
清算が終わると、真玄は商品の入った袋を知子に手渡した。最近は、温めずにそのまま持って帰っているようだ。
「明日の昼ご飯、そこにしましょうよ。十一時ごろにあの公園でどうですか?」
「明日……かぁ」
知美の「明日」という言葉に、真玄は先ほどの沙羅との約束を思い出した。
「ごめん、明日は沙羅ちゃんと喫茶店に行く用事があるんだ」
「え、沙羅ちゃんと?」
知美はそれを聞いて、膨れ面をしながら、怪しむような目で真玄を見つめた。
「へぇ、私の時はあっさり断るのに、沙羅ちゃんとはすぐ約束するんですね」
「い、いや、そういうわけじゃないよ。お茶くらいならまあいいかなって」
「そうですか。明日は無理でも、あさっては大丈夫ですよね」
「え、二日バイトを休むのはちょっと……」
「別にいいじゃないですか。休んでも問題ないんですから。じゃあ、あさっての朝十一時、あの公園で待ってますから」
そういうと、知美はすぐさま店の出口へと向かってしまった。
「え、ちょっと、知美?」
真玄が知美を止めようとするが、知美は立ち止まらず、そのまま出て行ってしまった。
「はぁ、バイト、休まないといけないか……」
真玄はやれやれとため息をつきながら、店の裏に戻った。
別にバイトに出なくても問題はないのだが、二日も連続で休んだことがない真玄にとって、どうも気が乗らない話だ。別の時間に出るということは考えつかなかったようだ。
「まあ、いっか。もう今日は帰ろう」
そういうと、まだ一時間ほどしか働いていないにも関わらず、真玄はタイムカードを押した。




