EP-EX1:アマミヤ
誰かの手によって創られた世界。創造主は、さぞかし美しいものが好きだったのだろう。
そう思わせるような美しい夕焼けが、彼の目の前には広がっていた。
吹き止まないそよ風が、膝丈ほどの草花を静かに揺らす。今はその音が、静かなバックミュージックのように聞こえてくる。
「ふっふーん、またこんなところでぼうっとして、何してるのよ」
草花を揺らす音に混じって、ザッ、ザッとそれらを掻き分ける音がした。彼が後ろを振り向くと、異様に長い、青いジャケットを着た女の姿があった。
「クロミナか。君はちゃんと自分の役割を果たしているかい?」
「当たり前でしょ、アマミヤ。ナビゲーターっていうのは、この世界に連れてこられた非リア充たちを監視し、サポートする役割。そうでしょ?」
クロミナは、腕を組んで立ったまま、振り向いたアマミヤに言った。
「基本的にはそうかな。でも、僕たち案内人の役割はそうでも、目的は違うところにあると思うよ」
「あいっかわらず固いわねぇ。そもそも"案内人"なんかよりも"ナビゲーター"って言った方がかっこいいでしょ。それに、目的は何であれ、私たちは役割を果たすだけ。それがマスターの命令でしょ?」
「命令、ねえ。確かに役割を果たせば、僕たちはそれで十分。だけれども、それだけだとつまらないと思わない?」
「べっつにー? 私はそれだけでじゅーぶん。てか報酬もらえればそれでいいの」
「まあ、君のことは大体分かってるよ。今まで何をやっていたのか、そして、これからどうなるのか」
アマミヤの言葉にむっとしたのか、クロミナはふくれっ面をして両手をおろし、ゆっくりとアマミヤの方に歩き出した。
「はぁ? あんたに私のことが分かるって? しかもこれからどうなるのかなんて……んなー!」
そして、自らの髪の毛を踏み、その場でこけた。
「やれやれ、思った通りだ」
アマミヤがため息をついていると、「いててて」と言いながら、クロミナがゆっくり起き上がってくる。
「クロミナ、そろそろ髪を切ったらどうだい? せめて、地面につかない程度に」
「な、何を言うのさ、"髪は長い友"っていうでしょ? そんな安易に切ることなんてできないわよ!」
「それだと右上の三画が仲間外れだ。それに、踏まれる友達はかわいそうだよ」
「んなー! 揚げ足取って楽しいかぁ!」
「単に思ったことを言っただけだよ」
クロミナがムキになる中、アマミヤははぁ、と一つため息をついた。
「で、アマミヤの方はどうなの? 何かおもしろいことでもあった?」
そよ風に自らの髪を任せながら、クロミナは夕日を見ているアマミヤにつぶやいた。
「特に面白いことはないよ。しいて言うなら、非リア充組なのに、動いている連中かな」
「ああ、カンタたちか。他の奴ったら、説明聞いた瞬間に完全に引きこもっちゃって、つまらないもんね」
「まあ、システム上一歩も外に出なくても、生活はできるからね。彼らはそれに気づいて、外に出なくなってしまったんだろう」
「まったく、だからいつまで経ってもリア充になれないよのね。あ、ここじゃリア充になったら爆発するんだっけ」
「今のところ実験に影響ないから、別にいいんだけど」
「でもさあ、いざってときに困るじゃん? あ、そうか。その時はカンタたちで実験すればいいのか」
そういうと、クロミナは腰に手を当て「ふっふーん」と得意げにつぶやいた。
「そんなことしなくても、今引きこもってる連中を外に出せばいいんだ。だからどうとでもなるんだけどね」
「どうとでも、ねえ。ま、いいや。とにかく、私は自分の役目を果たすだけだからねー」
「それはそうなんだけどね……」
夕焼けは徐々に消えていき、徐々に青色、そして藍色へと変化していく。吹き抜ける風が、少し冷たく感じた。
「それはそうと、他の案内人はどうしてるのかな?」
「それ私に聞くぅ? 私は私のことで手いっぱいなんだけど」
「どうせ暇なんだろ? あの死体は別の人間に処理させたわけだし」
「ま、まあそうだけど。てか、ただでさえあの人数の非リア充見てるんだし、他のナビゲーターの面倒なんて見てらんないわよ。所詮あいつらは同じナビゲーターの同僚。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「"それ以上でもそれ以下でもない"だと何でもないってことになるよね。君はそんな薄情な人間なのかい?」
「あのねぇ、慣用表現ってものを知らないの? まったくこれだから真面目な人間は」
「ああ、すまない。まさか君に日本語の指摘をされるとは思わなかった」
「んなー、バカにすんなこの変態ナルシストがー!」
「別に自分の容姿は気にしてないんだけどねぇ」
両手に握り拳を作るクロミナに対し、アマミヤは無表情でため息をついている。
街灯すらない草原、徐々にあたりは見えなくなっていった。
「まあ、こんなところであんたと話しててもしょうがないわ。とりあえず、シャワー浴びて、今日の所は寝るから、何かあったら通信、よろしく」
「何かあったら、ね。そんなに頻繁に通信することがあるんなら、他の案内人の様子も把握してそうだけど」
「それもそうね。あんたが話し相手としてはまともそうだから、話してるだけだし」
「ああ、そう」
「……つれないわねぇ。そんなんじゃモテないわよ?」
「別に、興味ないし」
「はぁ、つまらない男」
「それはどうも」
アマミヤがあまりに適当な返事しかしないので、クロミナは腰に手を当ててはぁ、とため息をついた。
そして、元来た道へと歩き出した。
「じゃあ、私帰るわ。あんたも、こんなところに長居してるんじゃないわよ」
「気を付けてね」
「あんたに言われるまでもないわよ。そもそも何に気を付けるってい……んなー!」
クロミナの悲鳴とともに、アマミヤの後ろからどたっという音が聞こえた。
「……だから言ったのに」
吹き抜ける冷めた風とは対照的な息が、アマミヤの口からこぼれた。
「シロサキマクロ……。君はマスターを探しているようだけど、それだけじゃだめだよ。自分たちの考えが正しいことを、証明しなければならない」
アマミヤが空を見上げると、作られた世界の星空に、流れ星が一つ走った気がした。




