EP8:やりたいこと
「とりあえず、ここにいてもしょうがない。時間も時間だし、どこかに移動するとしよう」
時刻は十九時になろうとしていた。夏のこの時間はまだ明るいが、この時間帯から徐々に空が暗くなっていく。
「そろそろ夕食の時間だし、僕、お腹すいたよ。いつものファミレスがいいんじゃないか?」
「そうだね、そうしよう。さあ、沙羅ちゃんも行くよ」
太地の提案によりファミレスに行くことになり、真玄は沙羅に声を掛けた。
「……え、私?」
「もちろん。沙羅ちゃんも、俺たちの仲間なんだし」
「でも、私、仲良くできるか自信ないし、どうやって仲良くすればいいかわからない」
俯く沙羅に対し、真玄はそっと肩に手を置いた。
「別に、難しいことじゃないよ。自分がやりたいようにやって、言いたいことを言えばいいんだ。いつもの沙羅ちゃんのままでいいし、間違っていることがあれば、ちゃんと言ってくれるよ」
「真玄は、それでいいかも。でも、他の人は?」
沙羅は、不安そうに周りにいるメンバーひとりひとりに顔を合わせた。当然のことながら、誰一人嫌な顔を見せない。
「私は大歓迎だよ。女の子が増えるのはうれしいし、同じような境遇で知り合えたんだから。一緒に来てよ」
そういうと、知美は沙羅に右手を差し出した。
「知美も、いい人。本当に、私、行ってもいいの?」
「もちろん、これからもよろしくね」
知美がそういうと、沙羅は差し出された右手を握り返した。
「僕も別に構わない。動ける人数は多いに越したことはない」
「寒太、ありがとう」
「それに、本頭にはいてもらうと助かるからな」
「え?」
思わぬ寒太の言葉に、沙羅は一瞬戸惑いの表情を見せた。
「本頭のあの行動力と観察力、それに度胸は、今後の調査に役に立つ。一緒に来てくれるなら、心強い味方なのだがな」
「私、役に立つの?」
「ああ、十分すぎるほどの戦力になる。本頭次第だから無理は言わないが、どうする?」
寒太は鋭い視線を沙羅に送る。沙羅の顔を見ると、少し目がうるんでいるようにも見えた。
「私、役に立つ? みんなの。だったら、うれしい。一緒に行って、頑張る」
寒太は沙羅の言葉を聞いて、「ふん」と言いながらもうれしそうな顔をする。それを見て、思わずこぼれそうになる涙を抑えようと、沙羅は両手で顔を覆った。
「ということで、サラちゃん、これからもよろしく!」
太地が手を差し出すと、沙羅はそれを見て急に顔をあげた。そして、すぐさま真玄の後ろに隠れた。
「……この人は、なんか、キモい」
「え、ちょ、それはひどくない? ねぇ」
沙羅の反応に、真玄と知美は思わず吹き出してしまった。
「まあまあ、そのうち太地にもなれるよ。さあ、沙羅ちゃん、一緒に行こう」
「……うん、真玄がそういうなら。あ、そういえば」
真玄の後ろからひょこっと出てきた沙羅は、真玄の顔を見て言った。
「私、やりたいことをやっていい、そう言ったよね」
「え、まあ、うん。やっちゃいけないこと以外は」
「そう。じゃあ」
そういうと、沙羅は真玄の右腕をとり、両腕でしがみついた。
思わず真玄は「えっ?」と声を上げた。しかし、それよりも大きな声が住宅街に響きわたる。
「ちょ、ちょっと、な、何をしてるんですか!?」
知美が慌てて沙羅を止めに入るが、沙羅はぽかんとしたまま真玄から離れようとしない。
「え、今私がしたいこと。真玄といっしょにいたい。……これ、だめなこと?」
「だ、ダメじゃないですけれど、その、そういうのは、もっと仲良くなってからっていうか、えっとですね」
「……?」
真赤になって説明する知美を見て、沙羅は首を傾げた。真玄は二人を見て、苦笑いをしている。
「本頭、確かに好きなことをしてもいいとは言ったが、この世界ではやりたいことを抑えることが重要だ。下手をすれば、あの男のようになってしまうからな」
寒太に諭されると、沙羅はすっと真玄の腕から手を引いた。
「……わかった。寒太がいうなら、仕方ない」
沙羅は少しがっかりした顔を見せたが、一方で知美は何故か安堵の表情を浮かべていた。
真玄はその様子をしばらく見ていたが、寒太の「いくぞ」の声で歩を進めた。
****
いつものファミレスに向かう道中、寒太は十条麻衣に電話し、一緒に食事しないかと誘った。
誰がいつ清掃しているのかわからないほど清潔に保たれたな店内には、相変わらず誰もいない。
真玄たちはいつも通り、六人がけのテーブルの席に、それぞれ着くことにした。
それぞれが夕食の注文をしようとしたが、沙羅だけプリペイドカードを持っていなかったため、真玄が代わりに支払った。
ドリンクバーで各々ジュースを取り終わった頃に、麻衣が息を切らして店に入ってきた。
「別に慌ててくることもないだろう。転んだりしたらどうする」
「い、いやあ、だってカンタがおごってくれるんでしょ? そりゃ飛んでくるわよ」
「……別におごりなんて言った覚えはないが?」
「冗談よ。自分の分くらい自分で払うって」
そういうと、麻衣は太地、寒太の座っている側の椅子に座った。向かい側には、知美、真玄、そして沙羅が座っている。
「あ、そういえばこの子は?」
麻衣はメニューを開きながら、沙羅を見て言った。
「あ、えっと、私、本頭沙羅。十七歳。あの……よろしく」
「私は十条麻衣。よろしくね、サラ」
そういうと、麻衣はマークシートに欲しいメニューをマークし、「よろしくっ」と太地にプリペイドカードとともに渡した。
それと同じタイミングで、知美が注文していたパンケーキが、料理運搬用の箱から出てきた。
沙羅がそれを手に取ると、知美に手渡す。
「にしてもさぁ、何かあったんなら私も呼んでよ。何で私だけ仲間外れなの?」
「十条がいたら、その場で卒倒するだろ。僕らなりの気配りだ」
「卒倒? そんなことないわよ。私だって、もう二回もあんなところ見てるんだから」
「じゃあもう一回見てみるか? ほら」
寒太はそういうと、スマホを操作して男が爆発した現場を見せた。麻衣は「どれどれ」とスマホを手に取ったが、すぐに顔が青ざめた。
「だから言っただろ。写真でこれなんだから、実物なんか見たら倒れるに決まっている」
寒太はそう言いながら、素早く麻衣からスマホを取り返す。麻衣は慌てて目の前のお冷を口にした。
「それはそうとして、十帖には今回のことを話しておこう。いろいろわかったこともあるしな」
「わかったこと?」
「ああ。主にこの世界にどれくらいの人間がいるのかということ、そして、人間が爆発する切っ掛けが何かも、ある程度はな」
「へぇ、そこまで分かってるんだ。カンタ、やるねぇ」
「もっとも、後者はやはり推論でしかないがな。そうだな、僕の考えも話しておこう」
寒太が話し終わる頃、料理運搬用の箱に次々と注文したメニューが届いた。それを注文した人に回しながら、静かな食事会が始まった。




