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EP7:クロミナ

 いつの間にか十字路に立っていた女は、暑い気温でジャケットを着ているにも関わらず、汗一つかいていない。白い肌に太陽光が反射して、眩しいとすら思える。

 女は「ふっふーん」と言いながらこちらに近づきながら不敵な笑みを浮かべると、


「んなー!」


 長すぎる自らの髪を踏みつけ、豪快に転んだ。ドスン、という音がこちらにまで聞こえてきそうだ。


「……ああ、誰かと思えばお前か。しばらく顔を見せないから、もう役目は終わって、おとなしくおうちに帰ったのかと思ったのだがな」


「寒太、知ってるのか?」


 転んで「あいててて」と言いながら起き上がる女を見ながら、真玄は寒太に尋ねた。


「白崎の案内人、ナビゲーターか。それにアマミヤというのがいただろう。それと同じで、どうやら僕の担当ナビゲーターらしい。名前は確か……」


 寒太が考えていると、青ジャケットの女がひざの汚れを払いながら立ち上がった。


「私はクロミナ。『試験世界』を案内するナビゲーターの一人よ。まったくカンタったら、そんなにイケメンなのに、女の子の名前一人覚えられないとモテないわよ?」


 クロミナ、と名乗った青ジャケットの女は、寒太に「ふっふーん」と言いながら言った。


「僕が興味あるのは二次元の女だけだ。それに、お前のことは女とは思っていない」


「んなー! クロミナちゃん、これでも女の子なんだからね! 年齢的には女子高生なんだからね!」


 頭の上にキィィ、という擬音語が出てきそうなほどの勢いで、クロミナは悔しそうにまくしたてた。


「……アマミヤと違って、やたら感情豊かだな」


「二回ほど見たが、あんな奴だ」


 真玄は「はぁ」と若干あきれながら、クロミナの様子を見ていた。


「ま、まあまあ、そんなことはどうでも……よくはないけど、今はどうでもいいわ。そこの変態男の始末は、私たちがやっておくから、心配いらないわよ」


「む、そうか。そういうことなら助かる。じゃあ、俺たちはこれで」


 そういうと、寒太はその場から立ち去ろうとした。


「ん、んなー! ちょっとちょっと、せっかくこんなにかわいいナビゲーターちゃんがここまでわざわざ足を運んでるのに、何か質問の一つくらい無いわけ?」


 クロミナがむきになって叫んでいると、寒太の代わりに太地が「はい、はーい」と手をあげた。


「クロミナちゃん、彼氏いる? スリーサイズは? 血液型は? 今夜暇?」


 徐々にクロミナに近寄りながら休みなく言う太地の質問に、クロミナは顔はどんどん赤くなっていく。両手は握り拳を作り、ぷるぷると震えているように見える。


「そういう質問じゃなーい! お前、よく見たらサクラミヤタイチとかいう出会い厨じゃないか! 私の警戒リストに入ってるんだよ、近寄るなぁ!」


 太地がクロミナに右手を差し出し、握手を求めようとしたところで、クロミナの右手が上がり、思い切り太地のほほをひっぱたいた。


「い、痛いなぁ、もっとやってよ!」


「んなー! 変態! 近寄るなぁ!」


 クロミナは迫る太地から逃げ出し、反対側の十字路まで走っていった。


「……何やってるんだ?」


「さあ、出会い厨とアホの考えることはわからん」


 真玄と寒太は、クロミナと太地のやり取りを見ながら、ぽかんとしていた。



「あ、じゃあ、クロミナさん、一つ質問いいですか?」


 息を切らしているクロミナに、知美は手をあげて言った。


「ぜい、ぜい、あ、は、はい、どうぞ」


「私たち以外に、人を見たことが無いんですけど、他には誰もいないんですか?」


 クロミナは、知美の質問されて「それ!」と右腕をまっすぐ知美の方に向け、指さした。


「そうそう、そういう質問を待っていたのよ。どこかのバカや無関心の残念イケメンと違って、君は賢くて助かるよ」


「あ、はあ、ありがとうございます」


 知美の質問に気分を良くしたのか、クロミナは腕を組んで「ふっふーん」とつぶやいた。知美は真玄たちと同じように、あっけにとられている。


「この『試験世界』では、リア充になると爆発する。そして、そのための実験を行っている、というのは知っているでしょ。ではどういう人が呼ばれているのか、実験対象になっているのか、っていうのが問題になるのよね」


 クロミナはしゃべりながら、腕を組んで道路を横断するように歩き始めた。


「最初からリア充を呼んでしまうと、いきなり爆発して実験にならないわよね。実験には、ある程度比較ができるように、何種類かのタイプが必要なの。だから、三種類のタイプの人間を呼び出すことにしたの」


「三種類?」


「そう」


 知美の言葉に、クロミナは立ち止り、何故か自慢げな顔でこちらを向いた。


「まずは、非リア充たち。彼らがどの程度リア充になれば爆発するか、それが最終目標なの。そして、リア充に近い存在。近リア充とでも呼べばいいかしら。不自由ない生活をしているけれど、何か欠けた部分があって、充実感が足りない人たちよ。最後に、犯罪者予備軍」


「犯罪者……ってことは、コンビニの強盗や、この変態も?」


 真玄は振り返り、頭が爆発した遺体を見つめた。


「そう。普通の人は、欲求や欲望があっても、社会的な理由や経済的な理由なんかの制限があって、簡単に満たせないの。でも、犯罪者やその予備軍って言うのは、実際に犯罪を行うことですぐに自らの欲求を満たそうとするでしょ? その時に、一時的にでも快感を覚えることで、リア充になるとは考えられないかしら?」


「なるほど、つまりはクロミナ、お前は欲求を満たすことがリア充である、そう言いたいのか?」


 寒太の質問に、クロミナはクスリと笑った。


「それを確かめるのが実験であり、その実験の場がこの『試験世界』なのよ。私たちも、どんな状態になれば爆発するのか、分かっていないの」


「やれやれ、まったく。こんな大がかりな場所まで準備して、リア充を爆発させて何をするつもりなのだ」


 寒太は両手を広げ、あきれたようなポーズを示す。それを見て、クロミナは「ふっふーん」と鼻を鳴らした。


「そんなの、マスターしか知らないわよ。私たちナビゲーターは、単に非リア充を、この世界で生活するサポートをするだけなんだし」


「えっと、その、じゃあ、他にもたくさん人はいるってことですか?」


 なかなか話に割り込めなかったのか、知美がたどたどしくクロミナに尋ねた。


「ええ。初日に百人ほど非リア充たちを呼び出したし、何日かに一度、数人の近リア充と、犯罪者予備軍を呼び出しているの。ただ、非リア充たちは、会場で説明した後、ほとんどが引きこもっちゃったみたいだけど」


「え、説明?」


「あ、あなたは近リア充枠ね。まあ、大したことは説明していないわ。『試験世界での過ごし方』っていうテキスト、あったでしょ? 普通に生活する分には困らないし」


 クロミナは、ひとしきり説明した後、「さて」とつぶやいて腰に手をやった。


「そういうわけで、しばらくは犯罪者予備軍の実験になると思うから、適当に生活してちょうだい。困ったことがあったら、私たちを呼べばいいから」


 そういうと、真玄たちに背を向け、手をあげて去っていくと、


「んなー!」


 再び自分の長すぎる髪を踏んでこけた。


「なあ、寒太。クロミナって、アマミヤよりドジなのか?」


「さあな。少なくともそこまで頭は良くなさそうだ」

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