EP6:観察
頭部が吹き飛んだ男の死体を目の前にして、真玄は腹の痛みも忘れて立ち尽くしていた。
知美は「見ちゃだめ」と沙羅の頭を抱えようとしたが、沙羅は震えながらも「大丈夫」と立ち上がった。
「……これが、リア充が爆発するっていうこと?」
沙羅はゆっくりと真玄の方へ近づき、男の遺体を確認しようとした。
「え、ちょっと、沙羅ちゃん!」
「大丈夫、これくらい」
沙羅は男の遺体のそばに近づくと、座り込んで吹き飛んだ頭を観察した。
「……完全に、頭が完全に吹き飛んでる。さすがに、助からない」
そういうと、沙羅はそのまま、両手、体、両足とじろじろと見始めた。
「さ、沙羅ちゃん、あんまり見るもんじゃ……」
「……服、脱がさないとわからないけど、外傷は、特にないみたい」
「あの……沙羅ちゃん?」
「真玄、やっぱり、頭だけみたい」
襲われたときとは違い、今の沙羅は妙に落ち着いている。
「こんなの見て、大丈夫なの? 写真はともかく、実物なんだし……」
「大丈夫、慣れてるから」
真玄にそういうと、今度は男の近くに落ちていた下着を手に取った。
「……パンツ?」
沙羅は片手でぶらぶらとさせながら下着をながめている。それを見て、真玄ははっ、とあることに気が付いた。
「さっきの女の子!」
この下着の持ち主である、男に襲われていた女の子が気になり、真玄は十字路に向かって走り出した。
男の遺体を通り抜け、十字路の左側、こちらに押し倒されていたはず。
「……あれ?」
しかし、その先には誰もいなかった。
「逃げた……のかな。とりあえず、寒太たちに連絡しよう」
どこかに消えてしまった女の子のことは諦め、真玄はスマホを取り出して芹井寒太に連絡をした。
真玄が電話をした後、寒太たちが来るまで、沙羅は真玄が止めるにもかかわらず男の遺体を見回っていた。知美には「帰った方がいい」と言ったのだが、「大丈夫です」と言われ、一緒に待つことになった。
十分ほど経ったころ、寒太と桜宮太地がやってきた。さすがに写真であれだけ気分悪そうにしていたからやめておこうということで、十条麻衣には声をかけなかった。
「これが、本物の爆発した人間か……。思ったよりひどいな」
寒太は、主に爆発している頭の部分をよく見ながら言った。
「うわぁ、やっぱり写真で見るのと実物見るのは違うねぇ。それにしても、その女の子、よくじろじろ見られるね」
太地は遺体を見ながらも、興味は同じく遺体を見回す沙羅に向いていた。
「……女の子って、私?」
「僕は桜宮太地、よろしくね」
そう言って太地は、まだ遺体を見ている沙羅に右手を差し出した。しかし、沙羅はそれに気が付くと、びくっと驚いた後、真玄の後ろに隠れてしまった。
「……真玄、この人、変な人」
真玄のシャツをつかみながら、沙羅が真玄の背中で本気で震えながら言うので、真玄はそれを聞いて思わず吹き出した。
「太地、変な人だってよ」
「なっ、し、失礼な。僕はただちょっと挨拶しようとしただけだ」
「こんな状況で変な挨拶なんかしてるから、変な人だって言われるんだ」
「出会いと言うものは、状況を選ばないものなのだよ」
「なら、もう少し状況を考えようか」
やれやれ、と真玄がため息をついていると、いつの間にか座って遺体に触れて調べていた寒太が、「やはり」と立ち上がった。
「少し服をめくって調べてみたが、古傷はあったが外傷らしいものはない。完全に吹っ飛んでいるのは頭だけなのだが、どうも内側から爆発しているらしい」
その話を聞き、真玄の後ろに隠れていた沙羅が飛び出した。
「……つまり、体の外に何かを取りつけられていて、それが爆発した、というわけではないということ。多分、もう体の中に、何か爆発する物が入っていたということ」
「本頭沙羅、といったか。もうそこまでわかる程度に調べていたのか?」
「こういうのは、興味がある」
それを聞いて、寒太はため息をついて真玄を見た。
「まったく、白崎、こんな女子高生一人に、グロテスクな遺体を任せるなんて」
「俺は止めたよ。だけど、一人で勝手に」
「だったら一緒について調べるとか、それくらいしたらどうなんだ。来た時に一人でぼうっとつっ立ってるなんて、信じられんな」
「な、そ、それは……」
真玄が言葉に詰まっていると、後ろで待っていた知美が近くまでやってきた。
「あの、真玄先輩、何かわかりましたか?」
「え、あ、ああ。いくらかはね。知美は、終わるまで休んでいなよ。女の子が見るような物じゃない」
「でも、沙羅ちゃんが……」
知美が沙羅の方を見ると、沙羅は首を横に振った。
「私は、平気。普通の女の子じゃないから」
そういうと、沙羅は再び座り込んで遺体を観察し始めた。
「それにしても、体の中の、しかも頭の中に爆発する物が入っていた、いろいろわからないことがある。どう思う? ……えっと」
「寒太だ。芹井寒太。爆発する理由については、いくつか可能性を想定している。だが確証はない」
「……そう。寒太、すごいね。頭がいい。私でも、まだ何もわからないのに」
「今ある状況から考えた結果だ。確信するためには材料が少なすぎる」
「しかし、その材料を集めるためには、また別の人の犠牲が必要。私は構わないのだけれど」
「怖いこと言うな。ひとまず、これ以上犠牲を出さないためには、いまある状況から最善策を考える必要がある」
寒太と沙羅の議論が白熱する中、真玄はおろおろしながら二人に割って入った。
「と、とにかく、ここに長居してもしょうがない。写真を何枚か撮って、ファミレスにでも移動しよう」
「写真なら、本頭が調べている間に何枚か撮っていたようだが?」
「へ?」
そう言われて真玄が沙羅の方を見ると、沙羅は手のひらサイズのデジカメを真玄に見せた。
「彼女は白崎なんかよりも、よっぽど優秀なのかもな」
「し、失礼な。俺だってやる時はやるぞ」
「やる気があるなら早めに見せないと、この世界ではすぐに死ぬぞ?」
寒太が妙な笑みを浮かべながら言うと、真玄肩を落としながらため息をついた。
そして、散々見ていた遺体に目を移した。
「しかし、今から移動するにしても、遺体をこのままにしておくのはまずくないか? とりあえずどこかに移動させないと」
「そうだな。さすがに人目がつくところに放置してはおけないな。白崎、とりあえず運ぶぞ」
寒太に言われ、真玄が遺体の足側に回ろうとしたときだった。
「そんな必要はないわよ」
先ほど女の子が襲われていた十字路の方から、少し低めの女の声がした。
「だ、誰だ!?」
真玄が振り向くと、そこには異様に長い黒い髪をした、青いジャケットを着た女が立っていた。




