EP5:変態遭遇
高いアパートが立ち並ぶ住宅街から、一軒家が徐々に多くなる。太陽の光がまぶしく、一瞬左手で覆いながら、真玄は走り続けた。
「来ないで! あっちに行ってよ!」
声の位置は、先ほどから少し離れた場所から聞こえてくる。どうやら、何かから逃げ回っているようだ。
一軒家が立ち並ぶ迷路のような道を、右へ左と走り抜ける。
「ま、真玄先輩、待ってくださいよぉ」
「知美はゆっくり来ればいいよ!」
どんどん差がついていく知美との距離をよそに、真玄はスピードを落とさずに走っていく。
「や、やめてよ! 放して!」
声の位置が移動しなくなった。言葉から察するに、誰かに捕まったのか。
「沙羅ちゃん!」
声の方向に向かって、真玄は叫んでみる。しかし返事はなく、ただ「やめてよ!」という悲鳴だけが聞こえてくる。
少し広い道路に向かう十字路を左に曲がると、そこには身長百八十センチメートルほどの男に、沙羅が捕まえられていた。
「やめて! 放して!」
「沙羅ちゃん!」
男は嫌がる沙羅の右腕をつかみ、無理やり引っ張ろうとしているが、沙羅が抵抗しているせいか、なかなか引っ張り込めないようだ。ただ、体格差から言って、すぐさま連れ去らうことができるのを、わざと連れ攫っていないという感じもする。
「おい、てめえ、沙羅ちゃんを放せ!」
真玄は、その男に向かって殴りかかろうとする。しかし、真玄に気づいた男は、空いている左手を振り回し、真玄の腹に一撃を入れた。
「げふっ」
細い腕に反して意外と力が込められた一撃を受け、真玄はその場にうづくまった。
「ほらほらぁ、パンツ、パンツよこせよぉ」
いい加減焦らすのも飽きたのか、男は気持ち悪い声とともに沙羅を無理やり引っ張り、両手を腰に掛けた。
「くっ、やめろ……沙羅ちゃ……」
真玄はなんとか立ち上がろうとするが、先ほどの一撃が効いていて立ち上がれない。
このままでは、沙羅が危険にさらされてしまう。どうにもできないのだろうか。
その時だった。
「こらそこの変な男! 沙羅ちゃんを放せ!」
後ろから、知美の声が聞こえた。ようやく追いついたらしい。
はぁはぁと息を切らしながら、沙羅をつかんでいる男を睨みつけている。
「ま、待て知美、君のかなう相手じゃ……」
真玄が言うのも構わず知美は一直線に男のもとへ向かう。
男は知美がこちらに向かってきたのを知ると、沙羅を突き飛ばし、体を知美の方へ向けた。
沙羅は「きゃっ!」と声を上げ、アスファルトに放り出され、軽く尻もちをついた。けがはないようだ。
ターゲットを沙羅から知美に変えるつもりなのか、男は走ってくる知美の腕をつかもうと、右手を構える。一方の知美は、走りながら右手を引いた。
「うおぉ、いい女じゃねえか、パンツよこせぇ!」
男と知美の間が数メートルとなったところで、男は右手を伸ばし、知美の左腕をつかもうとする。
「はぁぁぁっ!」
しかし、知美はそれをギリギリのところでかわし、引いた右手を一気に男のほおめがけて叩き込んだ。
ごつっ、という鈍い音がしたと思えば、次の瞬間、男は二メートルほど吹っ飛んで倒れた。
「はぁ、はぁ……沙羅ちゃん、大丈夫?」
知美は息を切らせながら、倒れて肩を震わせている沙羅の元に駆け寄った。
「う、うん……腕を捕まれただけ。特に何もされてない」
「そう、よかった……」
知美が肩を抱きながら慰めていると、後ろで吹っ飛んだ男が「うっ……」とうめきながら体を起こしてきた。
「く、くそ、このアマがぁぁ!」
完全に起き上がると、今度は両手を挙げて知美に襲い掛かってきた。
知美はそれを見て、沙羅をかばうように立つと、腰を落として迎撃の構えを見せた。
「ふざけんじゃないわよ、この変態が!」
男が両手を振り下ろし近寄ってくるタイミングを見て、知美は右足で男の脇腹へ蹴りを入れた。どこにそんな力があったのか、今度は男が四メートルほど吹っ飛んでいった。
真玄は腹を抑えながら、ぽかんとその様子を見ていた。
「はぁ、はぁ、あの、真玄先輩も、大丈夫でしたか? 見た時にはまともに腹に入ってたようですけど」
男が立ち上がらないことを確認し、知美は真玄に話しかけた。
「え、あ、うん。知美、すごいね……」
「はい。私、こう見えても空手やってて、サークルでは主力メンバーに選ばれたこともあるんですよ」
ほめられたのがうれしいのか、知美は先ほどまでの険しい顔とは打って変わって、とても良い笑顔になった。
「へ、へぇ、そうなんだ。まさかそんなに力があるなんてね……」
「あれ、真玄先輩、強い女の子は嫌いですか?」
「あ、いや、好きだよ。その、頼りになるって言うか」
怒らせたら怖いな、と思いながらも、真玄は言葉を詰まらせて言った。それを聞いて、知美はてへへ、と頭を掻いた。
「ぐっ……ち、ちくしょう……」
吹っ飛んだ男が、仰向けの体勢からゆっくりと立ち上がる。それに気が付くと、知美は「まだやる気?」と身構えたが、男は知美の方へは振り向かず、一瞬何かを見つけたように止まった。かと思うと、突然立ち上がり、真玄が来た時とは反対の十字路の方へ向かって走り出した。
「うぉぉぉぉ、パンツ! パンツ!」
再びこちらに向かってくると思っていた知美は、一瞬あっけにとられたが、すぐに男を追いかけようとした。
「え、ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! きゃっ!」
しかし、数歩足を動かしたところで、何もないところでつまずいた。
「い、いったぁ……、あ、ま、真玄先輩、み、見ました? もしかして見ました?」
立ち上がるや否や、知美は汚れたワンピースを抑えながら、真っ赤な顔で真玄に言った。
「え、い、いや、見てないよ! そんな場合じゃないでしょ!」
真玄は慌てて否定して、男を指さした。
「あっ、あいつ……痛っ!」
知美は再び男を追いかけようと足を動かすが、急に足を抑えて座り込んだ。スカートをめくり上げると、ひざをすりむいていた。
「もう、こんな時に……」
真玄も男を追いかけようとするが、腹へのダメージが思ったより重く、うまく走れない。一方、沙羅は怯えきっていて、座り込んだまま動くことすらできない。
そうこうしているうちに、男は十字路までたどり着いていた。よく見ると、沙羅と同じくらいの体格の、セーラー服を着た女の子が襲われている。
「あ、あいつ、また……」
「あれ、でも待って、何か様子がおかしくない?」
知美にそう言われ、しばらく様子を見る。確かに女の子は抵抗しているのだろうが、叫ぶこともしないし、逃げようともしない。男はエスカレートして腰に手を当て、スカートを無理やりめくろうとする。だが、これも女の子は大して抵抗していないように見える。
さらに男はスカートの中に手を突っ込むが、女の子は止めようともしない。やりにくくなったのか、男は女の子を片手で押し倒すと、スカートの中に両手をつかみ、無理やり下着を奪い去った。
「くそっ、あいつ、ひどいことを……」
真玄は無理やり立ち上がり、よたよたと男の方へ歩いていく。知美が「真玄先輩、無理しちゃダメです!」と止めるが、聞こうとしない。
真玄が近づくのをよそに、男は手にした下着を片手に、満足そうな顔を浮かべる。すると、その下着を、自分の顔につけてにおいを嗅ぎはじめた。
「うわっ、変態かよ」
その光景を見て気分が悪くなりながらも、真玄はゆっくりと男に近づく。
しばらく下着のにおいを嗅いでいた男は、突然下着を顔から離し、急に苦しみ始めた。顔を見ると、徐々に赤くなっている。
「ぐ……あぁ……なんだ……くるし……」
男は顔に手を当てようとするが、すぐに手を離す。
「あれは……まさか!?」
真玄の脳裏に、コンビニで見た光景がフラッシュバックする。
思い出している間にも、男の顔はどんどん赤くなっていった。
「くるし……たす……け……て……」
赤くなった顔は、少し光っているようにも見える。さらに、よく見ると先ほどよりも少し顔の大きさが一回り肥大化している気がした。
助けを求めながら男はこちらにゆっくりと歩いてくる。しかし、数歩進んだところで倒れこんでしまった。
そして、男の頭はコンビニの強盗と同じように爆発して吹っ飛び、男の周囲に血しぶきと肉片が散らばった。




