EP1:非リア充の世界
「はぁ、今日も疲れた……」
白崎真玄は荷物を床に放り投げると、汗が飛び散るのも構わずすぐさまノートパソコンを開いた。
最近はいつもこうだ。帰ってくると、すぐにネットの世界に入ってしまう。
高校時代までは、結構充実していた。
男友達も女友達も沢山いて、彼女がいた時期も沢山あった。
真玄は百八十近くの高身長で、中学高校時代はスポーツ万能だったこともあり、女子からはモテていた。
ところが、大学に入学して一人暮らしをし始めてから、あまり友達を作らず、サークルにも入らずにアルバイトに明け暮れていた。
帰ってからはずっとパソコンでネットサーフィン三昧で、とあるSNSにはまっている。結果、今では友達と遊びに行くことが少なくなり、毎日を無駄に過ごしていた。
いわゆる、「非リア充」というやつである。
真玄が外を見ると、同じ年頃のカップルが、仲良く手をつないで歩いている姿が見えた。
「まったく、こんなに暑いのに、よくベタベタくっついていられるよな」
八月の真っただ中、今は大学は夏休み中である。
その中で、真玄はただ一人で、二階建てのアパートの二階、1DKのエアコンが効いた部屋の真ん中でパソコンをいじっていた。
「まさか、一年経ってこうなるとは。リア充たちめ、いい気になりやがって」
中高生時代のモテ期とは一体何だったのか。はまっているSNSの画面を見ながら、あきれるほど多い出会いを求めるのに必死な人物、いわゆる「出会い厨」の発言に目を通していた。
「○○さん、彼氏いるの?」
「××さんってかわいいね」
「△△さん、今度オフしようよ」
うんざりするほど聞き飽きた文字の羅列が目に飛び込んでくる。どうせこいつらも、俺と同じ非リア充なんだろう、と思いながらも、なんだかうらやましい気もしてきた。
どうせこんな世界に逃げ込むなら、彼ら出会い厨のように、いろんな人に声をかけるべきだろうか。
「いや、別にこんなことをしなくても」
何かを打ちかけたが、手を止めた。声をかけようがかけまいが、現状の打開には役に立たないだろう。
それにしても、どうにもイチャイチャしているカップルや、サークルや役員の仕事に忙しそうな人を見ると、もやもやした気分になる。
そう、この感情は、どこかで聞いた言葉で表現するのが適切だ。
最近ではあまり使われないが、数年前から流行っていた、インターネットで使われれる言葉、ネットスラング。
真玄はその言葉を口にしながら、気が付けばキーボードを叩いていた。
「リア充爆発しろ!」
****
真玄が目を覚ますと、目の前には円形の蛍光灯に傘がかかった照明が見えた。
眠気とも疲れとも分からない、ぐらぐらとした感覚が、真玄を襲う。
「ん……あれ、俺は一体……」
周りを見渡すと、そこはまぎれもなく、自分の部屋である。
真玄は、現在の自分の状況を思い出す。たしか、アルバイトから帰って来て、パソコンをいじっていて、気が付いたらその場で倒れていた。
「なんだ、疲れて寝てしまったのか?」
ゆっくりと体を起こすと、まずはパソコンの画面を見る。先ほどのSNSのサイトが、画面に広がっていた。
「……のど乾いたな」
真玄は立ち上がると、冷蔵庫に向かった。冷蔵庫を開けると、エアコンとは別の、ひんやりとした風が流れ込んできた。
「あ、しまった。飲み物買ってないや」
冷蔵庫の中には、炒めるだけの味付け肉と、わずかばかりの野菜、そして卵が二つほど。飲み物類はまったくなかった。
「仕方ないな、コンビニで買ってくるか」
サイフをデニムのポケットに入れると、真玄は玄関を開けた。
夕方とはいえ、真夏の空はまだ気持ちがいいほど真っ青だった。しかし、同じ空でも、昼間とは違ってなんだか哀愁を感じる。
玄関のドアを開けた瞬間に、エアコンに慣れた体に熱風が吹きかける。その瞬間、大量の汗が噴き出すのを感じた。
「ったく、もう夕方だっていうのに、まだ暑いよな」
手でパタパタと顔を仰ぎながら、真玄は玄関の鍵をかけ、アパートの階段を静かに降りていった。
しかし、そこで妙な違和感を覚えた。
この時間帯にしては静かすぎる。
普段なら、近くの公園から近所の子供が遊ぶ声がするはずなのだが、それすらもない。
「なんだろう、人の気配がしないな」
不自然すぎる静寂が、辺りを包む。聞こえる音とすれば、時折吹いてくる風の音や、それに揺れる木々の音、そのような自然の音くらいだ。
ゆっくりと階段を降りると、コンクリート製の階段はコツコツといった無機質な音を返す。普段は気にならないこんな音さえも、今ははっきりと主張しているように聞こえてきた。
階段を降り終え、コンビニがある方へ歩こうとすると、一人の人が目の前に立っていた。
「ようこそ、リア充を憎んでいる、非リア充さん」
男性とも女性とも取れない、ハスキーボイスに近い中性的な声。
身長は真玄よりも二十センチほど低く、ショートヘアの青い髪に外国人のように整った顔立ちは、少年にも少女にも見える。
夏にもかかわらず、青いジャケットを着ている。それなのに、笑みを浮かべる顔には汗一つ見当たらない。
「えっと、君は?」
「僕は、非リア充たちを案内する案内人、と言ったところかな。アマミヤ、と呼んでくれればいいよ」
アマミヤと名乗った少年は、ゆっくりと真玄の方へと近づいていく。その間にも、汗をかく様子は全くない。
「ここは、君たちの世界にそっくりにコピーした世界。そこで、君たちは僕たちの研究を手伝ってもらうのさ」
「え、ちょっと待て、コピーした世界? 何言ってるんだ、まるっきり同じじゃないか」
真玄は周囲を見渡したが、真玄の知っている街並みと、まったく同じように見える。
「もちろん、君たちが暮らしやすいように、ほとんど見かけは同じにしてあるよ。でも、この世界を作り上げるのに何年もかかってるから、細部で違うところがあるんだ。例えばほら」
そういうと、アマミヤは一つの建物を指さした。
「あそこ、何かおかしいと思わないかい?」
真玄は、アマミヤの指さした方へ向くと、その建物を見た。そこは個人経営の小さな商店だが、真玄は「あっ」と声を上げた。
「あの店、一年前に解体されて、今は空き地になってるはずだ。なんで……」
「そういうこと。ここらへんは、一年前に作られた場所だから、今から一年前の状態が参考にされているのさ。だから、今は無い建物があったり、あるはずの建物が無かったりする。それが、細部の違いっていうこと」
真玄は商店を見ながら、アマミヤの説明を呆然と聞いていた。
「……ってことはあれか? 俺は異世界にでも飛ばされたってことか?」
それを聞いて、アマミヤはクスリと笑った。
「そうだね、そう言っても過言ではないかな」
魂が抜かれたような顔をしている真玄を見て、アマミヤは再びフフッと笑った。
「それで、研究と言うのは」
「そうそう、そのことなんだけど、君たちに手伝ってもらう研究っていうのが」
そう言うと、アマミヤは真玄の顔に自分の近づけた。
「リア充を爆発させる実験」
「ば、爆発……?」
真玄が驚いた顔になったのを確認すると、アマミヤはすっと顔を引き、後ろへ振り返った。
「立ち話も何だから、僕についてきて」
アマミヤはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。
「お、おい、ちょっと待てよ!」
それを見て、真玄も慌ててアマミヤの後をついて行った。