EP4:共通の趣味
公園入口から入ってきた本頭沙羅は、ベンチに座っている真玄を見て一瞬口元がゆるんだ。しかし、隣に座っている知美の姿を見ると、無表情になってブランコの方へ向かっていった。
その様子を見て真玄と知美が顔を合わせると、ゆっくりとブランコへと近づいた。
ザッという砂を蹴る音に、ブランコのキィ、という音が重なる。わずかに風が吹くと、少しだけ砂埃が上がった。
近づいてくる真玄と知美をよそに、沙羅はブランコで本を開いて読み始めた。
「こんにちは、沙羅ちゃん」
「……」
まずは知美が声を掛けるが、沙羅は本を読み続けたままだ。
「沙羅ちゃん、今日は何の本を読んでいるの?」
「……真玄、その人は?」
今度は間黒が声を掛けると、沙羅が本を読んだままぼそりとつぶやいた。
「え、ああ、彼女は風野知美さん。同じ大学の後輩なんだ」
「初めまして、風野知美です。知美って呼んでね」
沙羅の機嫌を取るために、知美は笑顔で声を掛ける。すると、沙羅は本をぱたりと閉じて、真玄の顔を見て言った。
「……真玄の、彼女?」
「え?」
思わぬ発言に、真玄と「違う違うと」手を横に振った。知美は顔を少し赤くしている。
「知美も、僕たちと同じ、この世界から脱出するために集まったメンバー、『非リア充同盟』の一人なんだ」
「ひりあじゅう……ああ、昨日言ってた」
「そうそう。だから、警戒しなくてもいいよ。もし知美が俺の彼女だったら、この世界では爆発してるから」
「……そうね」
そういうと、沙羅は再び本を開いて読み始めた。
ふと、知美は沙羅が読んでいる本の表紙を見て、「あっ」と声をあげた。
「それ、デートインザストーリー? 私も結構好きなんだ!」
そういうと、知美は隣のブランコに座り込んだ。
「……知美、この本知ってるの?」
「うん、それ友達が自費出版で出した本だから、一冊もらったんだ。でも、よく持ってたね」
「……たまたま大きな本屋さんに行って適当に選んだ本。確か、一冊しかなかった」
「まあそんなもんだよね、でも自費じゃなくてコンテストか何か出せばよかったのになあ」
「多分、お金取れる内容じゃないから」
「そうかなぁ」
知美と沙羅は、本のことで意気投合し、しばらくは知美が出版した友人について話していた。
本の内容を話す頃には、どうやらかなり打ち解けたらしい。沙羅の声のトーンも、少しずつ上がってきた。真玄はその二人のやりとりを、じっと見ているだけだった。
「でもまさか、彩花がねぇ」
「え、私、その話知らない」
「あ、そうか。これ途中までだったんだ。また今度出版するらしいから、もらってきてあげようか?」
「友達も、この世界に来てるの?」
「あ……」
話に夢中になっていた知美は、ここが「試験世界」、自分たちが住んでいた世界ではないことを思い出した。
「ま、まあ、元に戻ったら聞いてあげるよ」
「うん、元に戻ったら」
そういうと、沙羅は知美に向かって笑ってみせた。真玄でも見せなかった、楽しそうな顔だ。
「すごいね、知美。こんなに沙羅ちゃんと仲良くなるなんて」
「やっぱり、人間って同じ話ができる人を探してるんです。だから、共通の話題ができると、すぐに心を開いてくれるんですよ」
「なるほど、確かに同じ話ができる人がいると、うれしいもんね」
真玄は頷きながら、知子の話に納得していた。
「知美、いい人。真玄の友達だし、信用できる」
「だから、私たちの所に一緒に来てよ」
知美がそういうと、話しながら読んでいた本の手を止めた。
「うれしい、けど、私がいると邪魔」
「どうして?」
知美が尋ねると、沙羅は本を閉じ、膝の上に置いた。ほんの少しだけ吹き抜けた生ぬるい風が、ブランコと髪を揺らす。
「私、本当はみんなと仲良くなりたい。学校でもそうだった。でも、どうやって仲良くしていけばいいか、わからなくて」
一つため息をついて、沙羅は続ける。
「中学の時、クラスメイトがいっぱい増えた。そのの中で、騒いでいる人をみて、ああはなりたくないと思って、少しおとなしくしてた。そしたら、小学校の時に仲の良かった友達まで、少なくなった。それで、高校に入学してからは、もっと積極的に話しかけようと思った。友達は少し増えたけど、なんだか、とても疲れた」
淡々と、強い風が吹けば聞き取れなくなるような声で、沙羅は続ける。
「それから、私、どう動けばいいかわからなくなって、また一人でいる時間が多くなった。まだ何人か友達はいて、心配してくれているけど、その友達ともどう付き合えばいいかわからなくて」
そう言い終わると、沙羅は立ち上がって公園の入口に向かった。
「真玄も知美も、いい人。それはわかる。でも、どうやったら仲良くできるかわからない。一緒にいられない。まだ信用できてない。だから、一緒には行けない」
「え、ちょっと、沙羅ちゃん!」
沙羅が公園から出て行こうとするのを、知美は追いかけようとした。しかし、沙羅は振り返らずに、左手で「来ないで」と制止する。
「ダメ、追いかけてきたら、どちらも信用できなくなる」
そう言って、沙羅は公園から走って出ていった。
「……あそこまで話してくれたのに、どうして?」
沙羅が公園から出て行ったあと、知美は公園の入口を見つめながら、腕を組んでうーんとうなった。
「昨日もそうだったんだよ。どうも、まだ何かが足りないのかな」
二人きりの公園、誰も座っていないブランコが自由に風に揺れた。
いろいろと考えてみるが、沙羅をどうにか引き留める手段は思いつかなかった。
真玄がはぁ、と一つため息をつくと、
「しょうがない、今日は諦めよう」
と言って、知美を連れて公園を出た。
しかし、公園から出て、真玄が自転車の鍵を外したときだった。
「きゃぁぁぁぁっ!」
遠くから、甲高い悲鳴が聞こえた。
「真玄先輩、今のって」
「ああ、沙羅ちゃんのだ」
周囲は人気のない住宅街。ということは、何か事故にでもあったのだろうか。
しかし、車も人もいない中での事故など、到底考えられない、
「走った方が早いか」
真玄が自転車を置いて声が聞こえた方へ走ると、知美も後をついていった。
日影ながらも高い気温が、走ることで上昇する体温と合わさって汗を産みだす。
真玄は、それが体中から噴き出ることも構わず、走り続けた。
知美が少し遅れてきたが、今は合わせる余裕はない。
「沙羅ちゃん、無事でいてくれよ」
二人が走る足音と風の音しか聞こえない空間で、また一つ、叫び声が聞こえた。




