EP2:読書少女
「あ、麻衣? ちょっと話をしたいんだけど」
時刻は二十時、夕食が済んだ後、真玄は十条麻衣に電話を掛けることにした。夕方公園で見た少女のことが気になり、最初は寒太に電話しようと思ったが、電話に出なかった。
「あれ、マクロ? どうしたの? 私の声でも聴きたくなった?」
「あ、いや別にそういうわけじゃあ」
「うわ失礼な男。そういう時はお世辞でも『そうだよ、お前の声が聴きたくなったんだ』とか言うのが礼儀じゃないの?」
「はいはい、麻衣の声が聴きたくなったから、電話したんだよ」
「うわ気持ちわるっ」
「めんどくさいな、お前」
麻衣の返答にあきれながら、真玄は話をつづけた。
「今日の夕方、公園で女の子を見かけたんだ」
「え、トモミちゃんじゃなくて?」
「別の子だよ。でも声を掛けたら、逃げて行っちゃったんだ」
「そりゃ不審者から声を掛けられたら、誰でも逃げるでしょ」
「不審者は余計だ」
真玄はため息をつきながら、ペットボトルのドリンクを一口飲んだ。
「何て言うか、麻衣や知美みたいに、積極的に話しかけられるような子じゃなくて、人見知りが激しい子みたいで、どう話したらいいのかなって」
「何で私が軽い女みたいに言われなきゃいけないのよ!」
「言ってないって。それだったら知美も軽い女になってしまうじゃないか」
「な、それこそ失礼な! あんなかわいい子に軽い女だって!」
「はぁ、めんどくせえ……」
電話の奥から「こっちがめんどくさいわよ!」という声が聞こえてきたが、真玄はスルーした。
「まあ、非リア充ばかりが集められたんなら、コミュ障な奴がいても不思議じゃないわね。むしろこれだけ話せる人間ばかり集まってるのが不思議なくらい」
「お前は特に、な」
「どうでもいいでしょ。とにかくコミュニケーションを取るのが苦手な子は、無理に近づいてもダメよ。少しずつ距離を詰めていかないと、結果的に嫌われてしまうわ」
「うぅん、なかなか難しいもんだな」
ううん、と何度も唸りながら、真玄は少しだけ残ったドリンクを飲み干した。
「同じ非リア充ならわかりなさいよ。あと、連絡先とかいきなり聞くと警戒されるから」
「それは太地に言ってくれ。俺はそんなに軽くないぞ」
「どうかしら。じゃあ、私は今からお風呂に入ってくるから、頑張ってね」
「わかった、ありがとう。あと入浴シーンの写メよろしく」
「はいはい、次会ったらとりあえずビンタ一発ね」
最後に恐怖の言葉を残し、麻衣は電話を切ってしまった。
「少しずつ距離を、ねぇ。どうすればいいんだか」
一応インターネットを使って調べてみるが、なかなか良さそうな情報は見つからない。
そもそも、知っているのは外見と人見知りそうだ、というあいまいな情報しかなく、パターン別の対処法などと言われてもどうすればいいかわからない。
さらに言うならば、また公園にいるとも限らないのだ。
「また明日、公園に行ってみるかな」
そういうと、真玄は変わり映えしないネットサーフィンを始めた。
****
翌日、シフト的には休みだったため、真玄は早速自転車に乗って、昨日行った公園へ向かった。
時刻は午前十時。既に日は高く昇り、気温はかなり高くなっている。外に出てすぐに汗ばみ始めたので、真玄は持っていたタオルで一度汗を拭きとって自転車を動かした。
真玄のアパートの周辺は相変わらず静かで、鳥の鳴き声と風の音が時折聞こえる程度だ。
住宅街を抜け、国道を横切り、別の区の住宅街に入る。やはり、人は誰もいない。
「そういえば、最初に集まった時、あれだけ人がいたのに、一体どこにいるんだろう?」
少しだけ、遠回りをしながら住宅街の周りを探索する。昨日と同じように、人とすれ違うことはもちろん、家には人が住んでいる気配すらない。
アパートのベランダを見てみるが、普段なら干してある洗濯物が、どこの階にも干されていなかった。
まるでゴーストタウンのような住宅地をさまよっていると、いつのまにか昨日来た公園にたどり着いていた。
入口の近くに自転車を停め、公園の中を見る。昨日と同じで、誰もいる様子はない。
「今日は来てないのかな」
中に入ってブランコを見たが、誰も座っていない。ただ、ゆらゆらと風に揺られているだけだった。
「朝はいないか。一旦帰って出直そう」
そう思って真玄が公園から出ようとすると、入り口の方からザッという砂を蹴る音がした。
振り返ると、そこには本を持って立ち止っている、昨日の少女がいた。
少女は少し驚いた様子だが、昨日ほど怯えているようには見えない。
「あ、君、えっと……」
「あ、昨日はごめんなさい。私の他に、人がいるとは思わなくて」
そういうと、少女はブランコに向かった。そしてブランコに座ると、本を開いて読み始めた。
真玄はそれを見て、隣のブランコに座った。子供向けに調整されているせいか、真玄の身長が高いせいか、足を折り曲げて座らなければならず座りづらい。
「俺は白崎真玄。えっと、君、名前は?」
「……本頭沙羅。高校二年生」
「沙羅……ちゃん、でいいかな。君は、どうしてここに?」
「……起きたら、誰もいなかった。仕方ないから、いつも通り、ここで本を読んでる」
「毎日?」
「毎日。朝から夕方まで」
真玄と話す間、ブランコに座っている少女、沙羅は真玄とは目を合わせようとしなかった。
「えっと、じゃあこの世界がどんな世界かっていうのは……」
「知らない。ただ静かな世界。本を読むのにちょうどいい」
「そう、なんだ」
どうやら沙羅も、知美と同様この世界については何も知らないらしい。
真玄は話すかどうか少し迷った後、沙羅に言った。
「この世界は、リア充、リアルが充実している人間が爆発する世界なんだ」
それを聞いて、沙羅はぱたりと本を閉じた。
「その話、面白そう。もっと詳しく聞かせて」
「え、あ、うん」
思わず話に食いつかれ、真玄は戸惑ったが、話を聞いてくれるようなので最初から説明することにした。
この世界は済んでいたところとは違う、「試験世界」という世界であること、非リア充が呼び出されたこと、リア充になると爆発してしまうこと。
当然、沙羅は完全に信じるわけがなく、「本当に、人間が爆発するの?」と聞いてきたので、グロい画像であることを忠告して、コンビニで爆発した強盗の写真を見せた。
気分が悪くなって目を背けるのかと思ったが、沙羅はブランコから立ち上がってスマホを手に取ると、寒太のように興味深く、一枚一枚を凝視していた。
「……大体わかった。つまり、リア充ってやつになると、この男みたいになる、ここはそんな世界」
「う、うん、そうなんだけど、よくこんな写真じっと見れるね」
「こういうのは、嫌いじゃない」
そういうと沙羅はスマホを真玄に返し、ブランコに座って再び本を読み始めた。
「それで、この世界から脱出するために、人を集めてるんだ」
「方法は、あるの?」
「いや、まだ……」
「そう。なら、別に私がいなくても問題なさそう」
そういうと、沙羅はブランコから立ち上がった。
「え、でもこんな世界だから、一人じゃ危ないって……」
「何日間もここにいたけど、真玄以外誰も来なかった。誰もいないなら安全。おなかがすいたら、コンビニもあるし」
「じゃ、じゃあせめて連絡先を……」
「人に連絡先を教えるの、危険。真玄、多分いい人。だけど、もう少し、様子を見てから」
そういうと、沙羅は公園の入口に向かった。
「……今日は帰る。真玄がついてきたら、私、信用しない」
そういうと、沙羅は公園から出て行ってしまった。ついてくるなと言われてしまうと、追いかけることもできない。
「また明日、出直しかな」
これ以上はどうしようもなさそうだと、真玄は仕方なく自転車に乗った。




